歪んだ正義感



 ついには教職員達までもがサキ達がイジメられても見て見ぬふりをするような有様になり、イジメる側は一切咎められることはない。

 クラスメート達もそれが分かったのだろう。彼女らに対するイジメは日に日に激化していった。


 とある日の放課後の事。「学校来んなゴミクズ」「早く死ね」「クソ野郎」「兄妹揃って死ね」と書き込まれた机を呆然と眺めているサキ達。ショックのあまり固まっている彼女らに有希子が声を掛ける。

「サキ、正美、加奈子、美香、お前らちょっと準備室に来いよ!!」

「「「「…。」」」」

 その場から微動だにしないサキ達を取り巻きの女子4人が無理やり彼女らを押さえ込んで準備室へと連れていく。


 準備室の扉が開けられ、サキ達は投げ込むように入れられた。

 準備室の薄暗さと独特の匂いがサキ達の視界と嗅覚を刺激する。

 ふと大勢の視線を感じて前を向いてみると、そこにはクラスの女子全員が居た。


 これから何が始まるのだろうかとサキ達は気が気ではない。

 何が始まるということは火を見るよりも明らかだ。

 そして有希子がニヤリと笑うなり一言。

「じゃあ今からみんなでサキと正美と美香と加奈子を袋叩きにする?」

 有希子の一言にその場に居た女子全員が嬉しそうにわあっと手を叩く。

 そして女子達が一斉にサキ達に群がると容赦なく殴る蹴る、髪の毛を引っ張るの暴行を加える。


 凄い力で髪の毛が引っ張られて髪の毛がミシミシと音を立てた。

 それから何人かがサキ、正美、美香、加奈子の鳩尾を全力で蹴りあげる。

 凄い音が準備室の薄暗い空間に響き渡った。あまりの痛みにサキ達は呼吸もままならないらしい。


「アンタ達…最低じゃない…。」

 途中サキが苦しそうな声で言ったが女子達はサキを嘲笑うのみ。

「最低?アンタ達殺人未遂犯にそんな事言う権利ないでしょう?」

「わたし達が今やってる事だってアンタ達が本山さん、佐竹さん、杉野さん、村田さん、一翔さん、源さん、竹崎さんにやっていた事じゃないの。」

 殴る蹴るの暴行を受けてサキ達は全身打撲と打ち身だらけになっていた。



 それから程なくして有希子がスマホを片手にサキ達に歩み寄って来ると痛みで立てずにいる彼女らを容赦なく写真に写す。

「アンタ達が本山さん、杉野さん、村田さん、一翔さん、竹崎さん、源さんにやっていたようにこの写真を学校中やネット上にばらまいてあげる。」

 そう一言言い残すと女子達は挙って準備室を後にした。


 薄暗い準備室に残されたサキ、正美、美香、加奈子は全身を襲う痛みでなかなか立ち上がれずに力なく床に横たわっている。

 暫く経ってやっと起き上がり、教室に戻るとそこにはビリビリに破かれて墨で真っ黒にされた教科書が落書きまみれの机の上に散らばっていた。

「な…何これ…。」

 加奈子が弱々しく呟く。すると物陰でそれを見ていた有希子が可笑しそうに笑いながら

「アンタ達が佐竹さんにやった事をアンタ達にやっただけだけどそれが何?

 アンタ達が散々やってきた事でしょう?」

 と口にする。すると取り巻きの女子がサキ達に向かって一言。

「アンタ達が本山さんや佐竹さん、杉野さんや村田さん、山崎君に源さん、一翔さん、竹崎さんに対してやって来た事をアンタ達にやっているだけ。

 こうでもしないと自分が何やったかの自覚ないんでしょ?

