久しぶりの一服

「ねえ、これからどうするの?」

 わたしがさっきから口を聞いてくれない4人に尋ねるとやっと裕太が口を開いた。

「とりあえず俺の家に帰るか?風呂に入りてえし。」

「えっ?あんたおばあちゃんいないんじゃないの?」

「ばあちゃんは避難所にいるから大丈夫、それに俺、ずっと鍵持ってたし。」

 そんな事を言いながら裕太は制服のポケットから鍵を取り出すと自身の白い指先で鍵をクルクルと回す。

「山崎君の家に行くの初めてだね、どんな感じかな?」

 美晴ちゃんがオドオドしながらわたしに聞いてくる。

「どんな感じって普通のお家だよ、ただお風呂が広いかな。」

 確か裕太の家のお風呂は広くて綺麗だった、保育園の頃遊んで泥だらけになっちゃって貸してもらったんだっけ。おまけに快適だし。


 暫く歩いていると白い漆喰塗りの壁、アイボリー色の屋根の2階建ての家が見えてきた。間違いなく裕太、一翔の家である。

 裕太が家のドアに鍵を差し込み家に入る。いつもと変わらない消臭剤のシトラス系の香りが嗅覚を擽る。


「お邪魔します…。」

 隣で美晴ちゃんが小声で誰もいない家に向かって挨拶をした。


 わたし達は靴を玄関に揃えて家に上がり明かりを着けた。


「じゃあ俺、風呂の準備してくるわ」

 裕太がそう言い残し風呂の準備をしに行った。


 わたし達は和室で彼を待つ、隣で義経と季長は刀の手入れを、一翔は弓と刀の手入れをしている。

 目釘抜きで目釘を抜いて茎を出すと打ち粉でポンポンとし始めた、しかも義経と季長なんか口に和紙を咥えながらやっている。

「何咥えているんですか?」

「…」「…」

 完全に集中しているようで美晴の問には一切答えない。

 打ち粉が終わると刀身に丁子油を薄く引いた。

 どうやらこれで手入れは終わりらしく刀を柄に戻して鞘に仕舞う。


「お手入れってそういうふうにやるのですね。」

 美晴の問に義経が答えた。

「知らなかったのか?」

「始めて見たので…。」

 美晴が凝縮しながら答える。

「そうか…。」

 相変わらず素っ気なかったけれどいつものような刺々しい感じでは無かった。


「おーい風呂沸いたぞ〜明日美か佐竹、どっちか入ってこいよ。」

 お風呂掃除もお湯を入れるのも終わったらしく手足を捲くった裕太が和室に戻る。

「ねえ服はどうしたらいいの?」

 わたしの問い掛けに裕太は

「そんなの俺のパーカーでも貸してやるよ」

 まあ裕太は身長170センチ、対するわたしは162センチけれど裕太は細いから多分わたしでも入るだろう。

 そういえば美晴ちゃんの服はどうするのだろう?

「あっ、佐竹は俺の小さい頃に着ていた服を使えばいいから。」

 そう言って裕太は和室に入っていった。




「ねえ、明日美ちゃん、怖いから一緒に入ろう…。」

 美晴ちゃんがわたしの腕を抱きながらねだってくる、その粒らな可愛らしい瞳に負け了承した。


 脱衣場で服を脱いで風呂場の扉を開けて入る。

「うわ、広ーい!!」

 美晴ちゃんが驚きの声をあげる、それもそのはず、お風呂場は綺麗なタイルが敷き詰められており広々と快適、バスタブも3人は余裕で入りそうだ。

 体をある程度流して湯船に浸かる。

 いい湯加減だなそれにしても裕太、湯の温度調節上手すぎるでしょ?


「山崎君たちってそんなにイヤな人じゃあないんだね。」

 美晴ちゃんが湯船に浸かりながら言う、最初はわたしに対して煩い黙れとか、下品な女子は嫌いとか散々言ってきたから顔は良くても性格は悪い、イヤなヤツだって思ってたと。

「一体4人をなんだと思ってたのよ、あの4人あれでも根は優しいよ?」

 そう答えたわたしに美晴ちゃんはクスリと笑いながら

「幼なじみの明日美ちゃんが言うならそうなんだね。」

 と言った。

 突然不意に美晴ちゃんが真面目な顔になり

「わたしさお母さんが、お父さんが遥が死んじゃって悲しくて死のうとまでしたけれど気づいたんだ、前を向くことが大事だって。」

「そうだね。」

 わたしはそう答えることしか出来なかった。

 慰めたいとは思ったけれども下手な言葉を掛けると彼女を傷つきかねない。

「わたしね、両親から言われたんだ、いつでも笑っていなさい、そうすればいつか幸せになれるからって。

 遥にもお姉ちゃんの笑顔が好きだって言われたから、だからずっと笑っていようと思うんだ。」

「素敵な家族だったんだね、でも本当に辛い時は泣いても良いよ。」

 わたしの言葉に美晴ちゃんが笑顔で頷いた。

「アイツらが待ちぼうけしているから早く出よう。」

 そう言ってお風呂を出て着替える、裕太が貸してくれたパーカーはほんの少しブカいけれどちゃんと入った、美晴ちゃんはというと裕太が小学校五年生の頃に着ていたパーカーを着ていた。


