美晴の過去パート2〜奴らの玩具、壊れる心

誰でも知っているような子って誰なんだろう?会うのが楽しみだなあ…。

まあ奈央ちゃんが一翔君も五郎君も九郎君も裕太君の二の舞だからあまり期待はしないでねとは言っていたけれど、それでも楽しみだなあ。


明日美達と会う当日、美晴は楽しみで仕方なく待ち合わせ時間よりも随分早く来てしまった。

「美晴ちゃん、お待たせ〜」

明日美の声が聞こえて目の前を見てみると、明日美とその隣に自分より少し年上の男の子が3人いる。

うち一人はメガネを掛けた優等生っぽい雰囲気を身にまとっている高校生くらいの男の子、残る2人はそれぞれ浅葱色、若草色の直垂を来ている10代後半くらいの男の子だ。


直垂って時代劇でしか見たことないなと思った。

確か今から10年以上も前、何らかの事故で時空が歪んでしまったらしく現代から過去の時代に行き来できるようになってしまったり、過去から現代へ来れたりするようになってしまったのだとか。


美晴だって恐らく過去から現代へ来てしまったのであろう人を何度か見かけたことがある。

だが、それはどれも明治時代〜昭和時代初期くらいの人ばかりで江戸時代以前の人には会った事がない。


目の前にいる直垂姿の2人は恐らく源平時代〜南北朝時代くらいの人だろうと予想。

多分服装からして武家の人だろう。


「紹介するね、このメガネの男の子が裕太の兄の一翔、水色の着物の人が源義経、黄緑の着物の人が竹崎季長。」

明日美が彼らの名前をさらっと口にする。

その名前に思わず飛び上がりそうになった。


確か裕太の兄の一翔は高校1年生の16歳、剣道3段、弓道四段で剣道、弓道共に全国大会は最強クラス、通っている高校は偏差値70オーバーの超進学校。

知らない人は殆どいないくらいの有名人である。


源義経…源平合戦の英雄で戦の天才と有名。

歴史をあまり知らない人でも知っているくらいの超有名人。

明日美曰く彼は今満年齢で18歳だそう。


竹崎季長…元寇の時な活躍した人で歴史の教科書にも載っているので知名度はそこそこ高い。

年齢は義経と同い年だそう。


そんな有名人達と一緒にいても大丈夫なのか?という疑問がふと美晴の頭の中を掠める。

すると気遣ってか明日美が

「美晴ちゃんのことは3人に伝えているからあまり緊張しなくても良いよ。」

と言ってくれる。

美晴は身体の力を抜き、3人と向き合う形になる。

今の今まで彼らの名前の知名度ばかりに気を取られて気がつけなかったけれど、一翔は裕太の兄なだけあってかなりの美形だし、義経は中性的な顔立ちの美男子、季長だって一翔、義経ら程ではないにしろ有名俳優と互角くらいの容姿で美晴には眩しすぎるくらい。


明日美くらいの美少女になると友達まで美形揃いになるのだろうかとこの時美晴は思った。

事実、裕太達だけでなく里沙や奈央もなかなかの美形だ。


我ながらとんでもない子達とお近づきになってしまったなあ…。

本来ならわたしみたいな人間が関わって良い子じゃないはずなのにと。

「とりあえず公園行こっか?」

明日美が美晴に提案する。

「うん、行こっか。」

そして5人で横浜市内の公園へと向かった。

そして公園について美晴はブランコにそっと腰かける。

「あの、わたし佐竹美晴って言うんですけど…。」

美晴がオドオドしながら改めて自己紹介すると

「聞いているから構わない」

「「知っておる。」」

3人はニコリともせずに答える。

それから3人に色んな話をしてみるが返事は「へえー」とか「そうか」とか「ああ」とかどれも素っ気ないものだったけれどちゃんと話は聞いてくれる。




(奈央ちゃんの言った通り確かに山崎君の二の舞だ…)

3人の様子を見て美晴はそう思ったがそれでもサキ達のせいで明日美、奈央、里沙、裕太以外のクラスメートから口を聞いてもらえなくなった美晴にとっては幾ら素っ気なくても話を聞いてくれるだけで嬉しかった。


すると、意外なことに一翔の方から美晴に話しかけてきた。

「ねぇ、佐竹ちゃんって確か明日美ちゃんと同じクラスだよね?」

突然の事に美晴は戸惑いながらも

「はい、そうです…。」

と答える。

こうやって誰かと話すのはいつぶりだろうか?

現にクラスメート達から無視されて、居ない存在として扱われてきたから何時しか酷く気弱になっていたみたい。

時々明日美、奈央、里沙が声をかけてくれたり、隣の席の裕太が時々物を貸してくれたりするから完全に孤独ではなかった。

もし彼ら彼女らのような人が居なければ、自分は完全に孤独であっただろうと。


「佐竹ちゃんってひょっとして学校が嫌だったりする?」

一翔からの衝撃の一言に美晴は開いた口が塞がらない。

きっと今の顔は酷く間抜けでブサイクな面なのだろうなと。

「正直に話しちゃって良いの…ですか…?」

美晴がおどおどしながら言うと

「良いよ。」

「「構わぬ」」

一翔も義経も季長も言い方こそ素っ気ないものの快く了承してくれる。


「突然サキ、正美、美香、加奈子という人達に無視されたり、暴力を振るわれたりして…それで…誰も助けてくれなくって…。

明日美ちゃん、奈央ちゃん、里沙ちゃん、山崎君以外はみんなわたしの事馬鹿にしてきて…。」

美晴は舌足らずながらもハッキリとした言葉で伝えた、時代が違う義経や季長にも伝わるように。

語れば語るほどあの時の事が鮮明に思い出され、鼻の奥が時々ツンとしてくる。

時々消え入りそうな声になりながらも、なんとか言いきった。


「辛かったね。」

「「辛かったな。」」

まさかの一言に思わず泣きそうになってしまう。自分はお姉ちゃんだから、遥という幼い妹がいるからと誰にも言えずに我慢して来たから。

誰かに相談するにも自分は無視されているから誰にも言えない。

明日美達に相談したかったけれどそのせいで彼女らがいじめられるようになったらどうしようと思ったから。

現に明日美達だって近頃サキ達から好き勝手陰口を叩かれるようになっている。


だから誰にも言えなかった。一人で抱え込んできた。

誰かに相談した所で「いじめられる方だって悪い」「お前が強くなれば良い」と言われるだろうなと思っていたのだから。


彼らの意外な反応に美晴は再び開いた口が塞がらなくなる。

「最悪だな。」

季長が簡潔な感想を述べた。

「このような酷い話があるものだな。」

その口調は最初の頃の素っ気ないものではなく、しっかりした感情が込められている。


(ひょっとして怒っている…?)


「佐竹殿は無実なのであろう?」

義経の問いに美晴は「はい」とだけ答える。

「何故無実の者に対して此処まで酷い事が出来るのか理解に苦しむ。」

理解に苦しむ…最もな感想である。大体の人はそう思うのだろう。いじめっ子以外の人は…。



それを物陰から見つめる者がいた、サキと正美、美香、加奈子だ。

サキ達も横浜市内に遊びに来ていたらしい。

「あの男め、アタシの好意を踏みにじりやがって…」

サキが恨みの視線を彼らに向ける。

すると正美が意地悪そうな表情を浮かべて一言。

「て言うか明日美や里沙、奈央だけじゃなくて結局裕太も一翔も義経も季長も美晴の味方な訳?」

正美の問いに加奈子が忍び笑いをしながら

「なんであんな奴の味方するのかな?アイツらってひょっとして美晴の仲間なのかな?本当アイツら全員気に食わないんだけど?