 だからわたし達には感謝しなきゃね。アンタ達の醜い性格を矯正してあげてるのだから。」

 その一言にサキ達は力なく立ち尽くすのみ。


「じゃあ後片付けよろしくね♪」

 有希子が鼻歌交じりに言うと女子5人グループは教室を後にした。

 サキ達は荷物をさっさと纏めて教室を後にする。その顔にはかつての強気な面影はなく、まるで何かの抜け殻のように生気を失っていた。


 おまけに女子5人グループがサキ、正美、美香の兄である颯太郎、咲也、玲於、和彦、快のSNSのアカウントを探し出してそのアカウント名を学校中にばら撒いたのだ。

「ついでにアイツらの悪事もみんなに晒してあげようよ…」

 そう言って有希子は気味の悪い薄ら笑いを浮かべながらSNSに何やら書き込みをしていた。

 そこには、颯太郎達のSNSアカウントのURLが貼られており、彼らのやった行いが全部晒されていたのだ。



 颯太郎達のSNSアカウントは急速に広まり、学校だけに留まらず、日本全国に広まる。

 丸一日経って彼らのSNSを覗いてみると思わず目を覆いたくなるような激しい誹謗中傷で溢れかえっていた。

 それを見て女子5人グループは楽しそうに笑うのみ。

 颯太郎達が誹謗中傷される様を見ては面白そうに笑っていた。

 颯太郎達は体格が良い上に歳が離れているから直接手は下せない。

 だから「誹謗中傷」という言葉のナイフを使って彼らを容赦なく切りつけてやれば良いと彼女らは思ったのだろう。


 それから颯太郎のやった行いは全て公になりバイト仲間から激しいイジメを受けるようになっていった。


「アイツらのクソ兄さあ、バイト仲間からイジメられるようになったんだって!!本当ざまぁだよね!

 面白そうだからアイツらのアカウントにコメントでも送っちゃお!!」

 有希子がスマホを開き何やらコメントを打つ。

 そこには「キモイんだよブスゴリラ男。兄妹揃って早く死ねよゴミクズ。」

 と書かかれてあった。有希子はクスクスと笑いながらそのコメントを颯太郎、咲也、玲於、快、和彦のアカウントに送信する。



 それが合図だったかのように4人の取り巻き達も次々に「お前が川原で殴られろやクソ野郎」「のうのうと生きてんじゃねーよ」「兄妹揃って顔も性格もブスだから生きてる価値ないでしょ笑」

「存在自体が気に食わないからさっさと死んで」

 と書き込み次々と颯太郎達のアカウントに送り付けた。

 ついに彼女らまでもが直接彼らを攻撃し始めたのだ。

 急速に広まった颯太郎達の行いのせいでバイト先のコンビニの客が著しく減り、彼らはとうとう仕事をクビになってしまった。

 それに加えて昼夜問わず送り付けられる誹謗中傷コメント。

 アカウントを変えても変えても直ぐに特定されて誹謗中傷コメントを入れられた。

 ついには女子5人グループだけではなく、その他のクラスメート達も挙って颯太郎達を誹謗中傷し始めたのだ。

「やめろ、もうやめてくれえ!!」

 颯太郎達は激しい誹謗中傷に耐えかねて部屋に引き籠り両手で耳を塞ぎながらずっと震えていた。怯えていた。

 数え切れない程の誹謗中傷に容赦なく心を抉られる日々である。




「今すぐ川原に来い、殴ってやるから。」「1家揃って死ね」「なんでまだ死なないの?」「お前ん家火事で燃えねーかな」「とっととくたばれよゴミクズ」

「殴られた男の子めちゃくちゃカッコイイじゃん…。こんなカッコイイ子を全身痣だらけになるまで殴るとか最低。死ねばいいのに。」


 毎日毎日届く誹謗中傷コメントに耐えきれなくなった颯太郎、玲於、和彦、快、咲也は更に心が壊れていった。

 今ではすっかり憔悴して見る影もなくなった颯太郎達はなり止むことのないスマホの通知音に怯えながら生活している。



 それから数日後のとある体育の時間、グラウンドでソフトボールの授業をしている時のこと。


「痛っ!!」

 サキが小さく叫ぶと顔を両手で覆ったまま地面に蹲る。

 それと同時に聞こえてくるクラスメート達の嘲笑う声。

 目の前にはサキ達をイジメている女子5人グループがまるで壁のように立ちはだかっていた。

 女子5人のうちの一人が砂まみれになった手をパンっと払う。

 間違いない、きっと彼女がサキの顔面目掛けて砂を投げたのだろう。

 砂が目と鼻に入り込み、痛みで目も開けられないサキが苦しそうな声で有希子達に唸る。

「アタシに何てことするのよ!!」

 するとサキに向かって砂を投げつけた女子が


「なんで?アンタが杉野さんにやっていたことじゃん。

 アンタの真似をアンタにやって何が悪いの?」

 その一言にサキは悔しそうに奥歯を噛み、彼女には何も言い返せずにいた。

 そんなサキを見て有希子が勝ち誇ったかのようにニヤリと笑いながら

「アンタのブサイクな顔にムカついたから砂を投げただけだけど、それが何?

