第1話   あれに見えるのは中学校

「お前もしかして、陣地作るの下手か?」


「教科書は読んだのだが、実践したことはなかった。壁すら上手くできないのは、我ながら予想外であったな……」


 宴の陣地はいまだ完成に至っていなかった。しかし話題に上っても、すぐに忘れてしまう程度の事態であった。肋介が強制していないのと、宴が焦っていないから。


 肋介が仕切っている城山のてっぺんの、背の高い杉の木に二人してよじ登り、枝葉が揺れて、杉の花粉が爆発的に辺りに充満してしまっても、気にすることなく、高台から地上を眺めていた。


「ここから見えるか? あそこにある白い建物が、雑草女の通う中学校だ。おもしろそうなもんがいっぱいあるけど、あんまり入っちゃだめだぜ」


「なぜなのだ?」


「人間がぎっしり詰まってる場所はな、なんかいつもすっげー忙しいんだ。俺様たちが遊び半分で散らかすと、あいつらにめちゃくちゃ迷惑がかかるんだとよ」


「それは申し訳ないな。もしも、どうしても侵入せねばならない用事ができたときは、散らかさぬよう気をつけよう」


 肋介は宴がスミレを心配するあまり、公共の場だろうがお構いなしに侵入することを懸念していた。現に宴に、「あんまり人混みに行くな」と言っても「わかったのだ」と返事ばかりで、ふらふらと探検に行っている。


 まだ宴が騒動を巻き起こす性分でないのが幸いなくらいだ。呆れた肋介が、なぜ探検しに行くのかと尋ねたら、「どうしても気になってしまって」という当たり障りのない返答が来るので、最近は彼も同行するようにしている。


「お前、どうせすぐ中学校にも侵入するんだろ。いちおう警告はしといたからなー」


 肋介は杉の木からするすると降りてきた。宴は体重を感じさせない動きでふわふわと枝を蹴りながら降りてきた。


「なあ肋介、なぜ私が人混みに行くのを嫌がるのだ?」


「んー。人間がたくさんいる場所には、霊感を持ってる人間も混じってるからだ。気の良い奴もいるが、中には、異質なものを絶対に排除したがったり、研究対象として俺様たちを捕まえようとする奴もいる。お前、まだ地上に来て日が浅いだろ? 誰にも気づかれず、誰も怪我させず、うまく逃げられるか?」


「無論。全力を尽くそう」


 大真面目にうなずいた際に、宴の白銀の頭髪も揺れる。うなじにかかるワイルドなウルフカットに、粉雪を織って作ったような白い着物に同色の袴。浮世離れした白さを持つこの少年の、唯一色があるのは、友人を映す双眸の、空色。今日は曇っているため、宴の両眼も灰色がかっている。


 肋介も色白だが、色あせたようにガサガサした感じの白だった。今日は恋人が手作りした、何かのゲームの脇役として登場する武道家の衣装を着ている。彼の骨格は美しくて、よくこうしてマネキン人形にされたり、衣装で飾り付けられてしまう。これは恋人からの贈り物であり、転んでやぶけてしまっても、彼女は許してくれる。本当は破きたくない肋介だが、所用で戦闘に巻き込まれると、どうしても破損は免れなかった。


「あぁ、また枝に引っ掛けちまった」


 肋介が豪快に片腕を振って、枝から袖を取り戻す。引っかかっていた箇所が、見事に大きくやぶけてしまった。


 それを不思議そうに、宴は凝視していた。


「我々の着物は、多少の穴ならば放置しておくだけで修復するが、そなたの着物は作られたばかりの新品が多いのだな」


「ああ、まだ人間の世界から抜けきってない服ばっかりだ。何年も俺様の妖力を浴びてきた着物なら、この程度の穴、直るんだがな」


 人間からもらった道具を、人ならざるモノたちは長い間大事に保管しておき、じっくりと自分色に染めあげて、ようやっと身に付ける。しかし肋介は恋人が作ってくれた物をすぐに着るようだ。


 ふと宴の着物の下の肌に、水仙の花の黄色が見えていることに気がついた。


「お前、またその辺の縁をもらったのか」


「ん? おお、ここに来るまでに、花から言付けをもらっていたのを、すっかり失念していた。私もまだまだなのだ」


「言付け〜?」


 宴は懐あたりを片手指でこすると、指先に黄色い水仙が付着。それを肋介の、衣装の破れにぺたりと貼りつけた。孤高の武闘家の袖に一輪の花が、写実的に咲き誇る。


「花いわく、怪我に気をつけて、だと。肋介はこの森の生き物から、大切に思われているのだな」


 感心している宴をよそに、肋介は肘を曲げて袖部分の花を気にしていた。


「お前のコレ、一日しか保たないんだろ?」


「ああ、応急処置だ。明日にはその生地、少しでもそなたに馴染んで、穴も塞がればよいな」


「明日程度じゃ無理だ。少なくとも七年はいる」


「七年も大切に保管したく思う相手とな……。私は若輩者だが、肋介はそうではないのだろ? 大事な物をずっとそばに保管しておくのは、やはり、大変か?」


「そうでもねーよ、俺の身体は大勢からもらった骨でできてるが、一本も失くしたことねーな」


「そうか。よかった」


 心底安心したようにへらへら笑う宴に、肋介は若干引いていた。


「なんかお前って、この先どんどん重たいヤツに育ってく気がする」


「そうか? それは良くないことなのか?」


「わかんねーけど。墓穴に入りきらねーほど物は持っていけねーぞ」


「墓とは! 肋介は面白いことを言うのだな」


 宴が笑いだす……墓のどこがおもしろいのかと、肋介は妖怪の自身と天界の出身者の感覚の違いに、無言になった。


「そなただって、一本も失くさずに持っておるのだろ? ひとのこと言えないのだ」


「俺様は道具だけど、お前は人間ごと保管しそうなんだよ」


「そのようなこと……時と場合によるのではないか?」


「ほら~、そこだよ。俺様の目が黒いうちは、神隠しはさせねーかんな」


「うーん……わかったのだ」


 二人は宴の門限の五時まで、地元のあちこちを探検して歩いたのだった。


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