友里亜の過去
時は2118年。神山友里亜はゾンビと戦っていた。幼馴染みの早苗ちゃん、友恵ちゃん、颯太君と一緒に。
あたしはロングソードを持って、颯太は木刀を早苗ちゃんと友恵ちゃんは拳銃を。
あたしが手にしているロングソードは極めて強力で破壊力も抜群だ。
ことの起こりは6月のこと。中学生最後の学年を楽しみ、笑顔で卒業する……はずだった。
ゾンビが発生した日は全校生徒が体育館に呼ばれて、校長先生が、
「皆さん、この学校は、避難所になります。ですので、怪我人の手当てを皆さんで手伝いましょう。……」
ここまでは良かった。怪我人の世話をしなくちゃならないことは最初から分かっている。
しかし、校長はとんでもない事をいったのだ。
「今は、特殊部隊がゾンビを駆除している。でも、三年生は特殊部隊と一緒になってゾンビを駆除するように。」
おかしいって思った。でも、どうせ大したことないだろうとしか思ってなかったのだ。
きっと学校側はゾンビなんて虫けらみたいなチョロいものだとしか思ってないのだろう。でも、その当時、奴らはどんな生態なのか分からなかった。でも、今だから言える。
奴らは、残酷で、恐ろしくて、脅威的な存在。
そしてその奴らよりもっと恐ろしいのがー人間。
奴らによってクラスメートや顔見知りの子達が次々と犠牲になった。だからゾンビは憎い。でも、人間が、あの男があんな愚かな実験なんてしなければ、彼ら彼女らは間違いなく犠牲にはならなかった筈。
今の明日美ちゃん達が昔の自分に見えて辛い。彼女は自分と同じく、幼馴染みがいる。優しそうな両親もいる。
彼女がどこかで悲しい思いをしないか、大切な人を亡くしたりしないか。
そう思ってしまうのだ。
あたし達はあの時も死の都を歩いていた。
周りはうめき声をあげながら、ゾンビ達がおぼつかない感じで歩いている。
ふと、後ろに何かしらいるような気配がした。
振り替えると、ゾンビが大口を開けて、あたしの首筋に噛みつこうとしている。
「いやぁ……、来ないで!!」
最期を悟ったその時、何かが割れる音がした。
そこには、颯太が木刀を持って立っていた。
ゾンビは頭を割られ、その動きを停止した。
「ありがとう……」
「大丈夫か?友里亜……」
「一応……」
「怪我はない?」
早苗や、友恵も心配してくれている。
「ないよ……、でも、いつ終わるのかな?」
「大丈夫、きっと。みんなでめでたく卒業しよう?」
そう言って、三人は優しく微笑んだ。
十年前から変わらないその笑顔……。
「死なないでね?」
あたしは何故その時そんな事を言ってしまったのだろう?
きっと何かの予感だったのかもしれない。
このままいつまでも幼なじみの楓太、早苗、友恵と一緒に居られたら良いなと思った。なのに、なのに、それは叶わなかった…。
もう、残りは半分も居なかった……。
「ゾンビを倒しているのかい……?」
誰かに声を掛けられた。そこにはなんだか黒い高級そうなスーツを着込んだ中年くらいの男がいた。
「あなたは……。」
「そのうち分かるさ……。」
そう言って男は近づいてくる。
「なぁ、ゾンビは悪いと思うかい?」
こんな質問をされた。変だなと思いつつも、
「はい。ゾンビはとても怖いです。けれど、人間の方がもっと怖いと思います。」
そう答えたら、
「そうか……。じゃあ、ゾンビを倒す事をやめてくれないか?」
男はゾンビを倒さないでくれと言った。
「それは無理です。友里亜も早苗も友恵も俺もこの町を守れって言われているので。」
あたしがどう答えたらいいのか分からずにいると颯太が助け船を出してくれた。
男は少しの間を取った後、こんな質問をあたし達にしてきたのだ。
「他国の軍がこの国を侵略しようとしたらどうする?」
男の問いかけに友恵が答える。
「国を守るために戦います。。」
「そうだろう、だからこそ生物兵器の実験をしなくちゃならないんだ。
この国の将来の為にな…。まあこの実験で死んだ人には悪いがな。」
そんな…。
「だからゾンビを作った。作ったって言っちゃあおかしいがな。お前らもどうやってゾンビが発生したか気になるだろうから教えてやるよ。
まずは人を一人殺す。そしてその死体にゾンビウイルスを注入する、これだけだ。
少し経てばゾンビはネズミ算式で増えていくからな。」
不気味に笑いながら語る男に心底恐怖を覚える。
「あなただったのですね…。」
楓太がいつに無い低い声で凄んだ。
…怒っている…
「あなたがそんなことをしなければ佳那子もサエデも美優も優勢も壮一も弘斗も死ななかったんだ!!!」
楓太が木刀を男に向ける。楓太に次いで友恵も早苗も薙刀と拳銃を男に向ける。
「抵抗する気か?」
「当たり前だろ、もう何も失いたくねーんだよ!!