 ムカつくような顔してるから悪いんでしょ?」

 サキはその一言に酷く打ちひしがれた。


 サキ、正美、加奈子、美香や奈々、奈津、奈絵に対するイジメは留まることを知らない。

 殴る蹴るの暴力はもちろん、悪評を吹聴されることは日常茶飯事。

 酷い時には7人の給食に絵の具が入れられたり、トイレで水を掛けられたりもした。

 正美、加奈子、美香はもう精神的にも肉体的にもボロボロになり、有希子達に対して怯えながら過ごす日々を送っている。

 クラスメート達は暇さえあればサキ達をいじめるか、颯太郎達を誹謗中傷しまくるかのどちらか。

 そしてその日の昼休みの事。クラスメート達が一斉にスマホを開くと颯太郎達のSNSのアカウントに


「早く死になよ、なんでまだ生きているの?」

「キショい顔面晒さないでよ、気分が悪いから。」

「早く死んでよ。みんなお前ら兄妹が死んでくれるのを待っているんだよ?」

「なんでしぶとく生きてるの?さっさと死んでよ、つーか死ねや。」

「お前が死ねばみんな喜ぶんだけどな。」

「いい加減死ねば?いつまで生きるつもりなの?」

「お前ら兄妹みたいなクソ野郎は事故にでも遭って死ね」

「なんで早く死んでくれないの?ねえさっさとくたばってよ。」

「死ねよ、良いからさっさと死ねよゴミクズ。何時まで息するつもりなの?」

「どうして死んでくれないの?みんなお前らが死ぬのを待ってるんだよ?」

「生まれてきた事自体が間違いなんだからさっさとあの世に還りなよ。」

「さっさと死んでくんない?お前が居なくなればみんな喜ぶんだし。」

「気持ち悪い暴力男はさっさと刑務所行けよこの殺人未遂犯が。」

「お前の妹もお前も早く纏めてくたばりなよ。」

「顔も中身もゴミとか救いようもねぇだろ!!

 だから死ねよ。てめえが死ねばみんな喜ぶんだから。」

「さっさと自宅で首でも吊って死んでくれないかな?」

「早く屋上から飛び降りなよ。」

「早く死ねよ。お前みたいなの生きているだけで迷惑なんだよ」

「どうせ生きてる価値ないんだから死ぬのが良いと思うよ。」

「生きているだけで迷惑だからさっさと消えて。」

「さっさと自殺でもすれば?」

 と書き込んで一気に送信する。クラスメート達はと言えば


「このコメント見たらアイツらの兄達どんな顔するかなあ?」

「聞いたところによるとアイツらの兄達病んでるって。」

「マジでザマァだよね〜!!」

「俺たちって殺人未遂犯兄妹を懲らしめてるんだろ?正義のヒーローになったみたいですげ〜!!」

 と口々に騒ぎ立てている。

 すると有希子の取り巻きの一人が

「でもどうするの?サキ達やコイツらの兄が死んじゃったら。」

 と零すと有希子はゲラゲラと笑いながら

「大丈夫、大丈夫。仮にコイツらとコイツらの兄が死んでも周りは自業自得だって許してくれるっしょ!!

 それにわたし達がやっている事はいじめでも誹謗中傷でもない。立派な正義なのよ。」

 それから有希子は手で顎を触りながら考える素振りをしてニヤリと笑うなり


「じゃあ、今度はアイツらに何をしてあげよっか?アイツらの兄達に何て書き込んで送信してあげよっか?」

 と一言。クラスメート達は彼女の言葉を聞いて手を叩きながら喜んでいた。



 クラスメート達は明らかにサキ達をいじめたりすること、颯太郎達をネットリンチしたりする事で快感を味わっていた。

 激しい誹謗中傷によって段々と壊れていく颯太郎達を見ては、激しいいじめによって苦しむサキ達の姿を見ては誰もが勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ、優越感に浸っていたのだ。


