イヤな女

 バン…バンバンバンバン…グチャリ…。

 ふとリビングの窓が激しく叩かれ、異変を感じたわたし達はリビングへと急いで向かった。

 閉じられたカーテンの向こう側でバンバンと窓を叩くのは誰であろうか?

 時々グチャリと気味の悪い音が聞こえてくるのは何故だろうか?


 意を決して裕太がカーテンをあける。するとそこにいたのは太った中年男性のゾンビであった。

 腐敗して土気色に変色した肌に腹が割けて中から茶色とも赤とも黒ともつかないような体液が溢れ出てそれが窓を汚している。

 おまけに割けた腹からは腐った腸が溢れ出ており、思わず目をそむけたくなるような有様である。


 確か誰かから聞いたことのある話なのだが、人は死んで腐敗すると体がガスで膨張して腹が割け、体液が溢れ出るのだとか。

 夏場ならば僅か数日で、冬場ならば数週間で原型を留めないくらいに腐敗する。


 先程からグチャリと不気味な音がするのは腐った肉に体液が窓ガラスに触れたためにそんな音がしていたのだった。


 その背後ではかなり腐敗が進み、肉が腐り果て一部が白骨化して性別が分からないゾンビがいた。頭に残された長い髪とボロボロに擦れたロングスカートのお陰で辛うじで女性であると分かったくらい。


「いやああああああああ!!」

 美晴ちゃんは大声をあげてその場にヘナヘナと座り込んでしまった。

 わたしはそんな美晴ちゃんを優しく抱きしめる。

 すると家の門の外でヤツに襲われているわたしと同い年くらいの少女が目に入った。


「ちょっと俺たち外に出るからお前は佐竹の介抱を頼む。」

 裕太はそう言い残して、4人共外に行ってしまった。わたしはヤツが入ってこないように鍵を閉める。


 外に出るとゾンビが庭に6体侵入していた。裕太は庭に侵入したヤツの処理を一翔、義経、季長に任せて襲われている少女を助けに行く。

 少女に襲いかかっているのはまだ死んでそれ程時間が経っておらず腐敗もそれ程していないのでパッと見生きている人と間違えてしまう。

「お前の相手はその子じゃない。」

 裕太は一言言うとヤツの横腹を蹴り上げる。ヤツはすぐさま標的を少女から裕太に替えて顎が外れそうなくらいに大口を開けて襲いかかった。

(うまくいった)

 裕太は日本刀を抜くとヤツの頸元に斬撃を加える。ヤツの頸は胴体から切り離されグシャリと鈍い音を立てて地面に転がり落ちた。

「大丈夫か?」

 一言少女に声を掛けると少女はこちらに顔を向ける。なんだか見たことのある顔だなと思った。裕太は見知ったその顔に嫌悪感を抱く。


 少女の名前は丸井サキ。隣のクラスの女子だ。

 去年サキと同じクラスになった事があるのだが、彼女はクラスの女王様的な存在で自分の命令は絶対。気に入らない者は平気でいじめたりするような性格でわたしもこの女には散々酷い目に遭わされてきたから裕太自身サキのことは大嫌いである。

 正直サキだと分かっていれば助けなかったかも知れない。いや、いくらイヤな奴でも見殺しになんか出来やしないだろう。

「ねえあんた、ここあんたの家でしょ?暫く入れてくれないかしら?」

 サキは助けてくれた裕太に「ありがとう」の一言すら言わないでいつもの傲慢な態度で彼に詰め寄る。

「近くの避難所にでも行けば?裏の道ならヤツも居ないし安全だぞ?」

 裕太が冷たく返すとサキは高圧的な口調で彼に凄む。

「あんた、このアタシを見捨てる気なのかしら?入れてと言ったら黙って入れなさいよ!!」

 これ以上此処で揉められても困るので渋々家に入れることにした。

 4人が戻ってきて安心していると頭上から忌々しい声が聞こえてきた。

「あーら、久しぶり、明日美に美晴。」

 この刺々しい口調、間違いなくサキだ。

 彼女は学校でも女王様的な存在でいつも取り巻きと一緒に気に入らない生徒や芸能人の悪口を大声で言いまくっている。

 4人は使った武器の手入れをしに和室に行ってしまったから実質わたしと美晴ちゃんとサキはリビングに3人っきり。

 ふとサキが不気味な笑を浮かべてからとんでもないことを言い出した。

「裕太ってさー顔は完璧だけど性格クソだよね〜」

「お兄ちゃんの一翔とか、義経とか季長っていっつも無表情で何考えてんのか分かんないよね〜クールな俺様カッコいいとでも思ってんのかしら?」

「裕太と一翔って両親死んでるんだって〜だからあんなに捻くれてるんじゃない?」

「義経のお母さんって敵方の愛人になったんでしょ?それってさ〜つまり捨てられたって事だよね〜実の母親に捨てられるなんて可哀想だよね〜。」

「季長ってさ〜落ちぶれて貧乏生活送っているんでしょう?

 貧乏人が必死になっちゃってマジウケる〜」

「なんであんた達、義経とか季長なんかと仲良くしてる訳?