 お風呂から出て和室に戻ると裕太達4人が立ち上がって風呂場に行こうとする。


「ちょっとまさか4人で入る気?絶対に狭いでしょ?」

 わたしが驚きの声を上げると裕太が

「だって義経さんと季長さんが困るだろ、それに4人ならギリいける。」

 と相変わらずぶっきらぼうな口調で答える。

「あんた達って細いからギリどころか割と余裕なんじゃないの?」

 わたしがそう言ってやると彼らは少しむくれながらわたしに言い返す。

「うるせえ」

 裕太がぶっきらぼうに答える。

「気にしてるから言うな」

 義経は女子らしいと言われて気にしているみたいだから今のは酷かったかな?

「言葉には気をつけろ」

 機嫌の宜しくない季長。

「それは言わないで」

 一翔が落ち込み気味な口調で言う。


 あーあ、ご機嫌損ねちゃった…。


 ちょっと言い過ぎちゃったから布団の準備でもしてあげようかな。


 そう思ってわたしは押入れの中から人数分の布団を出して敷いてあげた。


 暫くして4人が戻ってきたらしく和室の障子を開けて入って来る、その姿に二人思わず目を見張った。

 裕太はジャージ姿だがモデル並みにスタイルがいい為様になっているし、一翔はメガネを外しておりその綺麗な顔が露わになっている、二人共サラサラの黒髪だ。


 義経と季長は白い小袖姿で普段は烏帽子に収められている背中まで伸びた癖のない黒髪を垂らしておりとても男性とは思えない美しさである。

 隣では美晴ちゃんが顔を真っ赤にさせているし異性には全く興味のないわたしでもときめいちゃいそうなくらい。

「なんだよ、ジロジロ見て気持ちわりい。」

 不機嫌そうに言う裕太に向かってつい思わず

「いや、綺麗だなあって思って。」

 そう口にすると4人は複雑な表情をして

 裕太「お前何言ってんの?」

 一翔、義経、季長「そうか?」

 と言っただけ。

 4人は布団の上に座ると裕太と一翔は髪の毛をブラシで、義経と季長はつげの櫛で髪の毛を梳かしている、色っぽいなって思った。

 髪の毛を梳かし終えたのか4人は布団に入る。

「それじゃあ俺たち先寝るぞ。」

 そう言うと裕太が明かりを消した。

 数分くらいが経過して、

「裕太、かず兄、よっちゃん、すえ君、起きてるー?」

 わたしが彼らに呼びかけるが反応はなく聞こえてくるのは規則的な寝息だけ。


 すっかり寝てる、きっと疲れていたのだな…。

 わたしと美晴ちゃんは気になって4人の寝顔を覗いてみた。

 普段はツンツンしててもクールでもやっぱり寝顔はちゃんとした男の子って感じで可愛らしい。

 不意にいいことを思いついてわたしはリュックから何かを取り出してみる、それは、真っ赤な口紅だった。


 明日美はいたずらっ子のような笑みを浮かべると気持ち良さそうに眠っている4人に近づいた、間近で見るその寝顔は長い睫毛が瞼に被さっていて4人の白い肌によく映えており、すっと筋の通った鼻、桜色の形の良い唇、なんとも綺麗だなって。

 わたしは口紅を4人の唇に塗ってやった、桜色だった唇は真っ赤、まるで女のコみたい。

 隣で美晴ちゃんが声を押し殺して笑っている。

 わたしは口紅を元あった場所にしまうと布団に寝そべった。

 美晴ちゃんも隣の布団に寝そべる。

「じゃあ寝るよ、美晴ちゃん。」

「明日美ちゃん、おやすみ。」

「おやすみ。」

 明日になったら多分、口紅を塗った事がバレて4人に怒られるだろう。

 今はゾンビの数が激減しているからこうしていられるのだろうな、でもこんな日々が続いたらいいのにな、奈央にも里沙にもお父さんにもお母さんにも佐藤君達にも逢いたいから。


 早く平凡な日常が戻るといいなと…そう思いながらわたしは眠りに落ちていった。




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