美晴の過去〜辛いいじめ

「サキ、助けなくていいのかな?」

 美晴がオドオドした様子で答える。奈央はため息混じりに

「もう良いわよ、放って置きましょう、あんな奴、助けてあげたって無駄なだけよ。

 人をイジメたり悪口や噂、悪評を不特定多数の人に言いふらして面白がるような性格だもの。

 助けたら助けたで被害者が増えるだけ、傷つく人が増えるだけ。」

 それを聞いた美晴は悲しそうな声色で呟く。


「誰かの優しさに触れる事でサキだって変われるかもしれないじゃん…。」

 それをバッチリ聞いていた奈央がその発言を否定する。

「無理無理!あんなの人の優しさに触れたとしても変われる訳ないでしょ!?

 それに美晴ちゃんだってサキに散々ひどい目に遭わされていたんだし、もう放置して構わないわよ。

 少しは痛い目見なきゃ分からないから。」


 奈央の意見に対して美晴はそうだねともそれは違うとも言わなかった。いや、言えなかったと表現した方が正しいだろう。

 確かにサキやその取り巻きである美香には散々ひどい目に遭った事は事実なのだから。


 今からちょうど1年前、サキとクラスが一緒だった頃の話。

 美晴が別のクラスの友達と楽しそうに談笑しているとサキと取り巻きの正美、美香、加奈子がやって来る。

「あんたまたお得意のぶりっ子を使って誰かに気に入られようとしているでしょう?」

 サキがしじみのような形の目を意地悪そうに細めながら笑う。

 美晴が黙っているとそれが気に入らなかったのかサキが掴みかかってくる。

「おい、お前なんか言ったらどうなんだよ!?

 八方美人で見ていてムカつくんだよ!!」


 八方美人…その言葉に胸がチクリと痛む。基本誰にでも優しく振る舞っているつもりだった。

 だが、それが反感を買うだなんて思ってもみなかったから。

 美晴は何も言わなかった。

 するとサキがニヤリと笑ってみんなに聞こえるような大声で一言。

「そっかぁ~あんたってブスだから八方美人じゃなくて八方ブスかぁ!」

 クラスメート達はサキ達に注意することもなく気まずそうに下を向く。そんな酷い事をみんなの前で言われても美晴はじっと我慢するのみ。


「あんたってさあ、よくそんな顔で生きていられるよね。ブサイクな顔面をみんなに晒して恥ずかしくないの?」

 と美香がニキビだらけの顔を歪めながら言う。

 ブサイク…。その一言で美晴の心の中で何かが音を立てて崩れてゆくのを感じる。

 正直に言って自分の容姿には自信がない。でも、友達から「かわいいよね」とか「それなりに美人なんだから自信持ちなよ」と言われてきたから何とかやって来れた。


 でも、それってわたしを傷つけないためのお世辞だったんだと思うと無性に辛くなる。


 美晴は今にも溢れ出しそうな涙を必死で堪えた。

 先程まで仲良く談笑していた筈の友達は申し訳無さそうな表情で俯いてサキ達には何も言えずにいる。


 本当は友達である美晴を助けてあげたいけれどサキや正美、加奈子、美香に逆らったらただじゃ済まない。それが怖くて傷つく友達を見ているだけしか出来なかった。

 


 そんな様子を可笑しそうに眺めていた加奈子が

「うっわー友達にすら構ってもらえないんだ〜あんたって本当に可哀想だよね〜。」

 と更に追い打ちをかけてくる。

 加奈子の隣に居た正美も意地悪そうに笑いながら

「美晴って本当の友達いないじゃん?」

 と言ってくる。とうとう泣きそうになった時だった。


「あんた達、いい加減そういうのやめたら?

 見ているだけでムカつくんだけど!?」

 教室に戻って来た明日美がサキ達に一言。

 その強気な姿勢にクラスメート達は勿論、美晴の友達も目を大きく見開いて驚いている。


「あんた達って本当懲りないわよね〜人をいじめて何が楽しいのかしら?

