第6話   宴が挑戦

 スミレが部屋で、スマホを使ってさっそく自らの記事を更新していると、


「すみれすみれ」


 窓から宴の声がした。少し元気がないように聞こえる。


「宴? どうしたの?」


 スミレは立ち上がると、中途半端にピンクのカーテンで覆われた窓を、カーテンごと開けてみた。そこには、城山で長く過ごしていたらしき緑の葉っぱ模様を袖にたくさん載せた宴が立っていた。白銀色の眉毛を、困ったふうに寄せている。


 スミレもちょっと心配になってきた。


「なにかあったの?」


「すみれ、しばらくは城山に近づいてはダメなのだ。十日くらいしたら、我々が陣地を取り戻せる故、それまで辛抱してほしい」


「え? ちょっと話がよく見えないんだけど、城山で誰かに陣地を取られちゃったの?」


「取った相手は、陣地から出てこないのだ。明神様の御使い二体にも相談したのだが、『任せた』と言われて任されてしまった。肋介はもうカンカンでな、今すぐにでも敵陣を打ち壊そうとしているのだが」


「だが?」


「私はー、もう少し様子を見たほうが良いのではないかと思うのだ。肋介と話し合って、七日間という猶予で落とし所をつけた」


「七日間も様子見って、ちょっと長いような気がするわね。三日とかじゃダメかしら?」


 ちなみにスミレの中学の入学式も、三日後である。それが終わったら城山に散歩でも、と考える人がいるかもしれないと考えたら、ちょっと心配になった。


「相手は、何やら訳ありの様子でな。すごく弱っているのだ」


 宴は今日遭遇した謎の烏天狗の少年について、見たこと思ったこと全てをスミレに報告した。宴自身もだいぶん戸惑っている様子で、立板に水のごとしの早口だった。


「カラス天狗……ふぅん、そんな妖怪さんがいるのね〜。今は誰が城山に入っても迷子になっちゃうのね? ちょっとおもしろそうね」


「肋介が烏天狗の下駄の片方を預かっているのだ。返却してやるためにも、なんとか相手の陣地に入りたい。七日しても相手が入り口すらこさえぬと駄々をこねる場合は、たとえ破壊行為に至ろうとも、私は肋介を止めないと約束したのだ」


 そういう意味での、七日間だった。


(さっそく肋介君と、城山の平和を守ろうとがんばってるのね。ちょっとわたしの手には負えないレベルのトラブルに見舞われてるみたいだけど……。わたしも、初めてアップした写真に付いてたコメントのこと、宴に報告してみようかな)


 いいね、可愛い、などの短いコメントをたくさんもらった事を、スミレは話した。中には卑猥なコメントも幾つか投げられたが、「お父さんもコメントを読んでます」とスミレが投稿したとたん、収まった。


「なんかね、トイ★リンのプラナリアだとか言う人もいて、もう失礼しちゃうなって思ったんだけど、それってわたしがアイドルに似て可愛いって意味にも捉えられるなぁと思って、もう少しトイ★リンに寄せたユーザーネームにしようかなぁと思ってるの」


「すみれ、逞しいのだ〜」


 宴がちょっと驚いた顔をしていて、スミレはなんだか誇らしかった。宴に負けず、自分も成長しているって思えたから。


「私もすみれに負けてはいられないな。城山に籠もってしまった少年が何者かは、まだわからないが、私はじっくり話を聞いてやって、友達になれたらなぁと思っている。この土地は時間がゆっくり流れているから、心身に負った傷も、しばらく過ごせば癒えると思うのだ」


「そうなのね。肋介君は一刻も早く相手と白黒つけたくて、宴は、じっくり向き合いたいって感じなのね」


「あの山の番人は肋介だから、最終的な判断を下すのは肋介だ。それまでに少しでも打ち解けられないものか、たくさん話しかけてみるのだ」


 タイムリミット付きだが、宴はやってみると言う。


「その男の子の容姿や服装を、もう一度詳しく教えてくれる? わたしの方でも詳しく調べてみるわ」


「それは助かるのだ」


 宴は、烏天狗の少年の口調や、身なり、雰囲気などを思い出しながら、スミレに話して聞かせた。スミレは手元に小さなメモ帳とペンを用意して、フムフムと書き記していった。


 窓枠からひょこっと、小さな顔をのぞかせる者が。


「椿! いや、あざみか?」


「わたしは今まで通り、椿ちゃんって呼んでるわ」


 窓枠から落ちると危ないので、スミレが片腕で抱っこした。


「ちょうど一緒に、お写真撮ってたのよね」


 椿の頭が、こっくりと頷く。


 まるで意思がはっきりしているかのようなその動きに、宴が大変びっくりしていた。


「あんなにも支離滅裂な行動を繰り返していた椿が、すみれの呼びかけに、確かに反応してうなずいたのだ。すごい変化だぞ、すみれ! 椿は引き続きすみれの面倒を見てやってほしいのだ」


 宴の顔をしっかり見つめて、こくこくと頷く椿。


(え? わたしが面倒を見てもらう側なの???)


 なんか納得できないスミレだったが、ここでムキになるのも違うような気がして、黙っておいた。


 宴はまだまだ城山で肋介とやる事があるのだと言い残して、急ぎ足で去っていった。


「宴もがんばってるみたいで、よかったわね。それじゃあ、部屋に虫が入ってきちゃうから、窓を閉めるわね、椿ちゃん」


 スミレの言葉に、椿がまたこくこくとうなずいた。


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五人囃子(ばやし)か縁結び【第弐幕開幕!】 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar

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