サキのこと

「出て行っちゃった…。」

 美晴ちゃんがポツリと零す。サキが出ていった、止める間もなく。

 いや、止めても傲慢で感謝という言葉を知らない彼女だ。どうせ無駄だろう。なんせ自分の命を助けてくれた裕太に、家に入れてくれた一翔、義経、季長、裕太に対してあんな酷い陰口を叩くような、何もしていない美晴ちゃんの悪口を言うような性格だもの。今後彼女を助けてやってもわたし達はイヤな思いをするだけだからサキが死のうが生きようが正直どうでも良い気さえしてくる。

 こんなヤツ助けたって無駄だから。


 それよりもまた裕太達がわたしの事を庇ってくれた。

 普段はツンっと澄ましていてもクールでも完全に冷めている訳ではないから。


「また庇ってくれた…。」

 わたしが思わずそう零すとまだ不機嫌そうにしている裕太が答えた。

「別に庇った訳ではねえよ。」

 これを庇うと言わないで何と言うのだろうか?

「でも明日美ちゃんのお陰で、山崎君達のお陰でスッキリしたよ。」

 何処か晴れやかな表情の美晴ちゃんがそう言った。


 わたしはサキと同じクラスだった時の事を思い出していた。


 中学2年生に進級したこの日、学校の玄関で新しいクラスが書かれたクラス表を眺めて自分の名前を必死に探す。


 2年5組本山明日美…あった、今年も5組かぁ…。

 まあ里沙に奈央、裕太に美晴ちゃんも一緒だからラッキーだなって。問題は丸井サキか…。

 彼女についてはあまり良い噂を聞かない。まあ所詮噂だからと甘く見ていたのだが、そのサキという女子は噂にも勝るくらいの酷さだった。

 いつも取り巻きの加奈子、美香、正美と一緒になって嫌いな芸能人や嫌いなクラスメートの悪口を好き勝手言っている。

 また面倒臭い事に裕太がサキ達に目をつけられてしまった。

 裕太は顔だって色白で整っていて芸能人すら色褪せて見えるくらいだから一緒になれて嬉しがる女子も大勢いたくらい。


 だからいつも裕太と一緒にいるわたしや奈央、里沙はサキやその取り巻き達の悪口の対象にされて困っていた。

 まだ悪口だけで済んでいるから大丈夫だろうと思っていた。

「明日美ってなんでいっつも裕太と居るのかしらね〜それにあの女、純和風のお兄さんと一緒に居るのを見かけるし、アイツってアバズレなんじゃないの?」

「それにさ〜里沙って清楚系美人だとかなんとか言われているけれど大したことないよね〜」

「奈央ってさ〜いっつも堂々としててムカつくよね〜本当アンタ何様って感じ。」

 と毎日のようにわたし達3人の悪口を言いまくる、その取り巻き達は大口を開けてゲラゲラ笑いながら手を叩いてサキの悪口を面白そうに聞いていたり、一緒になって悪口を言ったりしている。


 ある日、サキが裕太に甘ったるい笑顔で気味の悪いくらいの猫なで声でスマホを片手に持ちながら

「ねえ〜裕太君、アタシにライン教えてよー」

 と馴れ馴れしく体をスリスリしながら彼に強請っていた。

「悪いけど俺、お前みたいな悪口ばかり言う女嫌いだから。それにこれから一切明日美と里沙、奈央の悪口を言うな。分かったら俺の前から消えてくれ。」

 裕太はすり寄ってくるサキにそう吐き捨てるとわたし達の方へ向かう。

 その時誰も気づかなかった。サキが明日美や裕太を見つめる目が激しい怒りや憎しみがこもっていたことに。


 その日からサキやその取り巻きによる攻撃は始まった。

 ある日サキが裕太に向かってわざとシャーペンを投げ、それが裕太の白い頬を霞めて傷を作る。

「痛っ」

 反射的に頬を手で押さえつける裕太に向かってサキとその取り巻き達が吠える。

「あんたね、顔が良いからって調子乗るんじゃないわよ!。」

 サキが裕太に向かって誹りを投げつける。

「「「そうよ、そうよ調子乗るんじゃないわよ!!」」」

 取り巻きである正美、美香、加奈子も加勢する始末。

「ちょっと、裕太は何もしてないじゃない!」

 わたしがすかさず助けに入るとサキはわたしを思いっきり突き飛ばす。わたしは派手に机や椅子に体を打ち付けて暫く動けない。それを見た奈央と里沙はすかさずわたしを抱き起こすと両脇を支えながら保健室に連れて行ってくれる。