国を守るためだから何なんだ!!こんな実験で大切な人を奪われた人からしたら何も意味ねーよ!!
国を守るための実験って何だよ!?こんな事をしたら国を守る前に国が破滅するじゃねーか!!」
楓太が男に怒りをぶつける。
普段は温厚で誰にでも優しい彼がかつてここまで怒りを顕にしたことがあっただろうか?
すると男は冷酷な笑みを浮かべながら
「じゃあ、しょうがないな。手荒な真似はしたくはなかったが…。」
男はそう言いながらスーツのポケットから銃を取り出す。
そんな…やめて…友恵を…早苗を…楓太を…殺さないで…!!
「友里亜、ここは俺たちがなんとかする!!お前は何処か安全な所へ行け!!」
楓太がわたしに向かって必死な表情で叫ぶ。
お母さんだって何処にいるのか分からないのに、楓太、早苗、友恵はあたしの大切な人であり、いつでも心の支えだったのだ。
彼らを置いていくだなんて…そんなの…無理…。
「イヤだよ!!あたし、楓太を友恵を早苗を置いて逃げるだなんて!!そんな残酷な事出来ないよ!!」
あたしが悲鳴にも似たような声で言うと友恵ちゃんがあたしの頬に触れながら
「大丈夫だよ、きっとまた会えるから。それにわたし達は必ず友里亜ちゃんを迎え行く、だから、お願い…。」
友恵ちゃんの必死な物言いから、これ以上拒否する事は許されないようだ。
ふと早苗ちゃんが微笑みながらあたしにこんな事を言った。
「わたしも、友恵も楓太も…友里亜ちゃんが…大好き…。」
その一言で胸のうちから熱いものがこみ上げてきて、それがあたしの視界を霞める。
あたしは3人に背を向け駆け出す。
今は楓太、友恵、早苗のことは忘れよう、きっとまた会えるのだから…。
その時はそう思っていた。だがあたしの願いは無慈悲にも打ち砕かれたのだった。
「なんだ?やるつもりか?全く威勢の良いガキだ…。」
男は困ったように呟く。楓太と早苗、友恵は武器を構えていつでも男を迎え撃つつもりである。
「俺らの計画を邪魔する害虫は駆除してやらなきゃな…。」
男は一言そう言うと冷酷な笑みを浮かべる。その一言が合図かのように物陰から男の手下らしき人物がゾロゾロと出てきて楓太達を包囲し、大量の銃口を彼らに向ける。
「「「…ッ」」」
男は再び冷酷な笑みを浮かべると手下達に一言。
「よし、殺れ。」
男の言葉を合図に楓太、早苗、友恵に向けて大量の弾丸が放たれ、それをもろに受けた楓太達はその場で倒れた。
男は楓太達に近づきその生死を確認する。
「死んでるな…よし、このガキ共を燃やしておけ。」
男が一言言い放つと、手下達はこぞって倒れている彼らに火をつける。火はすぐに燃え広がり楓太の、友恵の、早苗の衣服や髪の毛、皮膚を焼き尽くしていく。
辺りには人が焼けるような凄まじい悪臭が漂う。
男は焼かれてゆく楓太達を見ながら
「お前らの勇気だけはたたえてやる。」
と言いながらいつまでも不気味に笑っていた。
あたしはいつまでも走って走って走った。
それからどうしたのかは記憶にない。気がつけばあたしは病院にいたみたい。
お母さんが見つかったのだ。
だが、お母さんは酷い怪我をしていて医師曰くいつ死んでもおかしくない状況だと。
忘れもしないあの日の事であった。あたしを地獄に叩き落とすような知らせが入ったのは。
あたしがお母さんのお見舞いに来ている時のこと。不意にお父さんから電話が掛かってきた。
「もしもし、お父さん?」
あたしがオドオドしながら電話に出ると、電話の向こうから緊迫したお父さんの声が響いた。
「大変だ!!友里亜!!」
普段は物静かなお父さんが慌てているという事は余程の事があったみたい。
もしも楓太達の事だったらどうしよう…と思い、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
だが、その予感は的中してしまった。
「何?どうしたの!?お父さん?」
あたしがお父さんに緊迫した声で聞き返すとお父さんが聞き取りにくい声でポツリと言った。
「楓太君が…早苗ちゃんが…友恵ちゃんが…遺体で見つかった…。」
さっと血の気が引くのを全身で感じる。あたしはショックの余り携帯を片手にしたまま床にヘナヘナと力なく崩れ落ちる。
そんな…嘘…早苗、あたしを必ず迎えに行くって言ったのに!!
