犠牲者

「わたしの名前は佐竹美晴です。」  

 とりあえず弁慶さんに自己紹介すると彼は辺りを見渡して一言。

「殿の行方を知らぬか?」

 源さんのことだな。さっきまで一緒だったけれどわたしが悪いのにケンカしてわたしが勝手に飛び出して来ちゃったから今は何処に居るのか分からない。

「分かりません…」

 わたしがそう答えると彼は「そうか」と言ったくらいだった。

「そう言えば美晴ちゃんってずっと明日美ちゃんと一緒に居たはずだったわよね。なんでさっき一人で彷徨いていたのかしら?」

 里沙ちゃんの言葉にギクリ。

「それがちょっとケンカしちゃって…。」

 わたしがしどろもどろに説明すると奈央ちゃんが呆れたと言う表情を浮かべて

「少しケンカしたくらいで山崎君達に追い出されたの?まあ、あの4人ならやりかねないわね、大体アイツら何考えているか分かんないし。」

 と言った。

 けれど奈央ちゃん山崎君たち4人に対してとんでもない勘違いをしている、確かに始めはキツイ人だと思っては居たけれど暫く一緒に居てそんなに嫌な人ではないって分かったから。


「追い出され訳じゃなくて自分から飛び出してきた訳で…」

 わたしがやっとの思いで本当の事を話すと奈央ちゃんがいたずらっ子のような笑みを浮かべてわたしに尋ねる。

「明日美ちゃんの所に戻りたい?」

 正直に言って戻りたい。

 だけれどもあんな事を言ってしまった事実は消せないから戻り辛いかもしれない。

 わたしが静かに頷くと奈央ちゃんは

「そう来なくっちゃね。明日美ちゃんならまた快く受け入れてくれる筈だしあの4人だって渋々受け入れてくれるでしょ。」

 今気がついたのだが奈央ちゃん、彼女は別に山崎君たち4人を嫌っている訳ではないということ。それなりに彼らを理解していると言う事が分かった。

「じゃあ明日美ちゃんたちを探しますか。」

 奈央ちゃんの言葉を合図にわたしたちは動き出した。



近代日本の古い町並みを散策するあたしの目の前に、怯えた表情で立ち尽くしている年長くらいの少女が一人でポツンと立っていた。

 彼女の名前は佐竹遥。あの美晴の妹だ。

 みんな避難して行ったのに自分一人だけ取り残されてしまったらしい。

 いくら待っても待ってもお父さんもお母さんもお姉ちゃんも誰も迎えに来ないし外ではヤツらが彷徨いている。

 寂しさと恐怖で初めこそ泣き喚いたものの空腹に重なり今はもう泣く体力すら無いみたいだ。


「お嬢ちゃんもしかして一人?」

 あたしは精一杯の作り笑いを浮かべると少し屈んで彼女と目線を合わせて話す。

「おねえさんだあれ?」

 遥は粒らな瞳を少女に向けてくる。あたしは笑みを浮かべながら

「よーく覚えててねあたしの名前は榎本夕菜。」

「はるか、あたし、はるかっていうの!!」

 幼女は屈託ない笑みを浮かべてにあたしにその名を教える。黒目がちな瞳に小動物を連想させるようなふくよかな丸顔。その顔は、美晴によく似ていた。

「こんな所で誰を待っているの?」

 あたしが遥に笑顔で尋ねる。あたしの目は笑っていないに違いない。

「パパとママとおねーちゃん。」

「お姉ちゃんの名前はなあに?」

「みはる、さたけみはる!!」

 

