第22話   骨董屋『千里眼』①

 ラッキースポットなる骨董屋は、スミレの家と夕紅寺から離れた住宅地に、どどんと建っていた。民家と民家の間に、古民家風の二階建て。年季の入りようが一目でわかるほど、木造の壁が黒ずんでいる。


 玄関口の上には、一刀彫りの看板『千里眼』の三文字。この店が流行る前は、たまに車が通る程度の寂しい道だったのだが、現在は若い女性の長蛇の列を見ない日はない。


 女性陣は、丸めて紐でつづった掛け軸や中身のわからない古い木箱を抱えて、わくわくしている。鑑定してもらいたい、といったふうだ。


 スミレはトイ☆リンのポスターをいっぱい貼っている駄菓子屋の前を足早に通り過ぎて、列の最後尾がどこかわからない様子に、思わず眉根を寄せてため息。スミレはこの店も店員も苦手だった。


「相変わらず、すごい人気ね。まだ外は寒いのに」


 トイ☆リンといい、この店といい、その異様な人気ぶりには恐怖心すら抱いてしまう。まるでかぐや姫に求婚する貴族みたいだと思った。


 宴がきょとんとしている。


「すごい人だかりだな。ここでは骨董屋が人気を博しているのか」


「うーん、骨董よりも、店員さんが目当てで並んでる感じね。この道はいつも、車が立ち往生するほどの人だかりなのよね。交通整理してくれる人を雇うべきだと思うわ」


 しかも、ここのイケメン店員が不愛想極まりなく、どんなにお客が並んでいても、疲れたと言って突然閉店する。そこがいい、なんていう女性もいるのだから、スミレは他人の好みほど難解なものはないと、この歳で学んでしまっている。


「ここの店員さんが、ものすごいイケメンでね、テレビにも雑誌にもよく出るし、ほとんど芸能人みたいになってるのよね」


「いけめん? このように女性に愛される者を言うのか?」


「まあ、そうね、顔のイイ男の人のことよ。わたしは、あんまり好きになれないんだけどね、ぜんぜん笑わない人だし、嫌味とか、そういうのばっかりで、まともに会話のキャッチボールをしないの。子供が嫌いなのかも」


「すみれは、いけめんと話したことがあるのだな」


「あー、その、まあ、いろいろあってね……」


 言い淀むスミレに、宴のすっとした眉毛が、ちょっとだけハの字に寄った。


「ひどいことを、されたのか?」


「うーん……」


「ぶたれたのか?」


「ああ、ちがうのよ。直接的なことは、されてないんだけど……」


 宴の本気で心配しているまっすぐな瞳が、痛い。ヘンにはぐらかしていると、その後もずっと気にかけてきそうだなと思ったスミレは、周りに聞こえないよう、声をひそめた。


「うちのお母さんね、地元でも美人で評判なの。で、わたしが学校から帰ってきたある日ね、家にイケメンが上がってたことがあって。たぶん、うちのお母さん目当てで、やってきたんだって思うの。あ、すぐに帰っちゃうんだけど、その後も何度か、うちに上がってたことがあってね……」


 スミレがこの店を苦手とする最もたる理由が、それだった。駄菓子屋にポスターが貼られていようが、その店の人の自由なのだから、スミレは抗議をするべきではないと、ちゃんとわきまえている。


 だが、人当たりの良い母が一人で家にいる日を狙って、家に上がるような若い男性に、遠慮するスミレではない。母になんの用事かと質問すると、彼はイヤな顔して、いそいそと帰ってゆく。


 母には何度も、彼を家に上げないよう言い含めるのだが、スミレが忘れた頃に、また上がっている。


「うちはお父さんが留守がちだから、知らない男の人が入りびたってると、怖いのよね……。お母さんももっと警戒してくれてもいいのに、まるで親戚の男の子に会ったみたいなノリで、家に入れちゃうのよね」


「身内ではないのか?」


 とんでもない、とスミレが手を横に振った。


「あんな嫌な人、知らないわ。お母さんには微笑んでるけど、わたしのことは煙たそうにするの。お父さんにも相談したんだけど、そうか、って言うだけで新聞を読んでるの」


「不思議なヤツなのだな、そのいけめんは」


 ここまで聞いていて、不思議なヤツで片付けてしまう宴の純粋さに、スミレは驚かされた。浮気だ、とか言われたら、母の面目のために否定しようと思っていた。


「すみれ、我らも並ぶか?」


「いいえ、奥の手があるの。私に任せて。宴は、どこか目立たない所に隠れててほしいの」


「了解した」


 並ばずとも、店に入れる方法。スミレは編み出したは良いものの、実行するには罪悪感があって、よほどの緊急事態を除いて使わないようにしようと思い、現在まで一度も使用していない。