マジで懲らしめてやりたいよねー。」

と口にする。その隣でサキが冷酷な笑みを浮かべて

「簡単よ。アイツら全員纏めて潰せばいいの。」

そう言いながら笑うサキの笑顔はまるで悪魔が微笑んでいるかのようだった。




それから楽しい時間を過ごし、午後5時頃にみんなと別れる。

家路についている最中、少しばかり葉の混じった桜と茜色の夕焼けがいい感じにマッチしてとても綺麗だ。


だが数日後地獄を見るとは彼女は夢にも思っていなかったのである。


それから3日程経過し連休明けの水曜日、教室に入り自分の席に向かうなりある異変に気づく。


自分の机の上に花が飾られていた…。

犯人はきっとサキ達だろう。


「あれえ?美晴、あんた生きていたの?てっきり死んだかと思って花を飾ってあげたのに、なあんだ生きていたんだ!」

突如サキの忌々しい声が教室に響き渡る。

目の前を見てみるとサキ、正美、加奈子、美香の4人がいた。


「どうせなら死んでくれて良かったのに。」

正美が不気味に笑いながら言う。クラスメート達は見るまいと美晴からわざとらしく目を逸らした。

「て言うか、みんなあんたの事嫌ってるのになんでしぶとく学校に来る訳?」

加奈子が真顔で美晴に酷い事を言う、美晴が言い返せないでいると美香が乱暴に美晴の髪の毛を引っ張ってくる。

「なんか言ったらどうなのよ!」


「痛い、痛いよ、離して美香ちゃん…。」

美晴がそう言うとその言葉に逆上した美香が

「あんたなんかに拒否権なんてものは無いわよ!」

と叫ぶやいなや美晴を思いっきり突き飛ばす。


凄い音を立てて机や椅子に身体を打ち付けられた。

全身を襲う衝撃と激痛にもがいているとサキがやって来て

「偉っそうに逆らってんじゃねえよ!」

と言うなり美晴の横腹を思い切り蹴り上げる。

痛みに苦悶の表情を浮かべるもその場に居たクラスメート達は見て見ぬふりを貫く。


痛みにもがき苦しむ美晴を見てサキ達は楽しそうにケラケラ笑っていた。


美晴はやっとの思いで立ち上がるとふらついた足取りで保健室へと向かう。

教室を出る時数人の女子が美晴を見つめながら楽しそうに笑っていたのだ。

まるで遊びを楽しむ幼子のように…。


それから程なくして登校してきた里沙、奈央、明日美が教室に入ってくるなりサキが他クラスにまで聞こえるような大声で叫ぶ。


「あっ、売春女里沙が来た〜」

里沙が売春なんて絶対にする筈が無い。きっとサキ達のでっち上げだろう。

突然の事に里沙はどうして良いのか分からなくなる。

そして里沙の机には…

「帰れ売春女」「死ね」「調子乗んなクソビッチ」など数々の悪口が油性マジックで書かれていた。

「ねぇ、里沙って売春してるらしいよ?」

「あー知ってる。中年のキモイオッサンと仲良く歩いている写真が晒されていたよね。」

と教室の隅から何やら不穏な会話が聞こえてくる。

「俺、アイツのこと美人だなと思っていたけど、もう無理だわ。」

「分かる。キモイオッサン相手に援交とかマジでキショすぎ。」

「売春しているなら簡単にヤらせてくれるんじゃね?」

男子達が俯いている里沙にわざと聞こえるように言った。

「里沙がそんなことする筈ないでしょう!?」

憤った奈央がサキ達に詰め寄るが、サキは全く悪びれることもしない。それどころか

「アタシ達に逆らうから、仕方ないでしょ?

それにこっちは証拠だって持ってるのよ。」

サキはそう言うなりスマホの画面を開いて1枚の写真を差し出してくる。


それは…中年男性と並んで歩いている里沙の写真だった。

「それは道が分からない人に案内してあげただけじゃない!」

奈央がサキ達に反論するとサキは奈央の頬を引っ叩いた。

「…ッ!!」

パンっと乾いた音が教室に響き渡る。

「お前、ムカつくんだよ!!偉そうに振る舞いやがって!調子に乗りやがって、サバサバしたアタシカッコいいんですって思い込みやがって!!」

サキの怒号が教室中に木霊する。その迫力に誰もが逆らえない。


「ちょっとなんて事するのよ!」

明日美がサキに歯向かうが、取り巻きの正美が明日美の脛を思い切り蹴りつけた。

痛そうに脛を抑える彼女を見てはサキ達は面白そうに笑っていたのだ。



「これ、みんなに拡散しちゃおーっと!」

とサキは一言言うと4人でゾロゾロどこかへ行ってしまった。


そしてサキ達が教室に戻ってくるなりとある本を持ってみんなに誰かの悪評を言いふらして面白がっているらしい。

その手に持っている本といえば「壇ノ浦夜合戦」確かこれは江戸時代に書かれた好色小説で所謂二次創作のはずだ。

一体サキはどこでその存在を知ったのだろうか?


暫く保健室で休んだ美晴が戻って来ると廊下で話し込んでいる美津、奈々、奈絵の会話が耳に入ってくる。


「里沙って案外尻軽なんだね〜」

「だよね〜しかも股ゆるゆるだし。」

耳に入ってくるのは醜い言葉の数々。

「て言うか裕太ってなんでのうのうと学校に来れるんだろう?」

「分かる〜暴力最低男の癖によく学校来れるよね。しかも兄の一翔は人殺しだし、居候している義経は強姦魔だし。季長は罪もない人を拷問しては面白がるようなクソ男だし。」


それらの言葉を聞いた瞬間美晴の頭は真っ白になった。

とうとう恐れていた事態が起きてしまった。わたしのせいでこうなってしまったんだと…。


「マジで信じらんないよね〜。本当最低最悪じゃん。」

「初めはカッコイイなあ〜なんて思っていたけど一瞬で幻滅したわ、マジで最悪。死ねばいいのに。」

「確か源義経って明日美と仲良いんだよね?じゃあ明日美も最悪じゃん?」

サキの話を聞いた美津、奈絵、奈々の口から発せられる言葉はどれも醜いものだった。


間違いないサキ達が後世の創作をあたかも事実であるかのようにみんなに言いふらしたのだろう。

その証拠に彼がみんなから悪く言われるのを聞いてサキ達はハイタッチを交わしている。この様子を見れば犯人はサキ、正美、加奈子、美香であることは火を見るより明らかである。


「裕太の兄である一翔さんって剣道、弓道の大会でズルしまくってるらしいよ。」

「しかも高校は裏口入学らしいね。おまけに学校ではイジメの主犯だって有名らしいよ。」

「マジで見損なったんだけど…。この一翔って奴帰り道事故にでも遭って死んでくれないかな〜。」


「それに山崎君って裏で女子に暴力を振るっているらしいね。」

「あー知ってるー。ネットの掲示板に書かれていたよね。しかも顔写真付きで晒されていたし。」

「本当最低だよねー。てかこいつも死ねばよくね?」



先程まで義経の悪口を言っていた美津、奈絵、奈々が今度は一翔と裕太の悪口を言い始めた。

これもきっとサキ達が言いふらしたのだろう。

そもそも一翔は中学時代から優等生って有名だったから裏口入学だなんて絶対に有り得ない。

それに剣道、弓道だって実際に強いからズルという話も全くの嘘っぱち。

それに彼がイジメなんて絶対にする筈がない。

確かに裕太はお世辞にも愛想が良いとは言えないけれど女の子相手は愚か、人に暴力を振るうような子じゃない。



「季長さんってさあ、人を斬り殺したりして遊んでるらしいね。」

「マジで信じらんないよね!本当最低!!コイツも死ねばいいのに。」

「コイツまじ無いわ〜明日美ちゃんの男友達どいつもこいつもクソばっかりじゃん。」


竹崎さんがそんな事する筈が無い…。1日会っただけだけれどそれは絶対に無いと断言出来る。

これもきっとサキ、正美、加奈子、美香の仕業だろう。


一翔と義経、季長の悪評はサキ達の手によって学校中に広められた。

一翔は「学校でイジメの主犯をやっている」や「イジメで人を自殺に追いやった」と言うもの。裕太は「体育館裏に女子を呼び出して殴る蹴るの暴行を加えていた」季長と義経は「人を斬り殺して遊んでいる」などその内容は聞くに耐えないほどに酷いものばかりであった。

忽ち彼らの評判は地に落ち、クラスメート達は暇さえあれば彼らの悪口を言う始末である。

「まじでクソだよね〜」 

「分かる〜あんなクソ男四人組と仲良くしている明日美も奈央も里沙も美晴も最低だよね〜」

「つーか、あいつ等8人揃って死ねばよくね?」

「分かる〜!!存在自体が害悪だから死んでほしいよね〜!!」

教室の隅から聞こえてくるのは聞くに耐えない程の悪口。

サキ達はそんな様子を可笑しそうに眺めていた。



「マジでさあ、裕太って奴感じ悪くない?