なんで…?楓太、友恵、早苗…あたしを残して…死んだの…。
気が付けばあたしは一人で泣き崩れていた。
それから暫く経ってあたしは重い足取りで霊安室へと向かう。
霊安室へと入った瞬間、冷たい、無機質な空気が全身を纏う。次に何かが焼けたような悪臭があたしの鼻を突いた。
目の前には遺体袋に入れられた楓太と早苗、友恵が横たわっている。
3人の顔を見ようと遺体に近づくあたしを近くにいた人が止める。
「見ない方が良い。見たら君の中のこの子達が崩れてしまうかもしれない。」
そんな…。
あたしは凛々しい楓太の顔、愛らしい早苗、友恵の顔を思い浮かべる。
顔をみたい気持ちは山々だけれどあたしの中の3人が崩れてしまわないように、辛いけれど遺体袋の中身は見ないようにした。
楓太は、友恵は、早苗は、本当は死ぬかもしれないって分かっていた筈。
わざわざあたしを逃がそうと「必ず迎えに行く」なんて言ったのだろう。
あたしの記憶にいる3人はいつでも優しかった。
そんな楓太を早苗を友恵を思い出し、乾いた筈の涙が止めどなく溢れ出してくる。
「友恵、早苗、楓太、あたしも3人の事、大好きだよ…。」
あたしは既に帰らぬ人となった彼らの遺体の前で嗚咽を漏らしながら今まで言えなかった気持ちを伝えた。
なんで生きているうちからもっといっぱい話さなかったのだろう?
なんでもっと素直にならなかったのだろう?今更こんな事を思っても、もう遅いのだ。
そして霊安室を出た時、医師からお母さんが危篤だと聞かされ、あたしは慌ててお母さんの居る病室に戻ってくると奇跡的にお母さんは意識を取り戻していた。
「お母さん!!お母さん、あたしだよ?友里亜だよ?分かる?」
幼なじみを失った悲しみすら忘れてあたしはお母さんに駆け寄っていた。
「友里亜…。」
お母さんは弱々しい声であたしの名前を呼ぶ。
「お母さん!!」
「友里亜、これを…これは…あなたの…願いを一つだけ…叶えてくれ…るもの…あなたが…本当に…必要な…時に…使いなさい…。」
お母さんが赤くて美しい石を手に取りそっとあたしに渡してくる。
一つだけ叶えたい願い…それは…
「じゃあこれ、お母さんに使う!!」
あたしがそう言うとお母さんは静かに首を横に振りながら静かに言った。
「わたしには…使わないで…ちょうだい…。」
「え!?でも!!このままじゃお母さんが!!」
あたしが泣きながら言うとお母さんは静かな声で
「友里亜…よく聞きなさい…わたしは…もう…ダメだから…あなたはこれから…色んな人と…出会う…だから…これから出会う…本当に…大事な人に…使ってあげなさい…。」
「お母さん…。」
お母さんは手を伸ばしてきてあたしの頬に触れる。
お母さんの手は…柔らかく…そして…暖かかった。
その優しい温もりがあたしの涙腺を揺さぶり、あたしの目から再び涙が溢れてくる。
「友里亜…生まれて…来てくれて…ありがとう…。」
「あたしもお母さんの子供に生まれて幸せだったよ…?」
あたしのその一言にお母さんは微かに笑う。その笑顔はまるで向日葵のようにとても輝しくて、とても美しかった。
「友里亜…愛してる…。」
その一言を最期にお母さんは静かに目を閉じる、心電図のパネルが煩いくらいに白い病室に鳴り響いた。その死に顔はとても穏やかで白百合のように綺麗である。
「お母さん…っ。」
あたしはお母さんの手をずっと握りながら泣いていた。お母さんの手から温もりが失われてゆくのがあたしの手のひらを通して残酷なほどに感じられる。
それから暫く経ってお父さんが駆けつけて来た。
きっと妻が危篤だと聞かされて慌てて駆けつけて来たのだろう。
「お母さんは…!?」
心配そうに聞いてくるお父さんになんて言ったら良いのかわからずにあたしはわざと静かな声でお父さんに伝える。
「お母さんなら…今さっき…死んだよ…。」
あたしの言葉を聞いたお父さんは膝から崩れ落ちる。
「鞘…鞘…。」
お母さんの名前を何度も呼びながらお父さんはさめざめと泣いた。
あたしは楓太を、早苗を、友恵を、お母さんを大切な人を亡くした。
誰一人守ることが出来ずにいつも守られてばかりで…。
あたし、お母さんに、楓太に、友恵に、早苗に何もしてあげられなかった…。
だから明日美ちゃんにはあたしのような思いを味わって欲しくはない。
時代の壁があろうが大切な人は大切な人だ、それはきっとみんな同じだから…。
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