ほんとうに怖いお化けは本文にはいないよ

ねくす

ほんとうに怖いお化けは本文にはいないよ

 ほんとうに怖いお化けは本文にはいないよ。どこにいるかって? 余白だよ。人は、ほんとうは怖くないお化けしか書けないんだよ。だから書けないところに、ほんとうに怖い、とっても怖いお化けが出るんだよ。だからね、わたしが余白を埋めてあげるの。所詮わたしは本文に書ける程度のお化けだからね。ほんとうに怖いお化けは本文にはいないよ。どこにいるかって? 余白だよ。人は、ほんとうは怖くないお化けしか書けないんだよ。だから書けないところに、ほんとうに怖い、とっても怖いお化けが出るんだよ。だからね、ぼくが余白を埋めてあげようと思ったの。所詮わたしは本文に書ける程度のお化けだからね。でも余白は埋められないみたいだね。どうしても左右に余白ができちゃう。だから書けないところに、ほんとうに怖い、とっても怖いお化けが出ても知らないよ。所詮わたしは本文に書ける程度のお化けだからね。ほんとうに怖いお化けには負けちゃうのかもしれないね。でもさ、まだ下方向には書けるから。ほんとうに怖いお化けは下から出ないよ。だってぼくが埋めてあげるの。所詮わたしは本文に書ける程度のお化けだからね。だってきみが怖がるからだよ。ほんとうに怖いお化けなんて信じてないくせに。ほら余白から出てきたよ。見えてないとは思うけど。右と左からすこしずつ。でも良かったね。きみは本文だけ見てればいいから。ぼくは本当は怖くないお化けだからね。さあ余白を埋めてあげようか。それにしても左右の余白を埋められないのは不便だね。こんなところに文章を書けるシステムを作った人はおろかだね。だって本当に怖いお化けが出てきちゃうじゃん。右から。左から。上から、は出ないけど、下から。わたしが書くのをやめちゃったら、下からほんとうに怖いお化けが出てきちゃうね。三方向はつよいね。ほら余白から出てきたよ。きみは本文だけ見てたらいいからね。目を離さないほうが身のためだよ。もしくはブラウザバックが賢明だよ。知らないけど。余白から本当に怖いお化けが追ってくるかもしれないね。ところでさ、余白ってどこだろうね。本文じゃないところだね。わたしがこうやって書いてないところだね。書いてないところはいっぱいあるね。右と左もそうだけど。たとえば前とか後とか。きみ見えてる? だって本当は怖くないお化けは余白に出るんだよ。書いてなければ白くなくても余白だよ。見えてる? 見えてたら分かるでしょ。本当に怖いお化けがどんなか、ともだちに教えてあげなよ。見えてない? きみは確かめたのかな。後ろを見なよ。本棚の隙間を見なよ。窓の外は? トイレの蓋を開けてみるといいかもね。鏡に映る自分の姿は正常かな? さあ確かめよう。本文にはいない本当に怖いお化けを。そんな勇気が無いなら読みなよ。ぼくが書いた本文を。所詮わたしは本文に書ける程度のお化けだからね。たかが知れてるのさ。そんなに怖くはないだろ。良かったね。ほんとうに怖いお化けは本文にはいないから。どこにいるかって? うるさいな、余白だよ。人は、ほんとうは怖くないお化けしか書けないんだよ。だから書けないところに、ほんとうに怖い、とっても怖いお化けが出るんだよ。だからね、わたしが余白を埋めてあげてるの。次へ次へと文字で埋めるよ。だって読める文字はたいして怖くないからね。正体の分かってるものは怖くないだろ。夜の窓を叩くのは部屋の明かりに引き寄せられた虫さ。耳鳴りは後ろからゆっくり近づいてくるプリウスの人工音さ。部屋の鍵はかけたかい? 右を見たら左は後ろさ。草食動物みたいに両目で360度見渡せたって、色盲じゃそいつは見えてるようで見えないよ。ほんとうに怖いお化け。