 あんなのの近くに居たらいつか斬り殺されるんじゃないの?」

「あの4人ってさ〜顔は良いけど性格悪そうだよね〜

 まあ過去が過去だから性格も悪くなって当然か。」

「奈央ってさ〜サバサバしたわたしカッコいいって思ってそうでムカつくのよね〜」

「里沙ってさ〜清楚系ですって感じ出してるけれど案外アバズレだったりして〜」

 黙っていれば好き勝手わたしの大事な人の悪口を言いまくる。しかも和室は2階。リビングは一階。離れているから、4人には聞こえないのをいい事に悪口を言いまくっている。

 本当はサキを殴りつけたいけれど此処は裕太、一翔の家だから迷惑は掛けられない。わたしは気を抜けば爆発しそうな怒りの感情を無理矢理押さえつけた。


 目の前では美晴ちゃんが瞳に涙を溜めて俯いている。


 サキはそんな美晴の態度が気に入らなかったのだろう。悪口の矛先は美晴に向けられる。

「どうして美晴が此処に居るのかしらね〜あんたどうせお得意のぶりっ子でも使って明日美達に気に入られようとしたんでしょ?本当あんたって意地汚いわよね。」


 サキに詰め寄られた美晴はついに泣き出してしまった。

 ついにわたしの中で何かがプツリと切れた気がした。

 明日美はサキに無言で近づくと右手を大きく振り上げた。


 バチン…。

 大きな音がリビングに木霊して、左頬を赤く腫らしたサキが床に力なく横たわっている。

 かなり強い力で打たれたのかサキは唇の端が切れていた。

 それでも気が済まない明日美はサキの胸倉を乱暴に掴む。

「あんた、裕太達に助けて貰っておいて、家に入れてもらっておいてお礼を言わないで悪口を言う訳!?ふざけるのもいい加減にして!!」

 胸倉を掴みながらサキに怒声を上げる、サキはそんな明日美を鋭い目線で睨む。

「あんた、アタシに逆らう訳?アタシはね、いつでもアンタの悪口を言い振らせられるわよ?」

 そんな風に脅し文句を言うサキに構わず明日美は彼女の胸倉を掴んだまま中学三年生の少女とは思えないような地を這う声で言った。

「別にわたしが悪口を言われるのは構わない、ただ、わたしの大事な人を悪く言うのは絶対に許さないから。」


 この騒ぎは裕太達のいる和室にも聞こえたらしく彼らは慌てて階段を駆け下りる。


 目の前に飛び込んできたのは左頬を痛々しく腫らしたサキにその前に立ちはだかる明日美。


 間違いなく明日美がサキをひっぱたいたみたいだ。


「何の騒ぎだ。」

 裕太が明日美に問い詰めるが彼女は答えようとはしない。とてもじゃないけれど裕太達や美晴、奈央に里沙の悪口で怒っただなんて言えっこない。特に4人に対する悪口なんて彼らには言えない。傷つけたくないから。


「普段怒らない明日美ちゃんが怒るなんて君、余程の事をやらかしてくれたみたいだね。」

 一翔がサキに言った。冷静な口調なのに激しい怒りが込められているように感じで怒鳴られるよりも数段怖い。

「で、何をやったのだ?」

 義経がサキに詰め寄る。

「即刻白状致せ。」

 季長が冷淡な口調で彼女で問い詰める、冷静な感じが怖い。

 だけれどサキはそんな4人を鋭い目線で睨みつけていた。

「なんでアタシが責め立てられなきゃいけない訳?

 アタシ、何もしてないし!!

 そもそもあんた達4人ってなんで明日美みたいなつまらない女の味方ばかりするのかしら?本当意味わかんない!!」



「その悪い頭で少しは考えて見ろよ、まあお前の空っぽな脳みそじゃ考える事すら出来ないか。」

 そんな態度のサキに裕太が一言お見舞いする。

 サキは怒りで体をわなわなと震わせている。

 しかし、その姿は以前と比べると随分弱々しく見えた。

「大体、アタシは事実を言っただけだし、悪口と事実は違うし!!

 それにアタシにそんな事言ってアンタ達ただじゃおかないから!!」

 何をいうかと言えばまたあの時の脅し文句。

 どうやらこの女、懲りていないみたいだ。

「居るんだよね、自分が悪いくせに怒り狂う正真正銘の馬鹿って。」

 負け犬の遠吠え状態のサキに一翔が追い打ちをかける。

「うるさいわよ!!裕太も一翔も両親が死んだ可哀相な孤児の癖して偉そうに!!

 その点、アタシは両親に可愛がられているし、誰よりも美しいし!!」

 そんな最低な事を言われても二人は顔色を変えない。

 それにサキは自意識過剰らしい。


「大した事のない小物の分際でよくそこまで自信が持てたものだな。勘違いも甚だしい。」

 そんなサキの戯言を義経がバッサリ切り捨てる。

「大体、なんでアタシがこんなに言われなきゃいけない訳?

 マジで意味わかんない!!アタシは何も悪くないのに!!」


「逆に何故そのような考えになるのか教えて頂きたい。

 まあ、そのような貧相な頭の持ち主に教えを乞うても無駄か。」

 季長がサキにトドメを刺すような形で言い放つ。

 誰の目にも4人が勝って見えた。

 サキは悔しかったのか真っ赤な顔をして家を飛び出した。


 いくら元いじめグループのリーダーだからと言っても一人だし、武器ももっていないから所詮ただの弱虫。

 此処から飛び出した先に待っているのは

 ー死のみー









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