戸惑い
南西に真っ直ぐ進むこと15分。
「ねえ美晴ちゃん、此処で合ってるの?」
わたしが隣を歩いている彼女に問い掛けた。
「うん、あと5分くらいで保育園につくから。
遙もお母さんも保育園にいるはずだから。」
そう言ってただ前へ進む彼女の横顔は何処か悲しそうに見えた。
道端に放置されている小さな枯れ草がまるで干からびた蜘蛛の死骸のような気持ち悪さ、不気味さを醸し出している。
それに時々聞こえてくるゾンビのうめき声が、くすんだ灰色のソラが更に不気味さを強調していた。
すると前の方から何者かがやってきた。
艶を失った髪の毛、ボロボロのワンピースから覗く手足は腐って緑色。
明らかにヤツである。
ヤツは段々と私たちに近づいてくる、ふと気がついたのだがヤツの白濁した目の中で無数の白い何かが蠢いている。
その白い何かは蛆虫だった。
アアアアアアアアアアアア…。
ヤツは不気味なうめき声を上げながら顎が外れるくらいの勢いで開ける、そこから気味悪く変色した舌が覗いた、すると口から目から、腐敗して削ぎ落ちかけた鼻から無数の気味悪く蠢く蛆虫がこぼれ落ちて美晴に振りかかった。
彼女は絹を裂いたかのような悲鳴を上げると火のついたように泣き叫んだ。
「いやああ、もういやああ!!」
叫び声を上げながらしゃくりあげる彼女の声に反応したのかヤツらが10体、20体と明日美達をあっという間に取り囲む。
「クソ…取り囲まれた…」
「我らとしたことが…。」
裕太と義経が悔しそうな言葉を零す。
わたしは美晴ちゃんを守る体制を取り大鎌を握りしめた。
「ねえ、大丈夫なの!?」
わたしが臨戦態勢に入っている4人に問いかけると
「多分なんとかなると思う。」
一翔はこんな状況の中ひどく落ち着いた口調であった。
「やるだけやってみる、お前は佐竹と一緒に俺達の間にいろ!」
裕太がわたしの手を引きながら言う。
わたしの前は裕太、一翔が、背後は義経と季長が守ってくれている。
わたしは泣きじゃくる美晴ちゃんをそっとだき締める、彼女はひどい恐怖を感じているのか冷たい雨に打たれた子猫のようにぶるぶると震えていた。
そりゃ腐った死体から蛆虫がこぼれ落ちてきて自分に降りかかったら普通の人なら
彼女のようになってしまうに違いない。
わたしはまだ泣き止まない彼女の細い背中を何度も何度も撫でてあげる。
怖かっただろうな…美晴ちゃんの胸中を思いやるといたたまれなくなった。
こんな状況でも冷静でいられる裕太達四人は常人外れでとても凄い、それでもあまり取り乱したりしないわたし自身も周りから見れば充分凄いのかもしれないし、寧ろ美晴ちゃんのような反応が普通なのだろう。
そう言えばサバイバルナイフでヤツをやっつけた時、美晴ちゃんは今にも泣きそうな顔をしていた気がする、きっと今まで我慢していたのだろうな。
わたし達の迷惑にならないようにって。
でもさっきの出来事で我慢していたものが爆発してしまった。
そんな事を思いながらわたしは美晴ちゃんを片手で抱きしめながらもう片方の手で頭や背中を撫でた。
両手に精一杯の温もりを込めたつもりで、彼女が泣き止むようにと。
わたしはふと彼らの方を見てみた。
裕太は木刀でヤツの頭を次々と潰しているし、一翔は弓でヤツの頭を狙い、放った弓はその頭を貫通していた。
義経と季長は日本刀でヤツの頸を次々切り落としていく。
四人の活躍でヤツらは次々と活動を停止していった、動く死体はただの腐乱死体になっていた。
彼らが守ってくれたお陰でわたしも美晴ちゃんも無事だったし、彼女も泣き止んで段々と落ち着きを取り戻している。
「さあ佐竹ちゃんの家族探し再開しようか。」
一翔の言葉を合図にわたし達は美晴ちゃんの妹がいる保育園へと向かった。
彼女曰くお母さんも保育園ヘ避難しているはずだと。
暫く進んでいるとわたしは物陰の方で蠢く何かを発見した。
30代後半くらいの男女であった、だが様子がおかしい、顔面は蒼白で瞳孔は開ききっている、明らかに生きている人間ではない、ヤツだ。
まだ死後間もない為にヤツだとは気が付かずにうっかり近づいてしまって犠牲になる人が出るかもしれない…。
早いうちに手を下そう…。
そう思いながら大鎌を振り開けようとして気がついたのだがこのゾンビは明らかに美晴ちゃんの両親に見える。
男性の方は綺麗に着こなされたスーツ、美晴ちゃんによく似た目元。
女性の方は小綺麗に整えた髪の毛も美晴ちゃんによく似た可愛らしい面差しも美晴ちゃんの両親である美帆さんと康介さんで間違いないないだろう。
そんな…。どうしたら良いの?
美晴ちゃんと裕太達になんて言えばいいの?
裕太と一翔は幼い頃に両親がなくなっているからずっとおばあちゃんに育てられているし義経はまだ赤ちゃんの頃にお父さんが殺されて、幼い頃にお母さんが自分を守る為に敵方の妾になった。
季長は領地争いで没落したから家族の為に竹崎家復興に尽力している。
そんな彼らが美晴ちゃんを心配し彼女の家族探しに協力するのは自然な流れかもしれない。
まず彼らが自主的に協力するって言ったんだし性格的に途中で諦めるなんてことはまずない。
「お父さんとお母さんに遥、無事だといいけれど…。」
美晴ちゃんがそう呟く、その心配そうな口調がその言葉がわたしの胸を痛めた。
美晴ちゃん、あなたの両親は既に亡くなってるんだよ?
ってとてもじゃないけれど言えない。
だけれどずっとこの事を隠し通す事なんて出来やしない、両親が亡くなったって知ったら彼女はどうなるだろうか?
きっと深く悲しむに違いない、小さくて細い身体が壊れてしまいそうなくらいに悲しむだろう。
ずっと苦しむだろう。
美晴ちゃんの両親はとても良い人だった。
こんなわたしにいつも「美晴の友達で居てくれてありがとう」って言ってくれるくらいの。
なんでこんな良い人が犠牲にならなきゃいけない訳?
なんで美晴ちゃんが大事な人を失わなきゃならないの?
ってわたしはこの世界が恨めしいと思ってしまった。
わたしはいつも誰かに守られてばかり、迷惑かけてばかり。
非力で無力なわたしにいい加減嫌気が差していた。
両親と裕太達、佐藤兄弟達、伊勢君たちと喧嘩したあの日からひどい自己嫌悪に陥っていた。
あのときわたしが悪いのに必死でわたしを庇ってくれた奈央と里沙。
あれだけわたしが酷いことを言ってもわたしを愛してくれた両親、わたしの事を守ると言ってくれた裕太、一翔、義経、季長。
あの時わたしの事を心配して一緒に帰ってくれた佐藤兄弟つまり忠信、継信、それに義盛だって。
わたしの補佐をしてくれた友里亜さん。
いつでも傍にいてくれた美晴ちゃん。
避難所のイザコザで自分の事のように怒り、わたしの味方でいてくれたみんな。
わたし、誰のことも守れないのかな?
みんなでヤツ等に勝ってまた平凡な日常を伸び伸び過ごしたい。
そして何よりも
あなた達にはわたしの傍で笑っていてほしいから…。
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