命拾い

 わたしは塚原沙耶、32歳のOL。

 車で実家に帰って数カ月。この仕事先の神奈川に帰ってきたら目も当てられない程に酷い有り様になっていた。

 右を向いても左を向いても前を向いても、後ろを向いても化物でいっぱい。

 その化物はまるで身体が腐っているかのようになっており、鼻を突くような酷い腐敗臭が辺に充満している。


 そう、その化物の姿はまるでホラー映画に出てくるゾンビのようだった。


 なんで…こんな事になっているの…?

 なんで…どうして…。

 自分にこんな事を問いかけたって答えなんて出やしない。

 でも、なんでこうなったのだろう?

 そんな事を考えながら車で自分のアパートに向かっている最中、運悪くガソリンが切れて、車のエンジンが止まってしまった。


 どうしよう…まだアパートまで距離はかなりある…。

 このまま車に籠もっていたら危険だろうし、でも外に出るのも怖い。

 それに距離的に考えてアパートまで歩くのは難しい、取り敢えずこの近くにある避難所に向かおう。


 わたしは恐怖と疑問でおかしくなりそうな心を奮い立たせるように車から降りた。

 強ばる足で化物達に気づかれないように忍び足で歩いていたが、足元に小石があったことも知らずにそれを思い切り蹴飛ばしてしまった。


 カツン…。


 不気味な程に静寂に包まれた世界に小石のぶつかる音、転がる音が煩いくらいに響き渡る。

 その音を聞き逃さなかった化物が4体、わたしに向かって襲い掛かろうとする。

 咄嗟に逃げようとしたが、恐怖で固まってしまった身体は言うことをきかない。


 化物は覚束ない足取りで、1歩、2歩とわたしに近づいてくる。

 その化物の腐って肉が崩れ落ち掛かった見るも悍しい顔がわたしの目の前に来たとき、ついに恐怖が限界を達して

「きゃあああ!!誰か、誰か助けて!!」

 と悲鳴を上げてしまった。


 勿論周りには誰も居ない。叫んだところで誰も助けに来ない。そればかりか化物を刺激する事になってしまったから、もうわたしの人生は此処でお終いだろう。


 ああ、こんな死に方するとは思っていなかったけれど、それでも良い人生だったなあ…。

 たった32年の生涯だったけれど、優しい同僚達に恵まれて、お母さんやお父さん、お姉ちゃん、佐奈や結など家族や親友からも愛されて、彼氏はまだいないままだけれど、それでも良い人生だったなあ…。


 わたしがこんな最期を迎えなきゃならないのは幸せに過ごしすぎた代償なのかな?


 もうじきわたしは死ぬ、そう思ったその時だった。

 誰かがわたしの助けを求める声を聞いていたと言うのだろうか?

 何処からともなくやってきた、女の人一人と男の人4人。

 女の人は長ズボンにジャージ姿、男の人のうちの二人は灰色のパーカー姿で残る二人の男の人は時代劇で見るような和装姿。

 4人の男の人は化物に向かって日本刀で斬りかかっていく。

 化物達は標的をわたしから男の人に替える。その隙に女の人がわたしの腕を引っ張り安全な所へと連れて行ってくれた。


「怪我はありませんか?」

 女の人が親切に尋ねてくる。わたしは無言で頷いた。


 女の人はといえばブロンズ色の掛かった綺麗な髪の毛、ほんのり薔薇色の肌に、ぱっちりとしたキレイな目、茶色く澄んだ美しい瞳。


 この女の人、めちゃくちゃ美人だ…。


 すると程なくして化物を倒し切った4人の男の人がこちらに戻ってくる。

 そして戻ってくるなりわたしに一言。

「「「「大丈夫…?」」」」


 4人の男の人は何故日本刀なんか持っているのだろうとか、なんでそのうちの二人は時代劇でしか見ないような着物を着ているのだろうと思ったが、そんな事がどうでも良くなるくらいに綺麗な顔立ちだ。

 4人共透き通るような白い肌にすっと通った鼻筋、キリッとした切れ長の目に長い睫毛、形の良い桜色の唇。


 思わず全身が熱くなる、きっと今のわたしの顔は真っ赤になっているに違いない。


 わたしは挙動不審になりながら男の人達に

「だ…大丈夫です…。」

 と答えた。

 すると女の人と男の人がわたしに手を伸ばせば身体に触れられそうなくらいに近づいてくる。

 わたしは改めて女の人と男の人の顔をまじまじと眺めた。よくよく見れば5人の顔は女の人、男の人と言うよりは、「女の子」「男の子」でその顔には僅かにあどけなさが残っている。


 5人とも年の頃は10代の半ば〜後半くらいだろうか。

 この子たちはわたしよりずっと年下だから変に緊張する必要はない。寧ろ年上のわたしにペコペコされたら気持ち悪いと感じるに違いない。



「さっきは命拾いしたわ、助けてくれてありがとう…」

 わたしは目の前にいる女の子、男の子に対してお礼を言って頭を下げる。


「じゃあわたしはこれから避難所に行くから、じゃあね。」

 本当はまたあの化物に襲われたらと思うと怖くて怖くて仕方がなかったが年下の女の子、男の子にこれ以上お世話になる訳にはいかない。


 避難所に一人で向かおうとすると女の子が

「あの…避難所まで送っていきましょうか?」

「え…。」

 わたしがびっくりしていると女の子は男の子に対して

「ねえ、良いでしょ?お願い!!」

 と手を合わせてお願いする。男の子達4人はやれやれとでも言いたげな表情で頷いた。


「助けてもらった上に避難所まで送ってもらうなんて…なんかごめんね?」

 わたしが謝ると女の子は

「大丈夫ですよ、わたしはあなたに…」

 そう言いかけて女の子は「何でもないです。」と悲しそうな声色で言う。


 わたしの両脇を歩く女の子と男の子の僅かに幼さの残る横顔がなんだか悲しげに見えた気がして。


 この子達の身に何か悲しいことがあったのは鈍感なわたしでもすぐに分かった。


 それよりもなんで10代の女の子、男の子が自分の身の安全を選ばずにこんな過酷な世界で生きて行く事を選んだのだろう…?





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