 途端にあたしは遥の無邪気な笑顔が酷く憎たらしいものに思えてきた。


 この妹を殺したらあの美晴はきっと泣き叫ぶに違いない。

 その泣き叫ぶ顔を思い浮かべると笑いが止まらなくなりそうだった。

「遥ちゃん…。」

 あたしは遥の肩を抱き寄せると隠し持っていた光線銃で彼女の脇腹を直に撃ち抜いた。


 脇腹から口から血を流しながら遥が発する言葉も無くのたうち回る。

 あたしには激しくのたうち回っている遥が憎たらしく思えてならなかった。

「暴れてんじゃねえよ!!」

 と遥に怒声を上げると彼女の幼いお腹を思い切り踏みつけた。

 お腹を踏まれた遥は口から大量の血を吐きぐったりとしてピクリとも動かなくなる。

 今度は銃で遥の頭を何発も撃つ、遥の頭は割れ、可愛らしかった顔も今や原型を留めていないくらいにグチャグチャだ。

 そして夕菜はトドメに遥の心臓を光線銃で撃ち抜いた。


 これを美晴がみたらなんて思うのだろうかね…。

 あの女の泣き叫ぶ顔が楽しみだ…。


 そう思いながらあたしは保育園を後にした。



「美晴ちゃん~何処なの?」

「佐竹~」

「佐竹ちゃん~」

「「佐竹殿~」」

 名前を呼んでまわるが彼女は何処にもいない。

 幸いこの辺りはヤツが見当たらないので声を出してもあまり問題ないから助かる。

「佐竹、何ともないといいな。」

「佐竹殿、妹君と逢えただろうか?」

 裕太と義経が心配そうに呟く、それに一翔や季長だって美晴ちゃんを必死で探している。

 別に4人は美晴ちゃんの事を嫌いだった訳じゃないんだな…。

 いや、嫌いだったらわざわざ彼女を傍に置くような事はしないか。


「そうだね、遥ちゃん無事だといいね。」

 わたしは心からそう思った。


 しかしそんな明日美たちの願いは残酷に打ち砕かれることになるのだった…。


 すると前の方に遥ちゃんの通っていた保育園が見えて来た。

 まだ遥ちゃんがいるかも知れない、もし遥ちゃんがいたら連れて行こう。

 誰もがそう思っていた時、保育園の門の前に何やら血溜まりが出来ていた、その血溜まりの中に女の子が一人仰向けに倒れている。

 明日美たちは女の子にかけ寄る。


 その惨さに5人は目を覆った。

 可愛らしかった筈の顔もグチャグチャになって原型を留めていない。

 また手足も酷い暴行を受けたのか痣まみれでとても痛々しかった。

 間違いない、この女の子はヤツにやられた訳じゃない、生きている人間に惨殺されたんだ…。

「大丈夫か?見たくなかったら見なくて良いんだぞ。」

 隣で裕太が優しい声を掛けてくれる。

「うん、何とか大丈夫…。」

 何とかそう答えるけれどわたしの足は震えていてその場で倒れそうになるのを必死で我慢する。


 わたし達5人は女の子に対して合掌した。

 ふと女の子の胸にある名札が目に入った、名札は血で汚れていたもののちゃんと読めた。


 うさぎぐみ さたけ はるか


 そんな…ウソ…。

 わたし達はショックのあまり何も言えなくなってしまった。


 美晴ちゃんの妹がこんな目に遭うなんて…。

 なんであんなに可愛い女の子がこんな酷い殺され方されなきゃならないの?

 なんで美晴ちゃんの大切な人がこんな事にならなきゃ駄目なの?


 わたしの心は気がつけば美晴の妹を惨殺した犯人に対する憎悪で一杯になっていた。



 暫く歩いていると前方から明日美ちゃん達が歩いてくるのが見える。わたしは嬉しさと申し訳なさで一杯になってどうしたらいいのか分からない。

 それになんだか明日美ちゃん達5人の表情は酷く悲しそうに見えた。


「あのね美晴ちゃん、落ち着いて聞いてね。」

 やっとの思いでわたし達は口を開く。

「お前の妹…。保育園の門の前で…」

「「死んでおった。」」

 わたし達の一言に美晴ちゃんは大粒の涙を流しながら保育園へ走って門の前に倒れている遥ちゃんに取りすがった。

「遥…イヤだ!!お姉ちゃんをおいて行かないで!!」

 遥の遺体を強く抱きしめながらわたしは声を上げて泣いていた。

「お父さんも、お母さんも遥も…居ない世界なんて…」


 わたしはふと真顔になり無表情で立ち上がるとリュックからサバイバルナイフを取り出して自らの首筋にその刃を宛行う。



明日美ちゃん達は「そんなの…お父さんもお母さんも遥ちゃんもそんなの望んでないよ!!」と言うに違いない。けれど、もう生きていく気にはなれなかった。

 この場にいた人全員が止めようとしてわたしに近づく。

「近づかないで!!」

 わたしは思わずみんなに向かって叫んでいた。

「「駄目だ、自害なんて!!」」

 源さんと竹崎さんが悲鳴にも似た声で、必死な表情でわたしに縋った。

「武士であるあなたなんかにそんな事言われたくない!!」

 わたしは止めようとする二人をキッと睨みつける。

「お願い、辞めて!!お父さんもお母さんも遥ちゃんもあなたに死んでほしいだなんて思ってない筈よ!!」

 里沙ちゃんが今にも泣きそうな顔で言った。その言葉が胸に刺さって、わたしは思わずナイフを落とした。そして堪らずその場で泣き崩れてしまう。

「なかなか美味しい展開になってきたじゃない。」

 前方から声がしたと思ったらサイドロングの髪を靡かせた少女が不気味に笑いながら立っている。


 夕菜だ。

 夕菜はそれだけ言うと煙のように消えてしまった。


 明日美ちゃんはわたしに歩み寄りサバイバルナイフを取り上げた。そしてこの場にいる全員が思っているであろう事を口にする。

「美晴ちゃん、大切な人を亡くして辛いのは分かる、でもだからって死んだらお母さん、お父さん、遥ちゃんが悲しむと思うよ?

 それにわたし達が付いているから一人じゃない…。

 今のわたし達には美晴ちゃんが必要なの。

 わたしも、なっちゃんもリッちゃんも裕太もよっちゃんもすえ君も佐藤君たちも伊勢君もそれに弁慶だってそう思っているよ。」

 言い終わった頃、彼女の周りで裕太達7人があたしに向かって静かに頷く。

 明日美ちゃんの言葉にみんなの態度にわたしは再び声を上げてその場で泣き崩れた。

「うッうぅ…」

 ヤツの居ない空間にわたしの号哭がただただ響き渡っていた。

 明日美ちゃんはそんなわたしを強く抱きしめて震えている背中を何度も何度も優しく撫でてくれる。

 わたしが泣き止むまで。


 

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