・年越し特別編 雛緒家の年越し

 雛緒家の年越しは、すき焼きを作って食べる。いつもよりお高めなお肉をつつきながら、スミレは母と台所で歌番組を観ていた。


 年越し最後の、豪華な歌番組。まだ始まったばかりで、ちょうど審査員のメンバーが紹介されている。


「あ、お父さんが映った!」


「あら、録画できてる?」


「うん、ちゃんとセットしたわ!」


 父の書いた本が専門家から高評価を受けて以来、テレビにも呼ばれるようになり、こうして年越しや誕生日を、一緒に過ごせない日が増えていった。


 寂しくないと言えば、嘘になる。


 でも、テレビカメラを前にして緊張している身内というのは、なかなかおもしろかったりする。


 寂しさはいつの間にか、応援する気持ちに変わり、二人してテレビの中の、緊張で顔が強張こわばっている父の、燻銀な貫禄のある面立ちを見守っていた。


 特に母を喜ばせたかったスミレは、率先して録画。去年はうっかり決定ボタンを押し忘れてしまい、録画に失敗。それ以来、何度も確認するようにしている。


「今年も家族三人、いろいろあったけど、なんとか年越しを迎えられてよかったわ」


「ほんとに、いろいろあったよね。お母さんがチャリで転んで骨にヒビが入っちゃったり、お父さんが本を出してから、ファンの子が家に侵入して警察沙汰になったり、わたしを連写で盗撮したおじさんをお父さんが背負い投げしてケガさせちゃったり、家族そろってインフルエンザで入院したり、ご近所さんが無免許で何十年も運転していた軽トラが小学校の校門に突っ込んできたり、冬は、生ガキにあたったりね」


「そうね〜。スミちゃんも来年の春からは中学生! 大きくなって〜。ほんとに嬉しいわ」


「まーたトイ☆リンのニセモノだって、からかわれるんでしょうけどね……」


 不満顔で口をとがらせるスミレに、母がテレビを観ながら指差した。


「噂をすれば、トイ☆リンちゃんが出たわよ」


「えいっ」


 スミレはすかさずチャンネルを、お笑い番組に変更する。


 呆れて苦笑する母。気づかないふりをして、お肉を小鉢によそうスミレ。番組から大爆笑が響く中、もくもくと食べる。


 複雑なお年頃になってゆくスミレのことが、母はちょっと心配だったり。だが、口には出さずにおいている。


 母のスマホが鳴った。画面には、メールが一通、届いたと表示されている。


 母がスマホを手に取り、差出人を確認した。


「あら、お父さんからだわ」


「ええ!?」


 スミレがチャンネルを戻すと、誰かの曲が終わったのか、司会者が次の曲を紹介しているところだった。


 審査員である父は、映っていない。


 スミレは不満顔で母に振り向いた。


「お父さん、なんだって?」


「年越しおめでとう、ですって」


 画面を娘に見せると、心配そうな顔をされた。


「お父さんってば、テレビのお仕事中なのに、メール打って大丈夫かしら……あ、きっと、お手洗いに行ったついでに、とか?」


「なんとか時間を見つけてくれたのかもしれないわね。お父さんもすき焼きが食べたかったのかしら」


 微笑む母につられて、スミレも嬉しくなった。


 だが、このときスミレは知らなかった。メールには、時間を決めて送信する機能があり、父はテレビの撮影前にメールをセットしておいたのだった。


 去年セットし忘れて、未送信のメールがスマホに残っていたのがショックだったと、スミレの母だけに漏らしていた。


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