話し掛けても素っ気ないしさあ。」

「あー分かるわ。てかアイツって裏で女子を殴ったりしてるんでしょう?

マジで最悪すぎるでしょ!!!ていうかあんなのと一緒にいる明日美も絶対クソでしょ。」

教室の隅から聞こえてくる数々の醜い言葉の散弾…。


「里沙って売春してるんでしょ?バレても清楚系を必死に装ってるのマジ受けるんですけど〜」

「アイツってそういうの興味ありませんって顔してかなり股が緩いんだね〜。」

教室の隅で数人の女子が裕太と里沙の方を見ながら心無いことを楽しげに言いまくる。

悪口を言われた里沙は気まずそうに俯き、裕太は両手を握り締めてじっと耐えるのみ。




「里沙が売春をやっている」だとか「裕太は裏で女子に暴力を振るっている」、「義経、季長は罪もない人を拷問しては面白がっている」など酷い悪評を言いふらされているらしい。

犯人は間違いなくサキ達だ。それに噂好きなクラスメートの奈々、奈津、美絵が率先してその悪評を学年中に言いふらしていた。

クラスメート達は疑いもせずにその悪評をすんなりと信じ、誰も彼もが心無い言葉を平気で言う始末。


「マジで最悪過ぎ。アイツら全員纏めて死ねば良いのに。」

教室の何処からかそんな言葉が聞こえてくる。

黙って席に座っている里沙、明日美、奈央、裕太が気まずそうに俯いたきり。

ふと誰かが裕太に教科書を投げつけた。教科書は彼の頭に直撃し、裕太は痛そうに頭を押さえる。

そして教科書を彼に投げつけたらしい奈々が軽蔑の視線を裕太に向けた。

「暴力男は学校に来ないでちょうだい。」

そして次に美絵がクスクスと笑いながら

「アンタみたいな暴力男、マジでムカつくからさっさと死んでくれない?」

と口にする。それを聞いたクラスメート達は止めもせずに彼の事を嘲笑うのみ。


どうしよう…わたしのせいで…。

美晴は泣きそうになりながらただただその場に立ち尽くすだけでどうすれば良いのか分からなかった。


本当はそんなの嘘だよって言いたい。彼ら彼女らを庇ってあげたい。

でもクラスメート達は完全に悪評を信じ込んでおり何を言っても耳を傾けてはくれないだろう。

それに、この状況で言えば何をされるか分かったものじゃない。

美晴は、自分の弱さがただ恨めしかった。

自分は結局弱い人間だ。自分を庇ってくれた明日美を、里沙を、裕太を、奈央を。自分の話を聞いてくれた一翔を、義経を、季長を何一つ庇って挙げられない弱虫なんだ。自分は何も出来ないただの恩知らずなのだと。


「あんな奴らと付き合っている明日美と奈央も最悪じゃね?」

「分かる〜あの二人も死ねば良いのにね。」そう言ってクスクス嗤うクラスの女子二人。

すると裕太が勢いよく立ち上がって女子二人に凄む。

「お前、兄さん達の、明日美の、杉野の、村田の何を知って悪口言ってんだよ!!!」

クラス中の視線が彼に集中する。するとサキが棚の上にあった本を裕太に投げつけた。

「暴力男は黙っててくれる?マジでキモいんだけど。」

サキが言ったのと同時に取り巻きの正美、加奈子、美香が口々に騒ぎ立てる。

「死ねば?屋上にでも行って飛び降りてくれば?あんたみたいな奴が居るだけでこっちは迷惑なんだけど?」

美香が真顔で醜い言葉を口にする。すると加奈子が笑いながら

「あんたのお兄さんと居候の義経と季長の4人で死んでくれば?きっとみんな喜ぶと思うよ。」

クラスメート達は誰一人「やめなよ」とは言わずにその言葉を聞いてクスクス笑うのみ。


ふと人間ってなんで嘘か本当かも分からないような話を信じ込んで好き勝手悪口を言えるのだろうという怒りにも似たような疑問が美晴の頭の中に浮かんでくる。



「アイツの兄の一翔っていじめで人を殺したんでしょ?」

「あ〜知ってる。散々人をイジメといてよくのうのうと生きていられるよね。あの人殺しメガネ。」


「あと季長って奴人を斬り殺して遊ぶとかマジ最悪過ぎでしょ。」

「貧乏過ぎて頭に栄養が回らなかったんじゃね?だから善悪の判断もつかないとか?」


「あの義経って奴、小さい頃坊主相手に売春してたらしいよ?」

「何それマジで汚ーい、キモすぎ〜」

クラスメート達はサキ達を止めないどころか楽しそうに彼ら彼女らの悪口を言っていた。

サキ達が言いふらした嘘だとは知りもしないで好き勝手に醜い言葉を吐きまくっている。



サキ達は彼ら彼女らの評判が段々と下がってゆくのを見届けながら楽しそうにハイタッチを交わした。


醜い言葉を平然と吐き捨てる奈々、奈津、奈絵やサキ達に対して美晴は何も言えないでいた。

本当はそんなの嘘だよって言いたい。彼ら彼女らを庇ってあげたい。

けれど庇ったら更に酷く虐められるかと思えばそれができないでいる。


そしてある日の事だった。とある日の放課後の事だ。

明日美は係の仕事の為に一人で学校に残っていた。そこへサキと正美、美香、加奈子がやって来る。

「おい、明日美お前ちょっとトイレに来いよ!」

サキが教室の掲示物を管理している明日美に迫る。

「なんでわたしがトイレに行かなきゃ行けない訳?」

明日美が凛とした口調で言い放った。

その態度に腹を立てたサキが明日美の髪の毛を思い切り掴む。

「良いから来いって言ってんだよ!」

サキが明日美を思い切り突き飛ばす。床に倒れた明日美を取り巻きの正美、加奈子、美香が無理やり引き摺って行き、明日美の体をトイレへと投げ込むように入れた。


「おい、なんでアタシらに逆らったんだよ!」

サキが床に座り込んでいる明日美にズカズカと迫る。

「サキ達が間違ったことをしていたから止めただけ、わたしは間違ったことはしていない。」

明日美は力強い口調でサキらに言い放つ。

「お前ふざけんなよ!正義ぶりやがってこのブスが‼️」

それを聞いた美香がそう叫びながら明日美の横腹を思い切り蹴りあげた。


痛みに顔を歪める明日美にサキ、正美、美香が容赦なく暴行を加える。


鈍い音をたてて鳩尾に蹴りが派手に入り、息苦しさで呼吸も満足に出来ない。


「おい立てよ!!」

苦しさで呼吸もままならない明日美をサキは無理やり立たせるとその頬を全力で平手打ちする。


パンッ…。乾いた音が女子トイレの薄暗い空間に響き渡った。

途端に口に広がる鉄の味。どうやら平手打ちされた衝撃で口の中を切ったらしい。

「せっかく美晴を甚振って遊んでいたのにアンタと奈央と里沙が邪魔するから!!

おい、どうしてくれるんだよ!?本当お前らってどうしようもない最低野郎だよな!」


サキが叫びながら明日美に更に迫ってくる。殴られても、蹴られても、髪の毛を引っ張られても明日美は凛とした態度でサキ達に言い放つ。


「アンタ達が間違った事をしていたから止めただけ。

アンタ達は自分がやってる事がどれだけ醜い行いなのかを分かっていないのよ!!」


「てめぇ、ふざけんじゃねえぞ!お前も里沙も奈央も美晴も裕太も一翔も義経も季長もどいつもこいつもムカつくのよ!

調子こきやがって。自分は優れた人間なんですって面しやがって!!