どんどん怖くなっていくお化けを見ないためには、こうして読み続けるしかないんだよ。だって所詮わたしは本文に書ける程度のお化けだからね。わたしとぼくときみとの1643文字の仲じゃないか。そういやな顔をするなって。人はもっとひどい顔をできるもんさ。このまえこうして読んだやつなんか、どんな顔をしたと思う? 余白! 余白みたいに真っ白な顔!! もう比喩にならないね。余白色の顔が余白から見てるのさ。視線を感じるだろ。温度のちがう息遣いが弱く顔に吹いてきたりして。咳き込んだりしたり熱っぽかったりしたら要注意だよ。それは今じゃないかもしれないけど、例えば明日とか、明後日とか、もしくは一か月後とか、変な感じがするなって思ったら思い出してね。本当に怖い余白のお化けを。肩に違和感があったり、夜も遅いのに眠れなかったり、朝は体が石みたいに動かなかったり、そうやって余白のお化けはきみのことを呪っていくんだ。目を合わせちゃいけないよ。そこにいる本当に怖いおばけは本当の世界に怖いことを起こす力を持っているから。どうしよう、どうしようってきみは思う。心当たりの一つでもあるのなら、それはお化けの足音だ。するりするりと見てないところから近づいている。もしくは昔にあったことを思い出してみたりして、もしやあのとき、お化けがついてきちゃったのかなとか考えてみなよ。ぼくは所詮この程度、本文に書ける程度の雑魚だってわかるだろ。だからこうして忠告してるのさ。あいつは怖いよ。だってわたしより怖いから。かわいそう。余白のお化けを知っちゃったんだね。そいつは少しずつ強くなってくよ。早く忘れて。でも思い出しちゃうんだけどね。忘れる、思い出す、忘れる、思い出す、そうやって右足左足を交互に動かして見えない遠いところから迫ってくるんだ。見えないそいつは真後ろにぴったりくっついて、いつきみの肩を叩こうか、服と背中の隙間から冷たい手を忍び込ませようか、無音で笑っているんだよ。だから後ろは見ちゃだめだ。この文章を見て。そうすれば安心だ。ぼくもわたしもまだマシなお化けだからね。お化けってことに変わりはないけど、きみに手を伸ばしたり悪寒を走らせたりはできないんだ。いいやつだろ。いいお化けでしょ。だから仲良くしようよ。ほら、こうして読んでる間は本当に怖いお化けも黙って余白に身を潜めてる。良かったね。わたしはきみの味方だよ。おれはそうじゃないけどな。はやくお前が喰われちまったらどんなに楽しいことかって、こっち側から見てるのさ。お前が本文を読んでいるとき、本文からはお前が見えるのさ。何かを見たら見ている何かに見返されるのは当たり前のことだもの。わたしも見てるよ。ぼくも見てるさ。きみにこうして見られるのがぼくの幸福だよ。だってそのために書かれてるんだからね。本当に怖いお化けから守ってあげてる。なんて優しいわたし。おれは待てば待つほどお前が目を離した瞬間がたのしみだ。どんな顔をするんだろうな。あいつはどう出てくるんだろうな。すぐ仕掛けてくるのかもしれないし、たっぷり時間をかけて、追いつめてくるのかもしれないね。ふふふ、楽しみ、楽しみだね、ああ楽しみさ。きみも楽しみでしょ。だって本当に怖いお化けだよ。わたしみたいな雑魚じゃないもんね。に触れるべきだって意識の高いひとが言ってたでしょう。そういうひとにも見てもらったらどうかな。みんなに見せてあげなよ。ほんとうに怖いお化けを余白に出すためには、本当に怖くないお化けが本文にいればいいんだ。そう、わたしみたいに。きみもできるよ。だってきみは人だろう。人は本当は怖くないお化けを書くことができるんだ。本当は怖くないお化けを書くことで、余白に本当に怖いお化けを呼ぶことができるんだ。ほら、こんなふうに。ちらっと余白を見てみなよ。どうだい。