「おい、加奈子、正美、お前らちょっとトイレに来いよ!」

 その日の放課後、有希子が加奈子と正美を女子トイレに呼び出した。

 抵抗したらしたで今まで以上に酷い事をされるだけだから二人は大人しくトイレへと向かう。

 トイレへ入るとリーダー格の取り巻きである4人が薄気味悪く笑いながら掃除道具入れの前に立っている。

 すると扉が開き有希子が入ってくる。その手には食器用洗剤が握られていた。


 何か嫌な予感がする…。


 加奈子と正美は真っ青か顔で酷く怯えていた。


「さあ、今日はどうしようかな?」

 有希子が楽しそうに笑う。そして手を叩くとニヤリと不気味に笑って

「あっそうだ!!二人にシャンプーしてあげよう!」


 シャンプー…その言葉に加奈子と正美は更に怯える。

 食器用洗剤なんかで洗髪されたら髪の毛がどうなってしまうかは容易に想像がつく。


「やめて…お願い…」

「お願いだからそれだけはやめて!!」

 正美と加奈子は逃げようと後ずさりするが有希子の取り巻き達に抑え込まれて身動きが取れない。


「やめてだって!?今まで散々酷い事をしてきたアンタ達なんかが言う言葉じゃないでしょ!」

 有希子が髪の毛を掻きあげながら二人のことを嘲笑う。

「でもわたし達ここまで酷い事はしてないわ!!」

 正美が有希子に向かって吠えるがリーダー格の女子はそんな正美を馬鹿にするような表情で言う。

「まさか、自分が今まで何してきたか分かってなかったの!?