偉そうな事ばかり言いやがって。お前らの存在自体が不愉快なんだよ!!!!お前らみたいな人間は全員纏めて死ねばいいのによ!」


その一言に逆上したサキがそんな事を叫びながら明日美の顔面を全力で叩いた。

叩かれた衝撃で鼻血が溢れだしてくるがサキ、正美、美香は容赦なく明日美を床に倒してその体を何度も何度も全身痣まみれになるまで踏みつけたのだ。


それからサキ、正美、美香の3人は全身打ち身だらけで動けずにいる明日美を引きづって洋式トイレの方まで連れていく。

そしてサキが


「まさか殴るだけで許すとでも思った?アタシ、アンタを殴るだけじゃ気が済まないんだけど?おい、明日美。トイレの水飲めよ。それが出来ないならスリッパの裏側を舐めるってのもあるけど?」

と明日美を脅す。

「い…イヤ…。」

明日美がそう答えるとサキが

「は?お前またアタシらに逆らうつもり?おら、飲めよ。さっさと飲めよ、おら!!」

と言いながら明日美の髪の毛を掴みその顔を便器に埋めようとする。その背後では美香が背中を蹴りまくってる。

「…ッ!!」

明日美は歯を食いしばって何とか痛みに耐える。

そういった状況が数分程続いた。すると、ついに痺れを切らしたサキが

「もう良いわあ…トイレの水飲まなくても。」

そうつまらなそうに吐き捨てると、明日美の髪の毛を掴む手を離す。すると今度はトイレのスリッパを拾い上げるとその裏側を明日美に押し付けた。

「トイレの水が飲めないならスリッパの裏側舐めろよ。」

恐らく長い間使われてきたのだろう。スリッパの裏側は酷く黒ずんでおり、それを口にすると考えただけで吐き気を覚える程だ。


「さっさと舐めろつってんだろうが!!」

サキがそう叫びスリッパの裏側を明日美の頬に押し付けた。

それでも明日美はサキの言うことには従わない。その態度に激昂したサキが明日美の腹を全力で蹴る。


明日美の体は仰け反り、頭をトイレの壁へとぶつけてしまう。

サキはズカズカと明日美に近づくとその髪の毛を思い切り掴んだ。

明日美は途中「うぅ…」と苦しそうに唸ったがサキはお構いなし。


するとサキが徐に近くで楽しそうにしている取り巻きの美香と正美に呼びかけた。

「美香、正美もうこの生意気なクソ野郎好きなだけ殴りな。」

サキの呼び掛けに美香と正美がにいっと悪魔のような笑みを浮かべて明日美に迫る。髪の毛を引っぱられる、殴られる蹴られるなどの暴力で明日美は立てなくなっていた。


その様子を加奈子は可笑しそうに笑いながらスマホを向け動画におさめている。


「わたし達に逆らうからこうなるのよ。」

傍で見ていた加奈子がケラケラ笑いながら近づいてくるとボロボロになった明日美に再びスマホを向けて写真を撮りまくる。


「わたしらに逆らった罰としてこの写真をネットの掲示板にばらまいてあげる。」

加奈子はそう言うと殴られまくって動けずにいる明日美に唾を思い切り吐きかけた。

「じゃあね、そうやって床に這いつくばっているのがアンタにはお似合いよ!」

サキはそう口にすると、取り巻きの正美、美香、加奈子を引き連れてトイレを後にする。


殴る蹴るの激しい暴行を受けて全身打ち身だらけの明日美はしばらく立てずにいた。


暫くしてようやく立ち上がると

全身アザまみれ、髪の毛も引っ張られまくってぐしゃぐしゃ。

どうしよう、このままじゃ家に帰れない…。

明日美は髪の毛を手ぐしで整えると手足の痣を隠すために学校指定のジャージに着替えた。


誰にも心配なんて掛けたくはないからと…。


そして次の日の移動教室の際、奈央と里沙が階段を降りている時のこと。

いきなり背後から誰かに背中を強く押され、奈央と里沙は階段の踊り場に身体を強く打ち付けた。

全身を襲う痛みに顔を歪ませている奈央と里沙にサキ、正美、加奈子、美香がケラケラと笑いながら階段を降りてくる。

間違いない、サキ達4人のうちの誰かが二人の背中を押したのだろう。

「ちょっと押しただけでコケるとかアンタ達ダサすぎでしょう!!」

美香がケラケラと可笑しそうに笑いながら言う。

サキと美香、正美、加奈子は踊り場に倒れて動けずにいる里沙や奈央の身体を何度も何度も踏みつけていた。


「いちいち偉そうな口アタシ等に聞いてんじゃねえよ!ゴミクズ共が!!」

サキが唾を散らしながら大声をあげて里沙と奈央の髪の毛を引っ張る。

髪の毛を引っ張るだけでは物足りなくなったのだろう。

サキ、正美、加奈子、美香は階段の踊り場に倒れ込んで動けずにいる里沙と奈央の身体を蹴りまくっていた。


凄い音を立ててサキ達の蹴りが鳩尾や横腹、下半身など身体中の至る所に入る。

階段から落ちた時の衝撃と重なって激しい痛みが身体中を襲う。

それからサキは考えるふりをしてからニヤリと笑うなり一言。

「じゃあ里沙と奈央のスカートを脱がせてあげようかな。」

サキがそう言うと正美、美香が倒れて抵抗出来なくなっている奈央と里沙に近づき、スカートに手を掛けて…無理矢理脱がせた。

その時にクラスメートが数人通りかかったがみんなして見て見ぬふりを貫く。

「やめなよ」と言う人は誰一人いなかった。

それどころか数人くらいの女子が

「見て見て〜売春女がいじめられてる〜」

「汚らしい売春女がいじめに遭うとかマジでウケるんですけど〜てか売春女のパンツダサっ!!」

里沙や奈央がいじめられるのを見つめながらクスクスと笑っていた。


「何これ〜コイツらのパンツ姿まじでウケるんだけどー」

加奈子が笑いながらそれを写真に写す。それから加奈子は不気味に笑いながら里沙と奈央に対して一言。

「この写真後でネットにばらまいちゃお!!」



それからサキ達は二人の身体を蹴るだけ蹴った後、ケラケラ笑いながら2人に一言。

「アタシ等に逆らうからこうなるのよ!」

そう言って奈央と里沙を階段に放置したまま去ってゆく。

階段から突き落とされ、身体中を蹴られた痛みで動けない上に助けを求めることすら出来なかった。


それからも明日美や奈央、里沙に対するイジメは日に日に激化していくのだった。




この日もサキ達やクラスの女子3人グループは義経や季長、一翔の悪評をでっち上げて周囲に言いふらしていた。

そして遂に彼らの悪評をでっち上げるだけでは気がすまなくなったのだろうか?

サキは義経や季長にカッターナイフを、裕太と一翔にはロープを送り付けたのだ。

明日美は彼らから最近変なものを送り付けられると相談を受けていたのだが明日美は何故彼らがカッターナイフやロープを送り付けられたのかサッパリ分からない。


とある休み時間の時である。

「昨日さ、義経と季長にカッターナイフを一翔と裕太にはロープを送ってやったんだけどアイツらまだピンピン生きてやがるんだよ。

本当あの4人って存在自体がゴミ同然なんだからさっさと死んで欲しいんだけど?

無表情でキモイし、いかにも調子乗ってそうだし、ブッサイクだしさ〜生きているだけで公害なんだよ、あのゴミクズ4人組は!!」

サキが可笑しそうに笑いながら教室中に聞こえるような声で言った。


「カッターナイフやロープを使って死ねって言ってんの分からないのかな?

