第2話 ふらふら飛ぶ賓客
ふと肋介が、目を見開いて上空を凝視した。
「どうしたのだ?」
「何かが俺様の陣地に近づいてくる……俺様の知らない気配と妖力だ」
宴もつられて、肋介の視線を追って上空を見上げた。何やら、弱々しく羽ばたく大きな鴉にも似た何者かが、フラフラとした軌道で飛行している。今にもすとんと落下しそうだった。
「確かに、だんだんとこの山に近づいているな。しかし、休憩したいだけやもしれぬぞ? ずいぶん弱っているように見える」
「とりあえず、声かけてみるか。無視して素通りしてったら、そんなヤツ俺様たちも無視だ。んで、もしも俺様たちの声に反応したら、ちょっと休んでいけって誘ってみる」
「了承した。肋介、優しいのだ」
「優しかねーよ、俺様はあんなヤツどうだっていいんだ。でも無愛想な真似すると、城山の神様の名前に泥塗っちまうだろ? この土地で一番人間どもが集まってきて、手入れもされてて、神社もあるんだ、それだけ大事にされてる城山の、番人やってる俺様がこの山大事にしないで、どうするってんだよ」
「んー? なるほどな。ならば私も、見習わねばな」
二人して、上空に向かって両手を振ってみた。おーい、と声をかけながら。
しかし、遠すぎたらしい。飛んでいる相手は、自分に向かって声をかけられたという確信が持てなかったようで、首をかしげるような素振りをし、羽ばたきながら空中で停止していた。
「ああもう! なんで空で立ち止まってんだよ、もうちょっと近づいてくれないと、俺様たちの声が届かないだろ!」
「なにか、合図のような物を打ち上げられたら良いのだが」
「花火とかか? 森で火ぃ出すなよな」
「もちろんだ! 今度、打ち上げ花火に似た巫術を、参考書で勉強して来なければな」
「今すぐ使えるわけじゃないのかよ……」
あの空で浮遊している人物に、意思疎通を図る方法が無い。肋介は巨大な手の骨を出現させて、手招きしてやろうと提案したが、それは肋介が丁寧に張った陣地の天幕を破り、巨大な腕を、山のてっぺんに出現させることを意味する。霊感のある人間が見たら、卒倒するような光景だった。
二人は、上空にいる相手が近づいてきてくれるまで、待っていることにした。その間、相手の見慣れない風貌に、二人であれこれと話し合った。
「あれは烏天狗じゃないか? だぶだぶにサイズの合ってない、白の山伏の着物が、ちょっと違和感あるけどよ」
「烏天狗! 確かに背中から真っ黒な翼が生えているのだ。飛ぶのが得意なのだな」
「得意ってわりには、フラフラしてっけどな」
「ん? なにやら、顔に恐ろしい形相の黒いお面をかぶりだしたのだ。烏のお面だろうか?」
「え? あ、ほんとだ! おい、あのお面は自分を強化する補強材だぞ。俺様たちが手を振ったのを、威嚇か何かだと思ったんだな。宴、戦闘準備しとけ。見かけによらず、血の気の荒いヤツだぞ」
「そうなのか? では参戦しよう」
血の気の荒い一面を持つ、フラフラした小柄な烏天狗。宴たちが差し出した止まり木にも警戒し、邪心するほど弱っている、手負いの小鳥。
本当にこのまま戦闘になるのだろうかと、宴が残念に思っていると……羽ばたいていた何者かは、突然腹を押さえて、静かに落下していった。
まるで、何者かに腹を強打され、撃ち落とされたかのように。
「あ……」
「宴、お前が何かやったのか?」
「いいや、私は何も。他の誰かが、下から撃ち落としたのではないか?」
「同感だ。どの辺に落ちてったのか、見に行くぞ」
「了解なのだ」
ひょいひょいと木々を渡って、山を下りてゆく宴と肋介。
その少し遠くから、ドリアンちゃんのけたたましい鳴き声が響きだした。ここいらで一番狂暴な大型犬であり、家族以外には絶対に懐かないシェパード犬だった。
「げえ、まさかな……」
「私もドリアンちゃんは苦手なのだ。あの鳴き声、耳にビリビリくる」
「忠犬の鳴き声には、魔除けの効果があるからな」
「私も、魔のモノ扱いされているのか……」
せめて、お面の賓客がドリアンちゃんに負傷させられていないのを願うのだった。
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