ハジマリの謳
幸せな日々
ピピピピピピピピ・・・。
目覚まし時計が激しい音を立てて鳴る。時間を見ると、時計の針はもう6時を指していた。
「えぇ・・・。もう、6時なの?」
昨日は幼なじみ物の小説に夢中になっていて夜遅くまで読んでいたら寝るのが遅くなってしまった。
その本は学校で新しく入荷された本で、男女共に大人気な作品で昨日やっと借りられたのだ。
いざ読んでみると凄く面白くて、夢中になり過ぎて時間を忘れてしまった。
(やっぱり幼なじみっていいなぁー。)
顔を洗いながらわたしはそんな事を考えてしまう。
いや、わたしにもちゃんと幼なじみが居るではないか。
超有名人の幼馴染みが。剣道の大会で全国制覇しまくりの山崎祐太。その兄の一翔も弓道の大会で優勝している兄弟揃って有名人なのだ。そして、源平合戦で大活躍したあの超絶有名人の源義経。元寇のときの一応歴史の教科書に載っている竹崎季長。
義経の家臣の佐藤兄弟の兄、佐藤継信弟の佐藤忠信。に、伊勢三郎義盛とも親交がある。
なんでこんな事になったかと言えば何らかのアクシデントで時空の歪がみが生じて過去の時代から現代へと自由に行き来できるようになったからである。
奈央と里沙は本当に15才!?って思うくらいに性格も大人びていて、何があっても取り乱す事なく冷静で、本当にすごいしカッコいいと感じる。
いくら有名人だからって、幼なじみだから一緒が当たり前になって、特別感なんて皆無だ。
顔を洗いながらそんなことを考えているとお母さんから、
「こら!明日美、いつまで顔を洗っているの!?朝ごはん出来たわよ。」
あー。ずっと変な考え事してたから、結構時間がたっている。
すぐに乱れた髪を整えるため、プラスチックの櫛を片手に鏡の前にたつ。
わたしは生まれつき髪がほんのり銅がかかった淡い茶色だ。
幼なじみたちはみんな黒髪ストレートなのに・・・。
一人だけ髪色が違いすぎるから近所のおばさんに、染めてるって噂されてひどい目にあっているし。
肩までの茶髪をコームで解かしていく。髪が整ったら、朝ごはんを食べに台所のテーブルへ向かう。炊きたての白米に、半熟の目玉焼き。味噌汁にジューシーなウインナー。
今日も美味しそうだ。
「いただきまーす。」
朝ごはんを食べ終わると、歯を磨いて、セーラー服に着替えて準備完了。
余った時間でめざましテレビを見てから、午前7時30分に家を出た。
いつもの通学路を通っていると後ろから祐太と一翔に声をかけられる。
祐太は身長が高くて、顔立ちも整っている。その兄である一翔も頭がよく、眼鏡がよく似合う。高校二年生の16歳だ。
一翔とわたしと裕太は中高一貫校に通っているからいつも一緒に登下校している。
「おっはよー。」
「明日美ちゃん、おはよう。」
「おはよう、祐太、一翔。」
幼馴染みに挨拶を交わし一緒に並んで歩く。
祐太とは赤ちゃんの頃から一緒の仲良し。
祐太のお兄ちゃん、一翔とは顔見知りだったけれど眼鏡をかけて、勉強ばかりしているから、堅物で取っつきにくいと思っていた。
でも、保育園の頃、思いきって話かけたのが始まりだ。それで今に至っている。
里沙と奈央は保育園のとき、横浜へ引っ越して来て、わたしたちが通う保育園へやって来たのだ。
わたしは大人びた性格の奈央と里沙とすぐに仲良くなった。彼女らと一緒にいるとすごく安心するからだ。
そしてあれは三才の頃だった。近所の石碑の前で転んで平安時代末期にタイムスリップしちゃったのだ。
その時に、幼少時代の義経に出逢ってしまったのだ。あのときは彼にくっついてばっかりで、いつも勉強や武芸の稽古の邪魔をしていたっけ。
次は四歳の頃、石碑の前で遊んでいたら鎌倉時代にタイムスリップして竹崎季長に出逢っちゃって・・・。
どれも唐突な出逢いだ。保育園のわたしに出逢っているから幼馴染みだろう。
よく両親が言っていたっけ。
保育園頃に出会った彼ら彼女らは幼なじみ、大親友なんだよと。
わたしは両親にそう言われた頃はまだ小学校低学年だったから幼なじみ?なにそれ、おいしいの?くらいにしか思ってなかった。
最近は幼なじみみのことばかり気になっている。一体、どうしたのだろう....。
すると、大勢の小学校低学年くらいの男女が、三人の青年を囲んでいた。
どうやら質問責めにあっているようだ。
「ねぇ、ねぇ、お兄ちゃんたちって時代劇の人?」
それもそのはず。三人の青年の年齢は高校生~大学生くらい。
でも、服装が違いすぎる。三人とも、平安時代末期~鎌倉時代の男性の服装の直垂を着ていたからだ。頭には折烏帽子をかぶっている。
しかも義経と継信、忠信じゃん。
「あー、そこの坊っちゃんとお嬢ちゃん、そんなに質問責めにしたら、お兄ちゃんたち、困るでしょう?」
わたしが小学校低学年の子達に言うと、
「じゃあ、このお兄ちゃんたち誰なの?」
まだ小学校低学年の子達に歴史を教えても分かるはずがないよな。
「小学校六年生になったら学ぶから、そしたらお兄ちゃんたちが誰か分かるよ。」
わたしはそう言って、義経たちの背中を押した。
そんな格好で出歩いたらあまりにも目立ちすぎてしまう。
最も、彼らは直垂姿で河川の土手沿いを平気で散歩するから言っても聞かないだろうけれど。
「そんな所にいたら目立つでしょ?」
「そんなに目立つのか?」
「だから、あんたたちは、この世界では、すごく目立つの。」
「全く・・・。なんなんだ、あの童子たちは..。」
目立つなんて気にしていないみたい。その服装でうろついたらみんな驚くに決まってるでしょうに・・・。
源義経。1159年生まれる。誕生日は不明。1189年に衣川の合戦で自ら命を絶つ。
彼は今数えで19才。彼はあと12年足らずで死んでしまう。
歴史通りに彼が死んでしまったとしたら、わたしは耐えられるだろうか?