 本当、逆にどうやったらそこまで性格が悪くなれるのかしら?」


「あなた達、恥って言葉知ってる?」

 奈央と里沙にも言われ、明らかに面白くなさそうなサキ、正美、加奈子、美香。

 完全に機嫌を損ねたサキは

「アタシに逆らったからにはあんた達タダじゃおかないから。」

 そんな脅し文句をいうと4人で何処かへと行ってしまった。


 あのクラスの女王様であるサキ達にあんなことを言った明日美に奈央、里沙達はどうなってしまうのだろうとクラスメート達は怯える。

 きっとあのサキ達に逆らったからには無事では済まされないだろうなと容易に想像がつく。


「ごめんね、わたしなんかの為に…。」

 美晴が申し訳無さそうな表情で明日美達に謝ってくる。

「「「あれくらい大丈夫だよ。」」」


 彼女達は微笑みながらそう言ってくれるが、あの4人に逆らったからには今度は明日美達がターゲットにされるに違いない。

 このとき美晴は気の弱い自分自身を恨んだ。

 おまけに友達だった子はみんなサキ達に恐れをなして美晴のことを居ない存在として扱うようになった。


 それに、予感は的中してしまい、案の定明日美、里沙、奈央はサキ達のターゲットになってしまった。


 持ち物を隠される、ものを壊されるは当たり前、休み時間ずっと悪口を言われるのも当たり前。


「明日美ってさあ〜強気で偉そうでムカつくのよね〜

 アタシってああゆう女いかにも嫌いなタイプじゃん?」

 サキのツンツン声が教室中に響き渡る。

「分かる〜しかも気持ち悪い顔面晒してよく生きていられるよね〜」

 美香が顔をくしゃくしゃにさせて笑う。

「そもそもあの明日美を美人だって言う人が信じられないー、髪色おかしいしさ、ブスだしさ〜」

 加奈子がわざと明日美に聞こえるような声で言う。

「しかも馬鹿のくせに調子乗ってて本当、何様!?って感じ〜。」

 美香が明日美の方をチラリと見て意地悪そうに微笑んだ。


「奈央ってさ〜サバサバしたアタシカッコよくね?って感じが滲み出てるから嫌いなんだよね〜」

 再びサキのツンツン声が響き渡る。

「分かる〜しかもわたしとあんたは違うのよって思ってそうだし。加奈子もそう思うでしょ?」

「だよね〜。しかも偉そうだしさ、気持ち悪いしさ〜美香も同じ事思ってるよね?」

「本当調子乗っててキモいよね〜」



「里沙ってさ〜清楚ぶっててウザいよね〜大体ああいうタイプに限ってビッチだしさ〜里沙、あいつもビッチ確定でしょ〜。」

「やめてよサキ。あの女がビッチとかマジで受けるんだけど〜。」

 正美が手を叩きながらゲラゲラと笑う。

「じゃあ毎日知らないおじさんとラブホに行っているのかなあ〜」

「加奈子面白い事言うじゃん!!」

 美香は加奈子の一言を聞いてお腹を抱えて笑った。

 美晴を庇ったあの日以来、毎日毎日明日美、奈央、里沙の悪口を本人に聞こえるように言っていた。

 普通なら心がおかしくなっちゃうような酷い悪口までわざと聞こえるように言っていたが彼女らは知らん顔。

 まるで言いたいなら言えばいいじゃないのという姿勢を貫く明日美達に美晴は胸が痛む。


 それにどういう訳か裕太、義経、季長、一翔までもがサキ達の悪口の対象になっていた。


「裕太も一翔も義経も両親居ないくせによく平気で居られるよね。季長も貧乏人の癖に調子乗っててムカつく。」

 教室中に加奈子のキンキン声が響き渡る。美香、正美は加奈子の言葉を聞いて「分かるわ〜」と共感した。するとサキが冷ややかな表情を浮かべて

「美晴も明日美も奈央も里沙も裕太も一翔も義経も季長も、アイツらマジでムカつかね?」

 そのゾッとするまでに冷ややかな表情には底知れぬ残忍さと残酷さが含まれていた。


 これから何が起ころうとしているのだろうか?



