死闘 其ノ弐〜初春の風と共に

 軍本部に慌てて逃げ帰った夕菜は父親であり上官であり、軍幹部であるリュウ准将閣下に兵を動員してくれと頼んだ。

「このままじゃアタシ達の計画が台無しになっちゃう!!

 だから兵をもっと動員させないと…このままじゃ全滅させられるのも時間の問題よ!!」


 いくら残虐非道で我が軍の邪魔をする者は誰であっても葬り去るようなリュウでもかわいい娘の必死な頼みには逆らえない。

 仕方なくリュウは兵を動員させる手続きを取った。


「相手側の武器は大鎌、日本刀、薙刀、弓矢、ロングソードなんだろ?

 なら動員させる兵達の武器は剣でいいな?」

 手続きを取りながらリュウは娘にそう尋ねる。

 夕菜は首を横に振りながら叫ぶかのように言った。


「でもそれじゃダメなの!!剣なんかで出撃したら攻撃する間もなく相手に倒されちゃう!!

 最新式の銃を兵に持たせないと!」


 最新式の銃…。確か今から数百年前の平成時代や令和時代の銃は弾丸が飛び出すことにより相手に攻撃ができるものなのだが、夕菜達の時代の銃は違って弾丸がなく、強力な空気の塊が飛び出すことによって相手に攻撃ができる代物である。

 その飛び出す空気の塊は大層強力で、目標の身体を無残にも切り裂いてしまう。

 弾丸が切れることも無ければ、相手に大ダメージを与えられる。

 これ程に優れた武器など他にはない。


 リュウは暫く考え込むがやがて頷く。

「分かった。最新式の武器を持った兵50名、従来の兵100名を動員してやる。

 これ程いれば我が軍の計画を邪魔する害虫を皆殺しに出来るだろう。」

 リュウは娘にそう言って残酷な笑みを浮かべた。

(友里亜め…遂に仇討ちに出たか…。)


 リュウは3年前、友里亜の幼なじみである楓太に早苗、友美を殺しているし、リュウの部下達の攻撃を受けた友里亜の母親である鞘は数日後に死亡。

 あの時の事を考えるだけで笑いが込み上げてくる。

 友里亜の絶望しきった顔と来たらなかなかの見ものだったなと。


 相手が例え誰であろうと邪魔するものは許さない。

 聞くところによると計画を邪魔しているのは全員10代、20代のガキだとか。

 おまけに邪魔する害虫共にはあの有名な武将も加わっているとか。

 歳だなんてどうでも良い、有名であろうがなかろうが老若男女、邪魔するものは始末するのみだ。


(害虫共は駆除してやらなきゃな…。)