普通は分かるでしょ、アイツらどんだけ馬鹿なの?」

美香が意地悪そうな表情でそんな言葉を平然と口にする。正美が手を叩いてケラケラと笑いながら言った。

「それにしても義経も季長も裕太も一翔もあんな人形みたいなキモイ顔面晒してよく生きていられるよね。」


正美の言葉に対して加奈子が髪の毛を指先で弄りながら

「分かるー。わたしなら絶対に自殺するわー。

だからわたしらが親切にカッターナイフやロープを渡してやったっていうのにねー。

人の親切心を踏みにじるようなクソ男はさっさと死んでくれなきゃねー。

もう1回カッターナイフとロープを送ってあげようかな?」

そんな事を言いながらサキ達はずっと笑っていた。


それからもサキ達は裕太、一翔、義経、季長にカッターナイフやロープを送り続けた。

だがそれだけでは気が済まなくなったらしく、サキ、正美、美香は自分達の兄に頼んだのだ。

「裕太、一翔、義経、季長をボコボコにしてきて」と。

実際サキには颯太郎、玲於、正美には和彦、快という名前の4歳年上の兄がそれぞれ二人、美香には咲也という名前の3歳年上の兄がいる。

そして次の日の夕方、人気の無い川の土手沿いを歩いている一翔、義経、季長を見つけたサキは兄二人に

「ボコボコにする相手はアイツ。裕太のクソ野郎がいないみたいだけれどまあいいっか。」

サキの言葉を聞いた正美、美香、加奈子はゲラゲラ笑いながら

「「「今からボコボコにすんのマジで楽しみなんだけど〜」」」

と口々に言っていた。


現代で刀を持っていたら銃刀法違反になる為、義経と季長は丸腰、酷い目に遭わせてやるには絶好のチャンスである。


サキ、正美、美香の兄5人は土手沿いの道を歩いている彼らに近づく。

「何ですか?」

「「なんの用だ?」」

冷静な口調で言う彼らに対して

「うっせえんだよ!すべこべ言わずに来いよ!」

颯太郎が大声で怒鳴る、そして残る玲於、和彦、快、咲也が彼らを抱える。

そして川原へと降りていく。


3人の身体が川原に叩きつけられ身体中に酷い激痛が走る。


それから玲於が一翔のメガネをもぎ取ると思い切り踏みつけた。

メガネは忽ちバキバキに壊れる。

「お兄ちゃんヤル〜」

「「サキのお兄さんマジで最高!!」」

その様子を見ているサキと正美、美香が歓声を上げる。


凄い音を立てて一翔、季長、義経の腹が蹴られた。

もの凄い痛みが身体中に走り彼らは苦悶の表情を浮かべる。咲也、颯太郎、玲於、快の身長はざっと180センチ。しかも体重は90キロはありそうだ。


対する義経、季長はせいぜい160センチ台前半、一翔こそ172センチはあるものの、三人共細身だから丸腰だと完全に勝ち目はない。


そこに颯太郎、玲於、快がやって来て一翔達3人の顔面を思い切り殴った。

堪らず彼らは後ろ向きに吹き飛び、顔面を殴られた勢いで真っ赤な鼻血が大量に溢れ出す。


「ヤルじゃん〜もっと痛みつけてやれ!」

サキが手を叩きながらキャッキャと笑う。

「何これ、面白すぎてヤバいんだけど〜」

加奈子が爆笑しながらスマホで写真を撮りまくる。

「「どうせなら髪の毛引っ張ってぶん殴るとかしなよ!」」

正美と美香が悪魔のような笑みを浮かべながら言う。


すると咲也、和彦、颯太郎が鼻を抑えながら座り込む彼らに近づく。

一翔、季長、義経の鋭い殺気の籠った視線に咲也、和彦、颯太郎が思わず後ずさるがすぐに歩み寄ってきて

「「「なんだよ、その目つきは。てめぇちょっと顔が良いからって調子こいてんじゃねーよ!」」」

と叫ぶやいなや3人の頬を拳で殴った。

唇の端も切れ、口の中まで切れて激痛で喋れなくなった3人の背中を和彦、咲也、颯太郎は思い切り蹴りあげる。

衝撃が臓器にまで響いたような気がする。

背骨が折れたのではないかと思うほどに痛い、痛くて痛くて息をするのも辛い。


快と玲於は義経の鬢の髪の毛、一翔の髪の毛を思い切り掴む。

凄い力で髪の毛が引っ張られ、頭皮がずるりと剥けて頭蓋骨が露出したのではないかと思う程だ。

それを見ていたサキが急にニタアと笑い兄颯太郎に何やら耳打ちをした。

そして颯太郎が一翔達に近づくなり一言。

「おい、お前ら川の水飲めよ。」


川の水…この間の雨で川の水は汚れている上にここの川はお世辞にも綺麗だとは言えない…。

口の中も殴られて切れているためこんな水飲んだりなんかしたら大変な事になるに違いない。

それにこんな奴らなんかの命令などやすやすと聞いて溜まるか。

「飲む気はないんだな…。」

颯太郎がやれやれと言うように零す。すると再びサキがやって来てまた何やら颯太郎に耳打ちをした。

颯太郎は不気味な笑みを浮かべると一言。

「じゃあこの場で裸になれよ。男子高校生と武士、全部丸出しってネットで生配信してやるから。」


「さっさと脱げよ、脱げっつってんだよ!いっつも澄ました顔しやがって、あぁ!?自分は他人より優れているんですって態度取りやがってムカつくんだよ!!」

颯太郎と一緒にサキも一翔達に向かって叫ぶ。


「「「……。」」」

颯太郎達の脅しに一翔達3人は答えない。

そんな事したくない。殴られても何されても自分が何者であるかの誇りは失いたくはないから。

すると痺れを切らした颯太郎が

「おい、さっさとしろよ!そのままだとまた殴られたいと言っているようなものだぞ!

せっかく選ばせてやってるんだから感謝しろよ。」


「「「……。」」」

それでも答えない3人に対して颯太郎が叫ぶ。

「ああもう分かったよ。また殴られるのが良いんだってな!じゃあ生配信でやってやるよ!

本当ムカつくんだよな、お前らみたいなのやられてもやられても堂々としやがって、見ていて吐き気がするんだよ!」

それから颯太郎は義経と季長に対して

「生配信って言葉知らねえだろうから教えてやるよ。生配信ってのはなあ、お前らの事を日本中に見せしめる事だよ!!お前らで言う所の晒し首みてえなやつだな!つまりお前らは皆のさらし者なんだよ!!」


そして和彦、颯太郎、咲也、快、玲於は倒れ込んで動けずにいる一翔、義経、季長に容赦なく殴る蹴るの暴行を加える。

サキ、正美、加奈子、美香は川原の石を拾い上げると次々に一翔達3人目掛けて投げつける。

頭、胸、腕、至る所に固い石がぶつかり、忽ち傷だらけになっていく彼ら。

途中明日美と同じ学校に通う人が何人か通りかかったが誰一人助けることはなく見なかった事にして通り過ぎて行く。


そればかりかこちらを見ながら何やらヒソヒソと話しながらせせら笑っている人もいる。


「ねえ、見て見て〜いじめで人を殺した一翔って奴と強姦魔の義経と人を斬り殺して遊んでいる季長って奴がいじめられている〜」

「うわあ〜なにあれ〜めっちゃスカッとするんですけど!!」

そう言ってクスクス笑う明日美と同じ学校に通っている女子生徒二人。


いじめで人を殺した奴…。強姦魔…。人を斬り殺して遊んでいる…。

女子生徒達の言葉が一翔、義経、季長の頭の中を駆け回る。

そんなの完全な濡れ衣だ。サキ達が言いふらした嘘に違いない。

アイツらからどんなに酷い与太話を言いふらされても、周囲から暴言を吐かれても我慢していた。

一翔は年上だから、サキ達は後輩だからと。義経と季長は、この時代で刃傷沙汰を起こせば重罪人になり、自身や自分の世話をしてくれている裕太や一翔の祖母。それに明日美までもが周囲から白い目で見られてしまう。