(裏口から行くってテも考えたんだけど、裏口も待ち伏せしている女の子たちでいっぱいだったのよね……)


 一度、家で忘れ物をした彼に届けようとして、裏へと回ったことがあったが、入れそうになかった。けっきょく、不本意ながら長蛇の列の仲間入りをして、もう少しで自分の番だとなったときに、急に店を閉められたことを、スミレは未だ根に持っている。


「あ、トイ☆リン!?」


 誰かの高い声が、スミレをびびらせた。忘れていた。店の店員よりも、某アイドルのほうが圧倒的知名度であることを。


「トイ☆リンだ!」

「え、なんでトイ☆リンがここにいるの!?」

「今、ライブ中だよね!?」


 タブレットを片手にした女性が、信じられない現象に遭遇したかのようなすごい顔で、早口にまくしたてた。並んでいる間、アイドルのライブ配信を観ていたようだ。


 当アイドルは十七歳というプロフィール。スミレは今年十三歳。四歳も老けているという意味に聞こえて、スミレは、目を泳がせながら、逃げだしたい気持ちに耐えた。


「あの、わたしは、別人です……」


「超可愛いいいい!! 可愛くない!? 可愛いよね」

「え、歳いくつ? どこ住んでるの?」


「地元の者です……」


 ここで微笑むぐらいの余裕があったら、スミレはこんなに悩まなかったかもしれない。同い年のアイドルに似ているのならば嬉しいのだが、四歳差というのがスミレを傷つけていた。


「え、え、なにアレなにアレ、似すぎじゃない?」

「こわい、キモーイ! マジキモイんだけど、ありえなくない!? なんであんな似てるの? 意味わかんないんだけど、チョー怪奇現象じゃん!」


 ……スミレはいたたまれなくなって、苦笑いを浮かべた。オシャレ着のスカートを片手で握りしめて、逃げだしたい気持ちに耐える。もう片方の手には、小さい鞄を持っていて、それの取っ手を握っていた。


 いったん撤退して、出直そうという甘言が頭をよぎった。


(好きで似てるわけじゃないのに……そこまで不気味がらなくっても……)


 スミレが一番傷つくのが、似すぎて怖い、似すぎてキモイと、騒がれることだった。


(トイ☆リンがいなければ、こんなこと言われずに済むのに……)


 いったん撤退を宴に提案しようとした、そのとき、宴の姿がタブレットを持つ女性陣の中に紛れている光景が視界に入って、絶句した。


「どれがトイ☆リンですか?」


 宴が敬語で教えてもらっている。タブレットを持つ女性は、画面を指で拡大してくれた。


「このよ。今、一曲終わって司会者と話してるとこ」


「おお、動いている! トイ☆リン、可愛いのだ」


 宴がにこにこしている。その何気ない誉め言葉に、スミレは大変傷ついた。頭の中で、宴がトイ☆リンを誉め称える言葉が、エコーがかってぐるぐる回る。


「う、宴……」


「お? どうしたのだ?」


 長い黒髪を春風になびかせて、棒立ちしているスミレに、宴の無邪気な声がかかる。


「そ……そ……」


「そ?」


(そんなにトイ☆リンが好きなら、その人たちといればいいじゃない!)


 という言葉は、出てこなかった。


(宴はそこでトイ☆リンのライブでも観てなさいよね!)


 という言葉も、出てこなかった。


 宴や肋介相手には、無遠慮なほどモノが言えたのだが、見知らぬ大勢の前では、かちかちに固まって何も言えない。


「う、宴は、そこにいて……」


 そのまま、ギクシャクとお店のほうへ歩いていった。横入りを警戒した長蛇の列のお客に、「配達の者ですから」と嘘ぶき、てくてくと玄関へ近づいてゆく。もう何も考えていなかった。


 単独で動いてゆく、様子のおかしいスミレに、宴がちょっと戸惑う。


「すみれ? 大丈夫か?」


 宴は周囲から和装について尋ねられては、いろいろと答えていた口を止めて、スミレに尋ねるが、返事はなかった。


「こんにちはー。母の代理で、お届けにあがりました。ご注文いただいていた品ですー」


 配達員を装っての侵入……宴はびっくりして、空色の両目をぱちくりしていた。


「おお、すみれ頭良いのだ」


※よい子とよい大人は、絶対にマネをしないでください。


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