 美晴は明日美達を庇いたかったけれどサキ達に逆らったら更に酷い目に遭わされるから勇気を出せないでいる。

 美晴はそんな自分勝手な自分が恨めしくてしょうがなかったのだ。


 全部わたしのせいなのに…と。


 そして、次の日のこと。

「はーい、今日は席替えをするのでみんなくじを引きに来て下さい。」

 担任の先生がせっせと作ってきたくじを教団の上に山積みにする。


 そうだった、今日は席替えだったんだと思い出す。

 最近は精神的に疲れて身の回りのことも見えなくなっていた。

 席替えかぁ…。誰と一緒になるのだろう?と楽しい気持ちと不安な気持ちが混じった複雑な思いでくじを引く。


 そしてクジに示された番号の席に座る。

 隣の人は誰なんだろう?とふと疑問に思い、隣をちらっと見てみると、座っていたのは…。

「え!?山崎君…?」

 美晴は思わず声を漏らす、それもその筈、美晴にはずっと縁がないと思っていたあの裕太だったから。

 容姿端麗、頭も良く、剣道は中学2年にして2段、その腕前は全国大会最強クラスと言われる程。


 驚く程端正な顔がすぐ隣にある…。

 だが、美晴は裕太と喋った事があまり無い。彼自身お世辞にも愛想がいいとは言えないし、常にツンツンしている、おまけに芸能人顔負けの容姿と相まってとてもじゃないけれど近寄り難い存在だ。


 クラスの女子はと言えば裕太の隣になった美晴をチラチラ見ては何やらヒソヒソと言っている。

 なんであんな奴が山崎君の隣なの?という心無い言葉を口々に言っていた。


 そして次の時間の授業のこと、この時間は数学だったので数学の教科書を取り出そうと机の中を見てみると、そこにはボロボロに引き裂かれ墨汁で真っ黒に汚された教科書が乱暴に突っ込まれていた。


 犯人はサキ達に違いない。その証拠にサキ、正美、加奈子、美香が困り果てている美晴を見て楽しそうに笑いながらハイタッチを交わす。


(どうしよう…このままじゃ授業受けられないよ…。)

 と途方に暮れる美晴の隣から

「使うか?」

 とぶっきらぼうな声が聞こえてくる。

 隣で裕太が数学の教科書を美晴に渡そうとしていた。

「え?山崎君は良いの?」

 美晴がオドオドしながら答えると彼は

「別に無くても分かるから良いんだよ。何ならこの教科書、佐竹にやるよ。」

 とぶっきらぼうに答える。勿論その顔に笑みはない。だけれど優しくされたという事実が堪らなく嬉しかった。


 そして休み時間

「美晴ちゃん、裕太の隣はどう?」

 明日美が話しかけてくる。

「うん、なんてこと無いよ、どうしたの?」

 美晴が答えると奈央がやれやれとでも言うように

「山崎君、ぶっきらぼうだから大丈夫かなって。」

「うん、大丈夫だよ。」

 笑顔で答える美晴に明日美が何か思いついたような表情を浮かべながら

「今度わたしの親友に美晴ちゃんを紹介しようかな?」

 と言う。誰なんだろう?と思っていると里沙が

「名前を聞けば誰だって知っているような子よ。」

 誰だって知っているような子かぁ…。それを聞いて美晴は目を輝かせる。

「仲良くなれるかな?」

 楽しそうに飛び跳ねる美晴に向かって奈央が一言。

「あまり期待しないでね、一翔君も九郎君も五郎君も山崎君の二の舞みたいな感じだから。」



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