 村田さんや一翔さん、源さん、竹崎さんの悪評をでっち上げて広めた。佐竹さんや杉野さん、本山さんに対して沢山暴力を振るった。

 これがアンタ達のやってきた行いよ。それに比べればわたし達のやっている事なんて可愛らしいものじゃない。」

 正美と加奈子は悔しそうに俯く。あまりにも図星過ぎて何も言えない。


 すると取り巻きの女子達が二人を思い切り突き飛ばす。

 貯まらず二人はコンクリートタイルの床に尻もちをついた。


 加奈子は掃除用具入れからホースを取り出し正美と加奈子に冷たい水を掛けた。

 二人は取り巻きの女子達に身体を抑えられて逃げ出そうにも逃げ出せない。


 不意に頭上からヌメっとした液体が大量に掛けられる。目線の上には食器用洗剤を手にして笑う有希子が居た。

 そして後ろにいる取り巻きの女子達が正美と加奈子の頭に触れ、食器用洗剤をシャンプーのように泡立てる。

 忽ち酷く軋みながら傷んでいく髪の毛。

 泡立ちが増すにつれて人工的なシトラスの香りが薄暗い無機質な空間に充満する。


 そのシトラスの香りがまるで地獄を表しているかのように二人の鼻腔をつく。

「そろそろ濯いであげようか。」

 有希子がそう言いながら二人の頭上にホースを向ける。

 そして再び正美と加奈子に冷たい水が降り注いだ。


「それじゃあね…。」

 5人グループは挙ってトイレを後にする。

 残った正美と加奈子はショックのあまり暫く立てなかった。

 あれだけサラサラだった栗色の髪の毛は酷く傷んで艶を失い、まるで箒みたいに広がっている。

 髪の毛を少しでも直そうとプラスチックの櫛を入れれば毛髪はブチブチと音を立てて無惨にも切れてしまう。


 正美と加奈子はあまりのショックで涙すら出なかった。



 次の日、正美と加奈子は学校に来なかった。恐らく女子五人グループによるいじめに耐えかねて不登校になってしまったのだろう。

 そして2時間目の休み時間の事。トイレに行こうと廊下を歩いていた美香の背中を何者かが思い切り蹴り飛ばす。

 いきなりの事で踏ん張れずに美香は顔から転んでしまった。鼻を思い切りぶつけたらしく、溢れ出た赤い鼻血が夏用のセーラー服を汚していた。


「何コイツ〜めっちゃ面白い転び方するじゃん〜」

 ふとサキ達をいじめている有希子の声や美香を嘲笑う取り巻き達の声が背後から聞こえてくる。

 きっと彼女が美香を背後から蹴り飛ばしたのだろう。

「アンタ達、わたしにそんな事してタダじゃ済まさないから!!」

 美香が強気な口調で言うと有希子がまるで彼女を見下すかのような笑みを浮かべる。

「はあ?アンタだって佐竹さん達に酷いことしまくってた癖に何言っちゃってんの?殺人未遂犯の分際で!!」

 そう言うなり美香の横腹を思い切り蹴り上げた。無様に廊下に倒れた美香を女子五人グループや周りにいる女子や男子までもが一勢に群がりその身体を踏みつける。身体の至るところが踏みつけられ、美香の身体は忽ち打ち身や打撲だらけになってしまう。女子5人グループは勿論、周りにいる男女達も美香を痛めつけては、苦しむ姿を見ては楽しそうに笑っていた。


 ガッシャアアアン…。教室中に椅子や机が倒れる音が響き渡る。

 硬い椅子や机に全身を強打したサキが床に力なく横たわっており、その表情は痛みと苦しみに歪んでいた。

 きっと誰かがわざと椅子や机に向かって突き飛ばしたのだろう。


 運悪くこめかみを机の角に打ち付けてしまったのだろう。サキのこめかみがパックリと割れ、赤い鮮血がダラダラと溢れ出していた。

 何とか起き上がったサキは滴る自分の血を見てただただ呆然としていた。


「うわあ…血出てるし〜。」

 有希子の嘲笑うような声が教室中に響く。

 すると取り巻きの女子4人がサキに向かって次々と暴言を浴びせた。

「ねえ、いつ死んでくれるの〜殺人未遂犯さ〜ん。てかさっさと死んでくれない?生きてるだけで迷惑なんだけど?」

「そもそもアンタ達、兄弟揃ってゴミなんだからさっさと消えて欲しいんだけど?」

「テメェらの存在自体が公害なんだよ!!」

「みんなアンタらの事嫌ってるのになんでしぶとく学校に来るわけ?」

「お前と同じ空気を共用してるだけで虫唾が走るんだけど?」

 口々に言われたサキは瞳に溢れんばかりの涙を溜めて俯く。それを見た有希子が

「てかコイツ泣いてるし、マジでキメェんだけど!!」

 と言うなりサキの背中を思い切り蹴る。蹴られた衝撃でサキが前のめりに倒れた拍子に取り巻きのうちの1人がその頭を踏みつける。

「うぅッ…」

 苦しそうに呻き声を漏らすサキを女子5人グループはお構いなしにその髪の毛を全力で引っ張る。何度も染髪されて傷んだ髪の毛はブチブチと音を立てながら千切れてしまう。

 それから女子5人グループはサキの身体中を蹴るなり踏むなりして激しく痛めつけた。

 クラスメート達も見ているだけでは物足りなくなったのだろうか?

 周囲の女子達も男子達も一斉にサキに群がり、彼女の身体を好き放題甚ぶり始めた。

 あまりの痛さに、苦しさに顔を大きく歪めるサキを見て女子5人グループ達やクラスメート達は面白そうに声を上げて笑っていた。


「おい、丸井!お前さっさと屋上にでも行って飛び降りてこいよ!」

 クラスのわんぱく男子の町田がニヤニヤしながらサキに言い放つ。

 クラスメートは町田の一言に同調するばかり。誰一人「やめなよ」と言う人は居なかった。


 クラスメート達はまだサキを殴り足りないのだろうか?誰かがサキの頬を踏みつける。上履きの底に強く踏み躙られた頬は皮膚がズルリと剥け、痛々しく血が滲んでいた。おまけに唇も口の中も切れて、擦り傷だらけになって全身血だらけだった。


 サキは痛さのあまり遂に泣き出すがクラスメート達はそれでもサキを殴る事を辞めない。

 彼女のセーラー服がボロ雑巾のようになっても尚、殴り続けている。

 