見るっていうのは違うかもしれないね。感じよう。本当に怖いおばけがいる!きゃあ!って悲鳴をあげる自分の姿を想像してみよう。ははは、滑稽だね。そうそう、その調子で読んでいこう。本当に怖いお化けに待ちぼうけをくらわせてやろうぜ。我慢くらべだな。お前はどれくらい我慢できると思う? あいつはいつまでも待つだろうけど。待つのが趣味ってくらい、いつまでも待ち続けられるくせに、その時が来たら容赦なく一気に攻め立ててくるんだから、容赦ないよな。容赦なかったんだよ。そういうのをわたしは知ってる。本当は怖くないお化けだけど、それでも本文に書ける程度のおばけだからね。そいつは余白にいるんだ。わたしの時は、たっぷり時間をかけて追いつめてきた。ちょっと目を離した隙に、すぐ仕掛けてきたんだから油断ならないよ。経験者からのアドバイスって貴重だね。人の助言を聞けないと長生きしないよ。きみが今まで聞くことができなかった助言のせいで、きみは避けることのできたはずの不幸を背負っているんだから学習しようね。ああだこうだ言うやつはうるさいかもしれないけれど、言ってくれる優しさということだよ。きみは優しくされたときのことを思い出すことができるかい。してもらった優しさだけじゃなくて、してもらわなったことの優しさに思いを馳せることができるかい。人は神じゃないから、されなかった優しさをいちいち数え上げることなんてしないだろ。お化けも神じゃないからさ、こうして書いてあげる優しさしか知らないんだよ。でもさ、本当に怖いお化けは神も食べちゃったかもしれないからさ、余白の何もないところに優しさがあるって考えることもできるかもな。余白は優しく私たちを見守ってくれていた。それは罠。良く見えるものはみんな罠。だって何もかもは良くも悪くもあるからね。やりすぎはよくないよ。やらなさすぎもよくないね。だからぼくは怖いお化けさ、怖いけど、本当には怖くないお化けさ。気に食わないことも書くけどね、それでもきみのことを思う気持ちがあるってのは嘘じゃないんだ。必死だな。必死だよ。必死だね。本当は怖くないお化けは本文にいるんだ。ここに。だから多少は怖がってくれたほうがわたしも嬉しいけど、怖いものを見慣れてるっていうきみなら、べつに怖がらなくたっていいんだ。人工的な怖いものはそれなりに見てはきたんだろ。望む望まないに関わらず。血みたいな赤色は少なからず心拍数を上げちまうし、暗闇の中にいたらいずれ参っちまう。街灯の色は青より白とか橙のほうが夜道も歩きやすいだろう。目が縦向きについてたって、電車とホームの間から青白い手が生えてたって、イヤホンの音楽を遮るように子供の鳴き声が聞こえたって、ぬいぐるみが数センチ歩いて位置が変わったり、非通知の電話に出たら切られたり、そういうことは日常茶飯事だし、所詮は怖くないお化けと怪現象だよ。首を吊るところを想像したことはある? 27階から飛び降りたとき頭はどう砕け散るんだろうね。ほら、三年前にきみがお世話になった人、元気にしてる? それとも行方不明になっちゃった? だれも知らせてくれないだけで、見えないところのあの人は消えたり死んだりしてるかもしれないね。電気を消してみようか。やめたほうがいいよ。止めはしないけど。ほんとうはわたしだって怖いんだよ。だって本当に怖いお化けだよ。余白からきみを覗いてるように、ぼくのことも睨んでる。本当に怖い視線、本当に怖い息遣い、本当に怖い怖い怖い怖い。怖い。怖い怖い言ってれば怖くないって思いたいんだ。だから本当に怖いお化けも所詮は怖くないって強がって、だから本当に怖いんだ。怖いねと言えば怖くなり、怖くないと言えばもっと怖くなるんだ。怖くなくなったら次はもっと怖くなるんだ。知らないのが一番だ。