「ごめんね、二人とも。」

 そう言うと奈央と里沙は首を横に振って「大丈夫よ」と言った。


 その頃教室では

「おい、今明日美に何した?」

 裕太が地を這うような低い声でサキ達に凄んだ。

「何したって、突き飛ばしただけでしょ?それとも何かしら?」

 サキがアタシは何も悪くないわとでも言うような感じで全く悪怯れていない。

「お前ら、今度明日美に何かしたら許さないからな。」

 裕太は鋭い殺気を放ちながらサキ達に凄むと流石に怖くなったのかサキ達はヒソヒソ言いながら何処かへ行ってしまった。


「明日美ちゃん大丈夫?」

 里沙がわたしの背中を優しく撫でる。

「うん、大丈夫。」

 まだ身体は痛むけれど随分と痛みは和らいでいた。

「後で里沙とわたしがクッキー持ってくるから。」

「ありがとう。」


 それから数日経ってわたしがちょうどタイムワープして来た義経と河川敷の桜を見ていたとき。

「少しばかり葉の混じった桜も美しいな。」

「うん、そうだね。よっちゃんが平泉にいた頃はまだ桜は咲いてなかったよね?」

 わたしと彼とで楽しく花見をしているところにサキがやって来てわたしを突き飛ばすなり彼に

「源さん、アタシと文通しない?」

 と猫なで声で強請る、一体どこで彼の名前を知ったのだろうか?それに義経は色白で目鼻立ちの整った中性的な美男子なのでサキが好意を抱くのも無理はないかも知れない。

 しかしそんな彼女に対して彼は鋭い表情で

「今明日美殿に何をした?」

 とサキに迫るがサキは悪怯れるどころか彼の腕を掴んで

「わたしと文通しましょうよ?」

 とすり寄ってくる。

 義経は彼女の腕を振り払うとサキに

「貴様のような粗暴な女子は嫌いだ、今後一切近づくでない。」

 と言い放つと突き飛ばされて倒れているわたしに近づいて手を差し伸べる。

 幸運な事に草や土がクッションになって大して痛くはなかった。

 わたしは彼の手を掴む。

「大丈夫か?」

「うん、大丈夫。ありがとうよっちゃん。」

 しかしサキは懲りることなく今度は一翔と季長に近づいて

「ねえ一翔さん、アタシとラインしない?それに竹崎さんもアタシと文通しましょうよ」

 一翔は裕太に似て綺麗な顔をしているし季長だって整った顔立ちでそこら辺に居る少しばかりカッコいい男子じゃ相手にならない程。


 しかし、裕太や奈央、里沙からサキの事を聞かされているので彼女と仲良くしようとは思わないし、二人共サキの事は軽蔑しきっていた。

「悪いけど僕は君とは仲良くするつもりなんて無いから。」

 一翔はサキを冷たくあしらう、今度は季長にベタベタすり寄っていき

「ねえアタシと文通しましょうよ?」

 と猫なで声で縋ってくるがそんなサキに対して季長は拒絶反応を示す。

「誰がお主のような性根の汚れたような女子などと…。」

 裕太、一翔、義経、季長に尽く拒絶されたサキはいつしか彼らを憎むようになっていた。


「裕太ってさ〜本当調子に乗っててムカつくよね〜。」

 サキがクラス中に聞こえる程の大声をあげる。

「分かる〜顔が良いからって調子こいててきしょいよね〜」

 加奈子がニヤリと笑いながら心無い言葉を口にする。

「「マジでそれな!」」

 正美と美香が二人の言葉に同調した。


「一翔って優等生ぶってそうで気持ち悪いよね〜」

 サキが懲りることなくまた悪口を言う!