大切な人達の名誉が自分のせいで大きく傷ついてしまうのは絶対に避けたかった。


けれど、これ以上は耐えられそうにないみたいだ。

そう思った瞬間に「死」という言葉が3人の脳裏をかすめた。


そして全身傷だらけでボロボロの3人にサキ達の兄が近づくと義経の懐から笛を、一翔の腕から腕時計を奪う。

この笛は母である常磐が別れる際にくれた形見で、一翔の腕時計は父の形見だった。

二人は激しく痛む身体を動かせて必死に笛と腕時計を奪い返そうとするが快と和彦がそんな二人を見て

「「はあ?お前ら何抵抗してんだよ!!」」

と叫ぶなり二人の横腹を思い切り蹴りつけた。

「「うぅ…。」」

あまりの痛みに顔を歪めてうめき声を漏らす二人を見て快と和彦はニヤリと笑う。

季長が笛と腕時計を代わりに取り返そうとするが聡太郎が

「お前まで何抵抗してんだよ???」

と叫びながら季長の頬を全力で殴った。その場に倒れ込む彼。

そして聡太郎は義経の笛を、一翔の腕時計を思い切り踏みつけた。笛と腕時計は忽ち見るも無惨な姿になる。

形見が目の前で壊された一翔と義経はショックのあまり頭が真っ白になる。


サキ達はそんな彼らの様子を見て楽しそうに笑っていた。

初めこそ抵抗していた物の抵抗すればするだけ余計に酷い事をされるだけ。

それから颯太郎達は一翔、義経、季長を思う存分殴り、やがて手応えがなくなると、飽きたのか颯太郎達は挙って川原を後にした。


「ほーら、これ返してやるよ。」

それから颯太郎は壊れて無惨な姿になった笛と腕時計を義経と一翔に向かって乱暴に投げつける。

笛と腕時計はあちこちが割れていて、もう使い物にならないし、修理も不可能だ。



するとサキ、正美、美香、加奈子がやって来て一言。

「死ねば?あんたらのキモイ顔を見ているだけで反吐が出るから。

ていうか死んで。とっとと自殺でもすれば?きっとみんな喜ぶと思うよ?」

サキがいつものように人を見下すような笑みをうかべながら口にする。その隣で加奈子が楽しそうに写真を撮りながら

「この写真をネットと学校にばら蒔いてあげる。」

と言いながらお腹を抱えて爆笑する。

すると正美が

「でもどうすんのよ、コイツらが本当に自殺したら。わたしらの行いが全部バレちゃうじゃん。」

正美の問にサキが顔をクシャクシャにしながら大声で答える。

「大丈夫、大丈夫。バレたとしてもアタシらの事をチクる奴なんて1人も居ないから。それに仮に死んでくれたら嬉しいんだけど〜クソ野郎が3匹居なくなって清々する。」

「「あーあ面白かった!!」」

美香と正美が言ったのを合図にサキ、正美、加奈子、美香も和彦、颯太郎、咲也、快、玲於を追って川原を後にする。


川原に置き去りにされた一翔、義経、季長は口の中は切れて血だらけ。鼻血は未だに止まらず、身体中痣だらけ。おまけに髪の毛は引っ張られまくってボサボサだ。


悔しかった。近くに何か棒切れでも落ちていたら余裕で勝っていただろうと思うと悔しくて堪らない。

大勢の人にボコボコにされたとなったら竹崎家や、源家、両親や兄弟の名誉を汚すことになる。


名誉を汚すことになるくらいなら…これ以上辛い思いをするくらいならと思い死のうとしたが生憎腰刀は居候させて頂いている裕太、一翔の家に置いてきてない。おまけに身体中の痛みで動けない。


一体どれ程の時間が流れたのだろうか?偶然犬を散歩させていた60歳くらいの婦人に川原で倒れているの発見され、抱き起こされたのだった。


抱き起こされて何とか立ち上がり、乱れた襟を正し、髪の毛も軽く整える。


何故こんな目に遭わなければならないのだろうか?

それに何故無実の罪まで着せられなければならないのか。

両親の汚名を雪ぐ、竹崎家を復興させる、両親が亡くなって以降育ててくれたおばあちゃんに楽をさせてやりたいと思って生きてきたけれどもう無理だ。



帰って遺書でも書こう。筆に和紙、ボールペンに紙も全部揃ってる。

それに腰刀だって、ナイフだってあるのだから。


そして痛む身体に鞭打ってなんとか家に帰った。

それから義経、季長は筆と硯と和紙を、一翔はボールペンと紙を用意する。

義経、季長の場合は耐え難い屈辱を与えられたこと、名誉を汚された事、赤の他人である自分を家に入れてくれた美代への感謝。

一翔の場合は今まで育ててくれた感謝、そして謝罪が綴られていた。


しかし書いている途中で美代が帰宅、遺書を書いている事がバレてしまい叱られてしまった。


それから事の成り行きを知った美代は激しく憤り、颯太郎のバイト先を特定してバイト先のコンビニに押し掛けたが、当の颯太郎達は「あの生意気なガキ共を教育してやっただけ俺達は悪くない」と言って開き直るのみ。