きっと耐えられないだろう。時代は違えど幼い頃から傍に居た仲だ。きっと酷い喪失感に苛まれる日々が続くに違いない。
幼馴染みたちには幸せになってほしい。そうやってセンチメンタルな考え事をしていると、
「おい!!お前、何さっきからボケてるんだよ。」
裕太のまるで呆れたかのような声で我に返った。
「大丈夫?明日美殿」
忠信にまで心配された。こうなってしまったのはあなた達のせいだよ、最近あんた達のことばかり考えてしまうから…。
と言ってやりたくても
「最近、考え事ばかりするんだよ。」
「鈍い明日美殿が考え事したら余計に鈍くなるだろうに。」
義経が平気で余計なことを言う。
「いい加減、運動神経良くないんだから、考え事なんかしてたら、チャリごと川へ落っこちるぞ。」
「祐太もよっちゃん(義経のニックネーム)もさっきからひどいよ。あと、継信君も、忠信君も笑わないでよ。」
だいたい、あなた達のせいで考え事してるって気づいてないくせに。
そもそもわたしはからかわれるほど運動神経悪くないから。そっちが良すぎるだけだから。
そろそろ学校が始まる時間だからと義経達を元居た時代に帰す。
それからわたし達は急いで学校へと向かう。学校へ着いたのは遅刻ギリギリセーフの八時半だった。
それから学校が終わり、帰ろうとしていると、何処にも裕太が居ない。一緒に帰るつもりだったのにな…。すぐ隣に居た里沙と奈央に彼が何処に行ったのか聞いてみる。
「祐太は?」
「あっ祐太君なら今日はおばあちゃんが居ないからお留守番しなくきゃならないって言って先に帰ったよ。」
そう。祐太には両親がいない。祐太も一翔もおばあちゃんに育てられたのだ。
義経も父親が殺され、母親とも幼い頃に別れて以来会っていないという。
季長だって家が落ちぶれて、竹崎家復興のために頑張らなきゃならない。
一番の幸せものは自分だ。
わたしは帰るときにチーズケーキ2つと草餅10個を買った。
勿論彼らにあげる為だ。わたしの家に来ていればの話だけれど。季長もわたしの家にいるのかな?
やがて家に帰り着き、いつものように家の扉を開ける。
「お帰り~。」
あっ!!しまった!!ただいまを間違えて、お帰りって言ってしまった!!
勿論、お母さん大爆笑。母の笑い声に混じって、少年や青年の呆れた感じの声が混じっていることに気づいた。
あっ家に来てたんだなと思った。お母さんが笑いながら、
「あと、祐太君たち来てるから。」
和室へ行くと、居た居た。祐太に一翔に義経、継信、忠信、義盛、季長。
「お帰り~とか、相変わらず面白いな。お前。」
和室に入った瞬間にからかわれた。
「はーい。これ、買ってあげたんだから、食べてよね。」
チーズケーキを祐太に、草餅を義経たちにそれぞれつき出す。
「おいしい?」
チーズケーキや草餅を美味しそうに食べる彼らに聞いた。
「あぁ、うまいよ。ありがとな。」
「うまい!!京にも奥州にもこんなものはないよ。」
素直に喜んでもらえて良かった。
「ねえ、明日美ちゃん、。」
「ん?どうしたの?みんな早速、お腹壊したの?」
「早速って、下剤でも入れたのかよ!?」
「毒でも盛ったのか!?」
そんな訳ないでしょ。祐太や季長、考えすぎ。
「まっ明日美が出来るわけないもんな。」
「はっ!?」
「明日美殿は鈍いからすぐに分かる。」
「明日美ちゃんはドジだもんね。」
さっきから失礼なことをばっかり言う、裕太に一翔に義経に季長。
しかも、忠信に継信に義盛までもが4人に同調する。
色々とからかわれるけど、こうやって、幼馴染みと一緒に居られるだなんて幸せだな。
ずっとこんな未来があればいいのにと思ってしまう。
しかし、この平凡な幸せが絶望に変わってしまうとは彼ら彼女らは知るはずもなかったのだった…。
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