 リュウは遠ざかっていく娘の背中を眺めながらいつまでも冷酷な笑みを浮かべていた。


「夕菜伍長、これから如何致しますか?」

 兵達の長である兵長が話しかけてくる。兵長とは伍長より一つ下の階級である。

「行くわよ、計画を邪魔する害虫共を駆除しに。」

 そう言って夕菜は冷酷な笑みを浮かべた。


 その頃、忠信、継信、義盛、弁慶は南に向かって歩いていた。

 この辺はヤツらもいないから比較的安全だろう。

 それに梅の花の蕾も膨らんであと数日ぐらいで咲き始めるだろう。

 この世界の元で冬が終わりを告げ春が近づいている。

 吹く風はまだ冷たかったけれど何処か暖かさを含んでおりいかにも初春にふさわしい。


 今にも咲きそうな梅の花をぼんやりと眺めていた頃、背後で誰かの気配を感じ、振り向いてみるとそこには鬢の髪を長く伸ばした少女がすぐそこに立っていた。


 夕菜だ…。


「さっきは散々な目に遭わせてくれたわね。」

 そう言いながら微笑む夕菜の姿はとてもこの世のものとは思えないくらいに恐ろしい。


 そして夕菜はそっと指を鳴らす。

 パチンッ…。その音が不気味なくらい静寂に包まれた空間に煩いくらいに響き渡る。

 その音を合図に色々な建物の物陰から剣を持った兵達がぞろぞろと出てきた。

 数は先程戦ったときの2倍くらいはいる。


 いくら相手の剣の腕前が忠信達よりも大きく劣っていると言っても数的に考えて苦戦を強いられる事は間違いないだろう。


「勝てるかしら?」

 夕菜の一言で兵達が4人に斬りかかっていく。

 忠信は兵達を斬り伏せていくが数があまりにも多すぎる。

 このままじゃ防ぎきれない上に、甲冑だって身につけていない状態だから防御は出来ない。


 義盛は襲い掛かってくる兵達を次々に斬り伏せていく。

(此処で倒れる訳にはいかぬ…。)

 だが敵の数があまりに多く兵の攻撃を受け脚と左腕を斬られてしまい、酷い出血量で赤い鮮血がアスファルトの地面を濡らしている。命を落とすのも時間の問題だ。


 弁慶は持ち前の怪力で兵達を薙刀で払っていくが大勢の敵に囲まれて次々と攻撃を喰らいボロボロになっていく。

(我が主君だけは何としても守らねば…。)

 主君である義経の事を思い浮かべなんとか持ち堪えようとするが沢山の攻撃を受けた身体は思った以上に怪我をしており出血量もかなり酷くいつ倒れてもおかしくない。


 兵達は完全に一人を相手に複数で斬りかかってくる。

 4人の兵に包囲された忠信はなんとか兵を二人斬り伏せるのが精一杯、残る二人の兵は彼が怯んだ隙に容赦なく斬りかかっていく。


 弟の危機に気づいた継信が忠信を斬りつけようとしている二人の兵を斬り捨てる。

 次の瞬間、忠信の背後で剣を振り上げる兵が目に飛び込んでくる。

 このままじゃ危ない…。


「忠信…!!」

 継信が叫び、咄嗟に忠信を突き飛ばす…が、弟を庇った為、兵を斬る暇がなかったのだろう。

 兵の攻撃をモロに喰らった継信は左腕を斬られてしまった。


「兄上ーーー!!」

 忠信は大声で叫ぶと兄を斬りつけた兵を思い切り斬り捨てると兄である継信に慌てて駆け寄る。

 怪我は思った以上に深く、傷口から流れ出る鮮血が青色の直垂の袖を赤く染めていた。


「別に構わん、大丈夫だ。」

 継信はそう言ってヨロヨロと立ち上がり再び刀を握る。

「ですが、兄上…。」

 忠信が心配するが継信は「大丈夫だ」と言って微笑んで見せる。


 向こうでは義盛と弁慶が防戦してくれているけれどこのままじゃみんな命を落としかねない。

 その様子を遠巻きに見ていた夕菜はまるで面白いものでも見ている子供のような笑顔を浮かべている。

(アタシの家は代々軍幹部を排出して来た家柄だからアタシが幹部になることはもう確定なのよ!

 次期幹部が一般庶民なんかに、田舎侍なんかに負ける訳ないじゃない!!)


 勝利は自分のものになったと喜ぶ夕菜。

(計画を成功させる為にも、アタシの昇格の為にも犠牲になってもらうわよ、子羊君♪)


 継信は深手を負い満足に戦えなくなっているし、弁慶も義盛も忠信も負傷してみんなボロボロの状態だ。


(ボロボロの状態になるまで抵抗するだなんて醜い子羊君ね…。

 でも大丈夫よ、もうすぐアンタ達に永遠の安らぎを与えてあげるから。)

 夕菜は残酷な笑みを浮かべながら指をパチンと鳴らす。


 そして物陰から数人程の銃を持った兵が出てきて、それぞれ忠信に、継信、弁慶、義盛に銃口を向ける。


「よし、やれ。」

 夕菜の指示を合図に銃の引き金が押された。


 辺りにけたたましい銃声が響き渡り、やがて静寂に包まれ、初春の風が吹く。


 咲きかけの甘い梅の香が混じった春の始まりを告げる風は酷く悲しげに吹き渡っている。

 4人が最後に願ったのは主君の幸せだけだった…。

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