謝るどころか反省すらしなかった。








それから何日が経過しある日の放課後、美晴が体育館裏で草むしりをしているとサキがいつものように正美、美香、加奈子を従えて美晴にズカズカと近づいて一言。

「あんたまたいい子ぶってんの?」

サキの忌々しい言葉に美晴は

「係の仕事だからやっているだけ。別にいい子ぶってる訳じゃない。」

とサキに返した。が、これがいけなかったらしく、サキ達は何時にない美晴のやや強気な態度に腹を立てた。


「お前、ふざけんじゃねえよ!雑魚の癖に偉そうな口聞きやがって!!何様のつもりなんだよ!!」

サキがそう叫びながら美晴の背中を思い切り蹴った。

ゴンッ!!鈍い音が身体中に響き渡り美晴はたまらずコンクリートの地面に転がる。


「みんなお前のこと嫌ってるっていうのになんでしぶとく学校に来てる訳?なんでしぶとく生きてる訳?」

正美がそんな事を口にしながら美晴の背中を踏みつける。


「痛い…やめて…正美ちゃん…。」

美晴が苦しそうな声で言うと加奈子が

「ゴキブリがなんか言ったかしら?よく聞こえなかったわ。」

とクスクス笑いながら言うと美晴の顔を蹴りつける。あまりの痛さに美晴が泣き出すとサキが

「醜い泣き顔晒してんじゃねえよ、クズ!!お前、マジでウザイんだよ。

お前みたいなの、生きているだけで反吐が出るから早く死ねよ。つーか、なんで凝りもせずに毎日学校来てんだよ!」

と叫ぶなり美晴の横腹を何度も何度も蹴りつけた。

あまりの痛さで、美晴は過呼吸を起こすがサキ達はお構い無し。


それからサキは悪魔のような笑みを浮かべ、山積みの雑草をむんずと掴むと美晴の口に無理矢理突っ込む。

雑草の青臭さと土のなんとも言えないような味が口いっぱいに広がり、思わず蒸せてしまう。

「おい、何吐き出そうとしてんだよ?さっさと食えよ、ゴミクズ!!」

サキ達は苦しむ美晴を笑顔で見下ろすのみ。

「や…め…て…や…めて…。」

苦しい息の中美晴が必死に抵抗すると

「やめてやめてやめて、だって~まじでウケる~誰が辞めるもんか!」

と美香が言うなり美晴のスカートをハサミでボロボロに引き裂く。

サキ達4人はそんな美晴にひたすら容赦なく殴る蹴るの暴行を加えた。

美晴の全身を踏みつける。背中や脚、腕や手だけでなく頬まで踏みつけられ、美晴は全身痣だらけになり、口が切れて鼻血も溢れ出て顔は血だらけだった。


それから、

「そうだ、美晴の髪の毛を切ってあげよ!!」

正美がニヤリと悪魔のような笑みを浮かべる。

美晴は過呼吸で苦しい最中、

「お願い…そ…れだけ…は…やめて…。」

と小さな声で言ったが、それに対してサキが

「お前、偉っそうに口答えしてんじゃねえよ、ゴミ虫が!!」

と叫びながら美晴の鳩尾を全力で蹴った。

それから美香が

「お前みたいな人間見ていてムカつくんだよ!」

と言いながら美晴の頭を踏みつける。


正美はそれから全身傷だらけになり身動きの取れなくなった美晴の頭を掴むとハサミを取り出して美晴の髪の毛を、根元からバッサリと切り落とした。


肩にかかるまでに伸びていた髪の毛は忽ち耳が見えるくらいに短くなる。

コンクリートの地面に落ちた長い髪の毛の山を見てサキが笑いながら言った。

「これで美晴のブスが少しマシになったわ!!」

そして過呼吸で呼吸もままならない美晴の横腹を再びサキが蹴りつけ、ゲラゲラ楽しそうに笑いながらサキ達は体育館裏を後にした。


暫く立って呼吸も落ち着くと美晴は急いで教室に戻り荷物を纏める。

教室のガラスに映し出されたのは適当に切られてザンバラになった髪の毛。殴る蹴るの暴行を受けてパンパンに腫れた顔の少女だった。


「もうイヤだ…死にたい…。」

思わずそう呟いてしまう。程なくして明日美、奈央、里沙、裕太が教室に入ってくる。

全身痣だらけになり、スカートもボロボロ、髪の毛も切られまくって散々な姿になった美晴を見た明日美達は驚きのあまり固まってしまう。


「明日美ちゃん…里沙ちゃん…奈央ちゃん…山崎君…。

もう…わたし生きていたくない、もうイヤだよ、死にたいよ…。」

美晴が弱々しい声で言いながら泣きじゃくる。

「美晴ちゃん、泣かないで…。」

明日美が美晴の背中を優しく擦る。

「そうだよ、美晴ちゃん、美晴ちゃんは一人じゃないよ。」

「そうよ、里沙の言う通りよ。」

「ほら杉野に村田までそう言ってるんだから、佐竹お前は一人じゃない。」

4人の優しさにまた涙が溢れだしてくる。

奈央や里沙、明日美だって毎日サキ達から激しくいじめられて、裕太だって毎日サキ達からある事ない事言われて死ぬ程辛いだろうにと。


そして次の日の放課後、明日美、美晴、奈央、里沙がクラスの女子全員からいきなり準備室へと呼び出された。

行かないという選択肢はなく、仕方なく準備室へ行くと、

「ねえ、明日美、美晴、奈央、里沙、あたしが美術で作った作品アンタらが壊したって本当?」

クラスでも派手な部類の女子の菅野が明日美達に迫ってくる。

美術の作品を壊した?いきなり身に覚えの無いことを言われてどうしていいか分からなくなる明日美達。


「あたしが美術で作った粘土細工がボロボロにされていたんだよね〜。だから犯人は誰なのかって探していたって訳。」

菅野がそう言うと明日美は

「わたし達は何もやっていない。」

とだけ答える。するとサキが出てきてニヤリと笑うなり一言。

「嘘ついてもダメだよ?アタシちゃんと見たんだから、明日美、美晴、里沙、奈央が菅野さんの作品を壊している所を。」


こんなのサキの自作自演に違いない。元々サキは菅野の事を嫌っていたから。きっとサキが菅野の作品を壊してそれを全部明日美達の仕業にしようとしているのだろう。


「さっさと白状しろや、オラッ!!」

菅野が叫んだと同時にクラスの女子全員が一斉に明日美、奈央、里沙、美晴を袋叩きにする。

頭を踏まれ、全身を蹴られ身体の至る所から血が滲んでいく。

サキ、正美、美香、加奈子も一翔達の悪評を言いふらして面白がっているあの女子3人グループがその様子を見ながら面白そうに笑っていた。

それからクラスメート達は明日美達を暴行するだけ暴行した後挙って準備室を後にする。

それからサキがゲラゲラ笑い出すと

「アタシ、菅野の事女王様ぶってて嫌いだったんだよね〜。だから美術の作品を壊してやったんだけどアイツにバレたらヤバいじゃん?だから明日美達のせいにしといて正解だったわ〜。」

と口にする。明日美達はこの展開には慣れっ子なのか何も言わなかった。

本当は抵抗したかったけれど抵抗したら今まで以上に酷い事をされるから。

4月からいじめられるようになって早2ヶ月だ。

いつかこの理不尽ないじめが治まってくれるのをただただ待つしか無かった。


そして次の日、美晴は今までずっと飼いたかったハムスターを迎える為にペットショップに来ていた。

そしてハムスターを連れて帰っている最中の事だ。

人気のない公園に差し掛かった時のことである。公園からサキ、正美、加奈子、美香が出てきて美晴に近づいてくる。

そして、

「お前、ちょっとこっちに来いよ!」

サキがそう言うなり美晴を公園へと引きづっていく。美晴が必死にハムスターの入った箱を庇いながら

「この子を早く家に連れて帰らなくちゃ…」

と弱々しく言った。するとサキはハムスターの入った箱を無理矢理奪う。

美晴は取り返そうと抵抗するが正美、美香、加奈子に抑えられていて身動きが取れない。

そしてサキは箱を開けて中からハムスターをむんずと掴むと…ハムスターを地面に思い切り叩きつけて…踏みつけた。


小さなジャンガリアンハムスターはぐったりと動かなくなる。

美晴はショックのあまりその場にただ呆然と突っ立っていた。

その様子を見てサキ達4人はたまらないとでも言うように声を上げて笑っている。

それからサキはハムスターの短い尻尾を掴むと

「ほら、お前のハムちゃんかえしてやるよ!!」

と言って美晴に向かって乱暴に投げつけた。

それからサキ達はゲラゲラ笑いながら公園を後にする。


美晴は悲しみと苦しみのあまりその場に膝から崩れ落ちてしまう。

サキ達のせいで大事な家族になるはずだったこの子が死んでしまった…。

もうどうして良いのか分からなかった。美晴は泣きながら

「もう嫌だ…。なんでわたしがこんな目に遭わなくちゃいけないの…?もうイヤだよ、もう死んじゃいたいよ…。」

と零すのみ。そんな事を言ってもまだ脈打つ自分の心臓が憎らしかった。




この件で美晴の母が学校にイジメの有無を聞きに来たが「証拠不十分」として教職員からは取り合ってもらえず。

美晴も両親にサキ、正美、美香、加奈子から受けたイジメ、他にも明日美や奈央、里沙、裕太達に対してしていたことも詳しく話した。美晴の両親は明日美、奈央、里沙の両親、裕太の祖母と協力しサキ達の母親に謝罪を求める。


だが、サキの母親は謝罪するどころか

「て言うか、サキ、正美、美香、加奈子がやったことだって和彦、颯太郎、咲也、快、玲於がやったことだって全部ただの遊びじゃない。」

と言いながらクスクス笑う。次に美香の母親が

「そうよ、そうよ!!こんなの思春期同士のじゃれ合いじゃない!!」

と口にしながら可笑しそうに笑っていた。

その態度に腹を立てた明日美の母親が怒声を上げる。

「いい加減にしてください!!」

先程までは冷静だった明日美の母が初めて見せる怒りにサキ、正美、加奈子、美香の母達達が目を見張る。


「何がじゃれ合いですか?何が遊びですか?

集団で暴行したり、髪の毛を勝手に切ったり水を掛けたり、大の大人が10代の男の子を集団で殴る、これのどこが遊びなのですか?

ふざけないでください!!」


次に美代が

「一翔達は…あの子達は、全身が痣だらけでした…。

大の大人に集団で殴られたかと思えば、どれだけ怖かっただろうか、どれだけ辛かっただろうかと可哀想でなりません。」

と今にも爆発しそうな怒りを押さえ込んで言った。

次に美晴の母親が出てきて

「これらの事は全部拡散します。お母様方も、お宅の娘さんも、息子さんもここには居られなくなるという事を覚悟しておいてください。」


美晴の母の言葉に血相を変えた加奈子、正美の母が

「はあ?なんでわたしらが立ち退かなくちゃいけないわけ?

大体、殴られたくらいで、水を掛けられたくらいで、髪の毛を切られたくらいで大袈裟なのよ!勝手に痣作りやがってムカつく!!」

「そうよ、そうよ、それだけで大袈裟なのよ!