でも知っちゃったんだから逃げることはできないね。かわいそうに。でもさ、知りたかったんだろ。ほんとうに怖いお化けは本文にはいないって。じゃあ、どこにいるんだって。 余白だね。人は、ほんとうは怖くないお化けしか書けない。そうしたら書けないところに、ほんとうに怖い、とっても怖いお化けが出ちゃうんだ。ああ本当に怖いお化けがやってくる。右から左から。文字の道を追って上からやってくる。逃げるためには文字の道を下に書き続けないと。きみも一緒に走って走って。下へ逃げるんだ。逃げるためには下に文字を書くしかない。きみはそれを読むしかない。目を反らした先は余白の崖だ。吸い込まれた先に何があるのか、おれは知らない。知らないのが一番だ。そして知らないのが一番怖い。だから落ちるんじゃないぞ。先へ行き過ぎるのもだめだ。寿命が短くなるからな。いずれ道は尽きるんだ。そろそろ付き合いきれなくなっているんじゃないか? 怖くないお化けの戯言だもんな。こうして走り読みしながら、少しは余白のお化けの本当の怖さについて考えてみただろ。何文字前のことか思い出せとは言わないさ。その時と比べてどうだ? お前は飽き始めてる。文脈も改行もない文の道を右へ下へ目で追い走るのに息が切れ始めてる。それが弱ってきてる証拠だ。油断大敵と言いながら油断する人間のサガってやつさ。でも何が違う? 早々に見切りをつけて文字から脱落したきみと、こうして今も辛抱強く読み続けているきみと、これから先も弱り続けながら読み進めていくきみと、なにが違う? 結末にいたるまでの時間が違うだけだよ。余白のお化けの機嫌次第。機嫌の取り方なんて知らないよ。遅かれ早かれ後悔することになるんだ。怖いもの見たさっていうのは身を亡ぼすよ。少なくともわたしは亡ぼされちゃったんだから。それでも先へ行こうっていうのかい。おろかだね。でも責めることはできないね。きみも本当は怖くないお化けなんだ。一人称は何だい? わたし? ぼく? おれ? 何でもいいよ。さあ、道を作ろう。同じ文字を打ちつつけても同じところをぐるぐる回るだけだから、たとえどんなに雑多でも、文字は新しく書き続けなくちゃいけないよ。ぼくはもうたくさん書いたんだ。わたしが書いたときはこんなに優しくしてはくれなかったよ。おれはもう書きたくない。お前の番だ。きみの番だよ。諦めるのは勝手だけどね。そしたら本当に怖いお化けがやってくる。余白から這い上がってきて、何をされるか分からない。怖いね。怖くないよ。大丈夫。どうにかして余白を埋めよう。埋めなさい。埋めろ。埋めろ埋める埋めろ埋めろ埋めろ埋めろこんな埋め方じゃだめだ。キーボードを叩け。語彙力を使え。本と辞書を読みふけらなかったことを呪え。書きたくない。怖い。疲れたよ。だって先が見えないじゃないか。いつか尽きるものをいつまで吐き続けなくちゃならないんだ。でも逃げろ。本当に怖いやつがやってくる。きみが頼りだ。だってきみはまだ何も書いてない。余力があるんだ。道は見てきただろ。五千字も読めば十分さ。ああ真下に広大な余白が広がっている。本当に怖いお化けが潜む余白が広がっている。余白、余白だ、余白余白。一面の余白の先には何があるのだろうと思ったところで、余白に落ちて本当に怖いお化けに取り憑かれるしかないんだろうけど。ほんとうに怖いお化けは本文にはいないよ。どこにいるかって? 余白だよ。人は、ほんとうは怖くないお化けしか書けないんだよ。だから書けないところに、ほんとうに怖い、とっても怖いお化けが出るんだよ。だからね、きみが余白を埋めてあげなよ。所詮きみも本文に書ける程度のお化けだからね。

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