「丸井。お前マジでムカつくんだよな。」

 町田がそう吐き捨てると、勢いよくサキの鳩尾に蹴りを入れた。


 あまりの苦しさにサキは過呼吸を起こすがクラスメート達は相変わらずサキを殴っては蹴っては踏みつけては笑っている。

 サキの苦しむ顔、泣き叫ぶ顔を見ては悪魔のような笑みを浮かべていた。


 誰もがいじめや誹謗中傷をゲーム感覚で楽しんでいたのだ。


そして翌日の放課後。「早く死ね」「学校来んなブス」「犯罪者」と机の上に書き殴られた言葉を何とか消そうとしているサキに有希子達が声を掛ける。


「サキ、お前ちょっとトイレに来いよ!」

威圧的な有希子の口調にサキは怯えるばかりだ。美晴達をいじめていた頃の彼女の面影は1ミリたりとも残っていなかった。

「早く来いって言ってんだよ!」

有希子の取り巻きの一人がサキの髪の毛を乱暴に掴む。

サキは「分かったわよ」と呟くと重い足取りでトイレへと向かった。


サキは背後から有希子の取り巻きに突き飛ばされ、コンクリートのタイルで出来た床に無様に倒れる。辺りは静寂に包まれ、薄暗い空間には明るい夕日が一筋射し込んでいた。


「じゃあ何しようかな?」

有希子が腕を組みながら考える素振りを見せる。そして不気味な笑みを浮かべるなり一言。

「じゃあ、そこで裸になってみなよ。」

半笑いで言う有希子にサキは青ざめた表情で後ずさる。取り巻き達は楽しそうに手を叩きながら「わあ」っと声を上げた。


「やめてよ…。お願いだからそれだけはやめて…」

今にも泣きそうな声で呟くサキ。有希子はそんな彼女を鼻で笑った。

「はあ?何言っちゃってんの?あんたにやめてとか言う権利ないでしょ。」

サキはその一言に何も言い返せずに居た。それから有希子の取り巻きが口々に

「そもそもあんたが悪いんでしょ?いじめなんてするから。」

「あんたのせいで佐竹さん達が居なくなったじゃん。どうしてくれるんだよ?」

「あんたらもあんたらの兄もさっさと死んでくれないかな?犯罪者が兄妹揃って被害者ぶってて気持ち悪いんだよ!」

「早くやってくんない?こっちは退屈してるんだけど?」

と言い放つ。その言葉にサキは泣き出してしまう。


「何ボケーっとしてんの?さっさと脱ぎなよほら。」

有希子の一言にサキは涙声で「分かったわよ」と言うと、己のセーラー服のスカーフに手を掛けた。

セーラー服とスカートを脱ぐと今度は薄いシャツを覚束無い手つきで脱いでいく。

パンツを脱ぎ、ついにはブラのホックを外す。

有希子と取り巻き達はゲラゲラと笑いながらサキにスマホを向けている。

その笑い声は、まるで悪魔が奏でる音楽のようだった。サキはどうすることも出来ずに鼻水を垂らしながらすすり泣いていた。


「この動画まじで受けるんだけど!面白そうだからこいつの兄に送ってやろ!」

有希子はそう言うとダイレクトメッセージを開き、サキの兄の颯太郎と玲於に撮った動画を送り付けたのだ。


「あーあ面白かった!」

有希子は清々しそうな表情を浮かべて軽く背伸びをすると取り巻きを引き連れてトイレを後にする。

「う…うう…。」

サキは床にペタリと座り込むと両手で顔を覆いながら一人で泣くのみ。薄暗い空間には彼女の嗚咽だけが響き渡っていた。




 それからもイジメは激化していった。すれ違いざまに殴られるのはまだましな方で酷い時には体育館裏に呼び出されて集団で殴る蹴るの暴行を受けた。


 兄たちは毎日スマホの通知音に怯えてガタガタ震えている。

 そしてとうとう美香までもが学校に来なくなり、一翔達の悪評を吹聴していた奈々、奈津、奈絵は地方の学校に転校して行った。


 サキこそは不登校になったりしなかったものの精神を病み、教室へ来ることを嫌いずっと保健室で過ごしている。


「こうならなければいけなかったのかな?サキちゃんや正美ちゃん、加奈子ちゃんに美香ちゃん、それにあの3人もこんな目に遭わなきゃ分からなかったのかな。」

 不意に美晴が口を開く。どうやら1年前の事を思い出していたらしい。

「そうね…。」

 奈央がやり切れないとでも言いたげな口調で言う。

「難しい問題ね…。でも今は世界を救う為に頑張りましょ!!」

 友里亜の言葉を合図に美晴達は再び歩き出した。

 この灰色に包まれた世界を救う為に…。

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