「分かる〜しかも無表情でイライラするし。」

 加奈子が意地悪そうに顔を歪めながら口にする。

「確かに、勉強出来る自分カッコいいって思ってそう。」

 正美が声を潜める。

「分かる〜。頭がいいからって調子に乗ってるよね〜。」

 美香が足をぶらぶらさせながら言った。


「義経の親父ってさ〜風呂場で殺されたんでしょ?マジでダサくなーい?」

 サキは懲りることもなく悪口を言い続けた

 。

「マジで?風呂場で殺されたとかマジでウケるんですけどー」

 加奈子も懲りることなくサキに同調し続ける。

「ダサすぎてヤバーい」

 正美が大声を上げながら手を叩く。

「ダサすぎて笑っちゃう!」

 美香が鼓膜を揺さぶるほどの大声を上げて笑う。


「季長ってさ〜領地争いで負けて貧乏生活なんだって〜貧乏人の癖に偉そうでムカつくよね〜」

 やはりサキは懲りることなく悪口を続ける。

「分かる〜貧乏人の癖に無理してて痛々しいよね〜」

 適当な悪口を口にする加奈子に対して、あんたに季長の何が分かるの?と思ってしまう。

「てかさ〜領地争いで負けるとか雑魚すぎでしょ!!」

 正美…あんたは人の事情もしらないで容易くそんな事言って…。

「何これマジでウケる〜」

 美香は相変わらず大声を上げて笑っていた。


「あの4人って顔は良いけど性格マジクソじゃね?」

 サキ…あんたに4人の何が分かるの?なんでそんな酷い事が平気で言えるの?

「分かる〜俺って良い男だと思ってそうだよね〜。」

 加奈子は相変わらず加奈子のままである。

「しかも何考えてんだか分かんないしさ〜」

 正美が意地悪そうに笑いながら心無い言葉を平然と口にする。

「分かる〜。」

 美香は相変わらず同調するのみだ。


 あの日以来サキとその取り巻き達は4人の聞くだけで腸が煮えくり返るような酷い悪口を飽きることもなく言い続ける。

 一回わたしと里沙と奈央で止めようとしたけれど裕太に止められた。

「好きなだけ言わせておけば良いだろ?あんなの悪口を言ったら言った分だけアイツらの価値が落ちるだけだから。」

 まあ最もだなと思った、それから彼は

「まああいつらに価値なんて元から無いのに等しいけどな。」

 と付け加える。


 裕太達の悪口だけでは足りなくなったサキ達は美晴ちゃんの悪口まで好き放題言いまくるようなった。

「美晴ってさーブスの癖によく生きていられるよね〜」

「分かる〜しかもチビだし、可哀相だよね〜」

「しかもぶりっ子で気持ち悪いし。」

「おまけにいちいち空気読めないしあんな奴生きてるだけで公害でしょ。」

 悪口をわざと聞こえるように言われ、彼女は頬を引き釣らせる。


 そもそも美晴ちゃんはブサイクなんかじゃない、それどころかそこら辺の子よりもかわいい。

 寧ろサキ、正美、加奈子、美香の方が圧倒的に容姿が劣っている。


 その後、サキ達がクラス中に美晴ちゃんのことを無視するように仕向けたらしく、彼女はいつも一人だった。

「美晴に関わった奴はタダじゃおかないから。」

 サキが冷ややかな表情で言う。クラスメート達はその迫力に怖気付いて、彼女の言う通りにするしかなかった。

 クラス中から無視されて、いつも寂しそうにしている美晴ちゃん。

 放課後、わたしと奈央、里沙がこっそり彼女に話しかけてはいるものの、本当にこれで良いのだろうか?

 直接サキ達に「やめよう」と言わなくてもいいのだろうか?

 その後、美晴ちゃんの様子を見兼ねた裕太が

「もうやめろよ!!佐竹がお前らに何かしたか?

 何もしてねーだろ?お前らって本当性格終わってるよな。」

 そう言われてもなお、サキ達は「アタシら悪くないし」と言って反省することはなかった。


 サキ達がこの騒ぎの中で死んだとしても因果応報なのだろうか?








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