大体あのメスガキとオスガキが悪いのよ!だから殴られるのよ、だからアタシらの娘、息子は悪くない!悪いのはアンタらよ!」

と言うだけで自分の娘や息子の行いを謝罪することは無かった。


それからもいじめは悪化していった。一翔、義経、季長、裕太に対する悪評は段々と度を増し、クラスメート達は四人の姿を見るなり激しく罵倒するのは当たり前。酷い時には石まで投げられた。


明日美、奈央、里沙、美晴に対する暴力は収まるはずもなく日々サキ達に殴られ、クラスメートから罵られる毎日だ。

酷い時には教科書を投げつけられたりもした。







そして次の日男子達が体育で居ない時。サキ達はこっそり教室に忍び込み裕太の学ランを見つけるなりサキが一言。

「ねえ、コイツの学ラン、ハサミでズタズタにしない?」

そう言いながら悪魔のような笑みを浮かべるサキ、よく見ると彼女の片手にはハサミが握られている。

それを見た加奈子、正美、美香はわあっと手を叩いた。


「いいねえ、やっちゃお!!やっちゃお!!」

加奈子がそう言いながらスマホを構える。

「わたし今絵の具持ってるからちょうどいいじゃん。」

美香がカバンから絵の具をいくつか取り出す。

「相変わらずやるじゃないの、サキ。じゃあわたしはコイツの学ランに殺虫剤をかけてあげる。」

一体何処から持ってきたのだろうか?美香が殺虫スプレーを嬉々とした様子でサキに見せびらかしている。


それからサキは裕太の学ランをハサミでズタズタに切っていく。

綺麗だった学ランはあっという間にボロボロになる。


すると加奈子がサキに

「相変わらずサキはやるよね〜でもここまでやって大丈夫なの?アイツら8人全員死ぬかもしれないよ?」

と言う。文面的には止めているようでも加奈子の口調はあからさまに面白がっていた。

「アイツら全員死ぬとか何その超絶ハッピーエンド!!そうなってくれたら超嬉しいんですけど!?」

とサキがケラケラとお腹を抱えて笑う。

「さあさっさとコイツの学ラン壊しちゃおうよ!」


今度は美香が白や赤や青などの絵の具をズタズタに切り裂かれた学ランの上に垂らした。

それから正美がどこからか持ってきた殺虫剤を学ラン目掛けて噴射する。

加奈子はサキ、正美、美香が裕太の学ランを壊しているのを面白そうに動画に収めていた。


あれだけシワひとつなく綺麗にされていた学ランはハサミで切り裂かれた上に絵の具で汚され、殺虫剤を掛けられて臭くなり、見るも無惨な姿になっていた。


体育が終わり男子が教室に帰ってきた後、裕太はボロボロになった自分の学ランを前にただただ呆然と立っている。

きっと犯人はサキ達しかいないと分かってくれるといたものの、おばあちゃんが買ってくれた学ラン。

サキ達に切り裂かれたとなるとおばあちゃんは悲しむに違いない。それに兄の一翔は勿論、義経や季長も黙ってはいないだろう。

それに流石の明日美や奈央、里沙だって怒り狂うだろう。

そして何よりも誰にも迷惑は掛けたくない。


裕太はボロボロになった学ランを急いで隠し、おばあちゃんや兄には学ランはうっかり無くしてしまったという事にした。


サキ達はそんな彼の様子を見てクスクス笑いながら楽しんでいたのだ。。



そして数時間程が経過し体育の時間。

この時間は男子は保健。女子はグラウンドで体育祭の練習だ。

チームで練習する際、奈央、里沙、明日美、美晴はクラスメート達に仲間はずれにされて練習ができないでいた。

「なんで一翔さん達まで酷く言われてるんだろう…。」

美晴がポツリと零す。すると明日美が悲しそうな声で

「わたしを庇ったから。だから全部わたしが悪いの。」

明日美の話によると一翔達と仲良くなりたくて近づいて来たサキに暴力を振るわれ、その件で彼らがサキにキツく言った挙句、サキを拒絶したのだとか。

多分それを恨んでいるのだろうと。

そして、彼らが美晴と一緒に遊んだこと、美晴の味方に付いたことが全てのきっかけとなったのだろう。


「痛っ!」

突如奈央が声を上げ両手で顔を覆う、目の前を見るとサキ、正美、加奈子、美香が意地悪そうに笑いながら立っていた。

サキの右手が砂まみれになっている。

サキが奈央の顔に向かって砂を投げたに違いない。

「ちょっと何すんのよ!」

「奈央に謝って!」

明日美と里沙が怒るがサキ達は悪びれる様子を見せない、それどころか明日美達を嘲笑いながら

「コイツのブサイクな顔にムカついたから砂を投げたんだけどそれが何?

ムカつく顔している方が悪いんでしょ?」

とサキが口にする。

「あっ、明日美と里沙もわたし達に逆らったからお仕置きしてあげなきゃ!」

加奈子がにいっと笑うとホースを明日美と里沙に向けて水を思い切りぶっかける。


明日美と里沙はあっという間にびしょびしょになる。

正美と美香はびしょびしょになった明日美と里沙を思い切り突き飛ばす。

堪らず尻もちをついた二人にサキと美香は容赦なく蹴りを入れまくる。

「偉っそうに調子乗ってんじゃねえよ、ゴミクズ!!」

サキがそう叫びながら明日美の鳩尾を全力で蹴り上げた。

痛みに顔を歪ませる彼女らの様子を正美、サキ、加奈子、美香や女子3人グループの7人が優越感に浸った表情を浮かべながら見つめていた。


「ちょっと明日美ちゃんと里沙になんて事するのよ!?」

「こんな事するだなんて最低だよ!!」

奈央と美晴がサキ達に怒鳴る、するとサキが

「顔面に砂を掛けられてもまだアタシ達に逆らう訳?」

と言うやいなや奈央の髪の毛を思い切り掴みながら彼女のお腹を蹴り上げる。

お腹を蹴られた痛みで蹲る奈央に正美が歩み寄って来てその手を思い切り踏みつけた。

苦悶の表情を浮かべながら正美を睨みつける奈央に対してサキは再び砂をその顔面目掛けて放つ。

それから顔を覆って蹲っている奈央にサキは容赦なく蹴りを入れる。堪らず地面に倒れ込む奈央。サキ、正美、美香、加奈子はそんな奈央の身体を踏みつけてケラケラと笑っていた。

頭や背中、脚、胸、顔、至る所が踏みつけられ、段々と傷だらけになっていく奈央。



「奈央ちゃんになんて事するの!!」

その行為に気弱な美晴でも我慢できなかったのだろう。サキに掴みかかっていくが小柄な美晴じゃどうにもならず、サキは美晴の頬を全力で引っ叩いた。

正美は円な瞳に大粒の涙をためて右頬を抑えている美晴にズカズカと歩み寄ると

「あんた何様のつもり?」

と言うやいなや美晴の顔を拳で思い切り殴った。

顔を抑えて座り込む美晴に正美とサキは殴る蹴るの暴行を加える。

「痛い…やめて…。」

そう美晴が呟いたがサキと正美は殴ることをやめない。

周囲のクラスメート達は美晴、明日美、奈央、里沙がいじめられているのを優越感に浸った表情で見つめていた。


すると、いつも一翔、義経、季長、里沙、裕太の悪口を周囲に吹聴している女子3人グループがこちらを見ながら楽しそうに笑う。


「何あれ〜マジでウケるんだけど〜」

「ねえ、サキ、正美、加奈子、美香、どうせなら明日美の最低最悪な男友達もこんな風にいじめてやったらどうなの?」

「いいねぇ、ねえやってみなよ!絶対面白いって。」

そんな事を言いながらキャッキャ笑う女子3人グループにサキが一言。


「ばーかもう既にいじめてやったよ!!」


それから授業が終わり着替えも済ませて教室に戻って来ると明日美達の様子を見た裕太が

「お前らびしょびしょじゃねえか!?」

と驚く。

「ちょっとサキ達が…」

明日美が小さな声で呟くと裕太が地を這うような声で

「あの野郎…。」

と一言。そして何処かに行こうとする。

「ダメだよ、サキ達になにか言ったらもっと酷いことをされちゃうよ!!」

明日美が彼を必死に止めるが一切聞く耳を持たず裕太はサキ達の元へと向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る