覚めない悪夢 其ノ壱

 新たな拠点へと向かう最中。

「案外余裕だったな。」

 ふと裕太はそんな事を零す。その隣で義経がポツリと零す。

「かなり余裕だったな。」

 嘘でしょ!?わたしなんか美晴ちゃんと二人でやっと一体倒せるレベルなのに…


「あれが余裕だと感じるのはこの世界であなた達だけですよ…。」

 美晴ちゃんがわたしだけにしか聞こえないくらいの小さな声で囁いた。


 うーん、ずっと思っていたのだけれど男子達の戦闘能力が異常というか、なんというか…。

 薙刀の大会で何度も入賞した事のある奈央や里沙ですら二人がかりじゃないと倒せないようななりたてホヤホヤのヤツらを裕太や義経達は一人で何体も倒している辺り凄すぎる。


 裕太は剣道の大会で一翔は剣道、弓道の大会で毎回優勝するような強さだし。

 義経は空中に投げた柳の枝を地面に落ちるまでに八等分するくらいの腕前。

 義盛や忠信はあちらの時代ではそこまで強いって訳ではないらしいけれど現代人と比べたらかなり強い。

 弁慶は持ち前の怪力で普通の人なら持てないような大きな薙刀を余裕で扱う。

 季長だってあちらの時代では平均くらいみたいだけれど剣術や弓の腕前は裕太、一翔ですら敵わないくらい。


 元々強いなあとは思ってはいたものの、実力がこれ程だったとは思ってもみなかった。


 ふと何かが落下したかのような音が鼓膜に届く。

 ドン…グシャ…グチャリ…。

 大きな物体が落下したような轟音。骨が砕けるような音。肉が潰れるような音をたてるそれは若い女性の死体であった。


 おそらくビルの中にヤツらが侵入したのだろう。ヤツらから逃れたいが為にビルの高い所から飛び降りたらしい。

 だが、数十メートルから飛び降りて命が助かる筈がないのだ。

 人は追い詰められると正常な判断が出来なくなってしまう。実際火事の際、火から逃れようとマンションの5階や6階の高さから飛び降りた人なんて数知れず。


 きっとこの若い女性もかなりの高さから飛び降りたに違いない。

 顔は左半分が潰れ、頭から赤黒い血液と共に脳汁が滲み出ている。


 若い女性の飛び降り死体を間近で見てしまった美晴ちゃんは真っ青な顔で震えていた。


 普段は大人びて、落ち着き払っている奈央や里沙でも両手で口を覆っており気分が悪そうだ。

 それにいつも冷静な裕太と一翔すら顔色を悪くしているし、戦いの際などで死体を見慣れている義経や継信、忠信、義盛、弁慶、季長でさえも表情を変える程である。


 わたしなんてもうその場でヘナヘナと崩れ落ちてしまいそうなくらいに気分が悪かった。


 すると死んでいる筈の女性が残った右の目でギロリとわたしを見つめてくる。


 そしてそのまま立ち上がりこちらにやってくる。

 顔の左半分は潰れており赤黒い肉の塊のようになっていて、手足は所々変な方向に曲がっておりとても生きている人間ではない。


 まさかこの女性がゾンビだっただなんて…。

 肌の質感的に腐敗の兆候は一切見られないから恐らくゾンビになってほんの数分しか経っていないらしい。 

 顔半分が滅茶苦茶になっても動くということは脳が破壊されていないということになる。


 顔が半分潰れたヤツはわたしを喰らおうと襲いかかってくる。咄嗟に逃げようとするが恐怖で身体が強張って逃げるに逃げられない。


 恐怖が頂点に達し悲鳴を上げそうになった時、忠信がヤツの頸を素早く切り落とし事なきを得た。


「ありがとう…。」

 わたしが彼にお礼を言うと彼はほんのり頬を紅くしながら小さな声で言う。

「別に礼には及ばん。」

 忠信は裕太タイプかなぁ…。


 それからしばらく経ちわたしと美晴ちゃんが落ち着きを取り戻し再び歩き出したその時だった。

 近くで横転した車が赤い炎に包まれて燃え盛っていた。

 車から20メートル程離れたところでも何かが燃えているみたいだ。

 それは真っ赤な炎に包まれながら動き回っていた。

 まさか人…?燃え盛る車から出てきて…?

 助けてあげたかったけれど水も何もない上にこの状況下なので消防は多忙過ぎて助けを求められない。


 するとその何かはわたし達の方にやってきて声にならない叫び声を上げた。その苦しそうな声が鼓膜を揺さぶる。

 ひょっとして助けを求めているのだろうか?その証拠にその人は弱々しくこちらに腕を伸ばしてくる。


 その人がわたし達に助けを求めた瞬間。ゴォッと赤い炎が更に激しく燃え上がり人が生きたまま焼かれる何とも言えないような悪臭が嗅覚を突く。

 恐ろしいくらいの高温を放つ炎に包まれているその人は皮膚や肉、眼球がドロドロに溶け出し、鼻や唇が溶け落ち、骨が剥き出しになり所々変色して黒くなった歯が丸見えになっている。

 とてもじゃないけれど先程の出来事なんかとは比じゃないくらいの惨さだ。


 状態からして、その人は既に絶命している筈なのに激しい高温のためか、未だに身体が動いている。

 それに、赤黒く焼けた肌を突き破って体液や血液がまるで噴水みたいに吹き出していた。


 何処かで聞いたことがあるのだが、人は焼かれると筋肉が収縮するため、例え死んでいてもまるで生きているかのように動く。

 おまけに人間の身体は半分以上が水分だから焼かれることによって身体中の水分が吹き出るというのだ。

 段々と火の勢いは弱くなり、あとに残ったのはひどい悪臭と炭化した死体のみだった

 。

 美晴ちゃんと明日美ちゃんはあまりの恐怖、あまりの惨さで最早叫び声すら上げられない程である。

 奈央ちゃんと里沙ちゃんは両手で顔を覆って座り込んでいるし、裕太君、一翔君は真っ青な顔でその場に立ち尽くしている。

 義経君と継信さん、忠信君、義盛さん、弁慶さん、季長君でさえもその想像を絶する程の惨さに言葉を失う程だった。


(まるで…あの時みたい…)

 その光景を最初から最後まで見ていたあたしは2年前の記憶がイヤというほどに鮮明に蘇ってしまった。

 ずっと忘れようとしていた記憶が。人々の悲鳴が、人の焼ける臭いが、ゾンビのうめき声が、大切な人を失った悲しみが。

 まるであの時にタイムスリップしているかのように思い出される。


 2年前の悲しい記憶が…。



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