第17話   菫が考えた奪還作戦

 助介は口調こそ荒いものの、城山のいろいろな道や設備、建物を教えてくれた。スミレならば説明が長くなるから絶対嫌がりそうなことでも。たとえば自動販売機がどういった物なのか、その見た目は、設置された用途は、などなど、宴が口にする疑問に、助介はことごとく答えてくれた。


「お前、なんにも知らねーんだな。何しに天界から降りてきたんだよ」


「人形の修復作業と、現世の勉強のために来た。たまに学校で、日記の試験があるのだ」


「日記ぃ?」


「現世での一日を、文章で書き記す試験だ。私はお寺のことばかり書くから、次は別の場所のを書きなさいと、先生に課題を出されてしまってな」


「じゃあ、城山のを書けよ。お前なら書くこといっぱいあるだろ」


「肋介の縄張りなのに、良いのか? 助かるのだ。次の試験の心配がなくなった」


 宴は肋介よりも頭ひとつ背が低くて、髪の色も似ているためか、兄弟に見える。


(ケンカはしてないみたいね)


 少し遅くなってしまったスミレは、二人が真剣な顔でいろいろとしゃべっている姿に安堵した。


「それにしても、よ!」


 余計な仕事を増やしてくれたものだと、大きな独り言愚痴とともに、おしゃれ着の美少女が坂を駆け登ってゆく。それは大変に人目を引く光景だったが、スミレには気にしている余裕がなかった。


「お待たせ! 和尚さんに引っ越しの予定は無いそうよ。証拠も持ってきたわ」


 ジャン、と片手に持っていた黒のスマホを、どこかの紋所よろしく見せつける。

 ぽかーんとしている男子二人。


「なんだその箱。ジジイはほんとに引っ越さないんだな!?」


「疑うんなら、自分で聞いてみて」


 スミレはスマホのボタンを押したり、画面を操作する。お母さんのスマホと機種が同じだから、操作には慣れていた。


 夕紅寺の電話番号と繋いで、肋介に渡した。


『もしもし、助介くんかい?』


 小さな黒い板から、和尚さんの声が。肋介が黒目を大きくして凝視、その後、そっと板に顔を近づけた。


「ジジイ?」


『わしに何か話があるそうだね。どうかしたんだい?』


 肋介はしぶしぶ、声だけ知り合いの奇妙な板に、文句をぶちまけた。


『そうか。勘違いさせてすまなかったね』


「じゃあ、この人形を捨てたわけじゃ、なかったんだな」


『椿ちゃんを故意に捨てることは、絶対に無いよ』


「なーんだ。段ボールなんか運んでるし、大事にしてた古い本も、人にあげてたから、てっきり引っ越すのかと」


『ハハハ、助介くんは寂しがりやだね』


「バ、べつに寂しくねーし! ジジイがあの寺を捨てるのが許せなかっただけだし!」


『ハハハ、跡継ぎなら息子がなってるから、当分は心配いらないよ』


 電話越しにケンカする肋介と、不安がる孫をなだめるような和尚さんの、ほがらかなやり取り。丸く治まりそうな予感に、スミレが宴に耳打ちした。


「夕紅寺のこと、すっごく心配してる子なのね」


「そのようだな。誤解が解けて、よかったのだ」


 うまく電話が切れなくて、肋介が悪戦苦闘していると、和尚さん側から切ってくれた。うんともすんとも言わなくなったスマホに眉毛を寄せ、肋介はスミレにスマホを投げてよこした。


「ちょっと! 借り物なんだから、丁寧に扱って」


「知るか」


 上手く受け取れたからよかったものの、これは和尚さんの仕事の連絡先がたくさん入っている大事な物なのだ、壊してしまったら大変だ。

 次からは彼らに手渡さないように、スピーカーで話してもらおうと思った。


「さあ椿ちゃんを返して」


 すると肋介はムスッとした顔で、そっぽを向いた。宴が「では外すのだ」と言って、勝手に肋介の背中の、その髪の毛に結びつけられていた椿を、丁寧に取り外した。


 そしてスミレの腕の中に戻してくれた。スミレは椿がどこも破損していないかと、あちこち触診して確認、無事に戻ってきた友達を抱きしめた。


「あ〜よかった〜」


「お前ら、これからどこ行くんだよ」


「城山の稲荷神社よ。そこで聞きたいお話があるの」


「俺様も一緒に付いてってやる」


「ええ? なんで?」


 これでお別れかと思っていただけに、スミレの口からなんの遠慮もなく疑問が出た。


 そして肋介は、相手の態度に細かい配慮など無い性格。腰に両手をあてて肋骨を張る。


「ここから先は俺様の縄張りだからに決まってんだろーが! 勝手なマネしたらぶっ殺すかんな」


「なによもう、勝手にしたらいいわ。行きましょ、宴」


「ふふ、すみれはなかなか肝が座っているのだ」


 なんでか宴に安心されて、ちょっと複雑な気分になるスミレ。本音を言えば、体の大半の骨が見えるほどズル剥けの少年と歩くなんて、宴がいなければ絶対に耐えられない状況である。


(わたしはあなたが思ってるより、ずっとか弱いんだけど)


 今後も「すみれならば大丈夫なのだ」という軽いノリで、いろんな事件に巻き込まれるのではないかと、早くも不安になるのだった。



 そしてその不安というものは、遠い将来の話でもなんでもない事で湧き上がる感情なのだと、スミレは気付いてしまった。


 坂を登ってゆくトラックが、道のド真ん中を歩く肋介にクラクションを鳴らし、さらに宴が肋介を説得して、歩道寄りを歩かせる姿を目撃してしまったから。


「ねえ、ちょっと待って、あなたたちの姿って今、みんなに見えてるのよね」


 前を行く男子二人が、きょとんとした顔で振り向いた。


「そのようだな」


 返事をした宴の格好はともかく、骨を露出した大問題児が今、ここにいる。


「肋介くん、服の前をしめて」


「あ? なんでたよ」


「その丸出しの肋骨が、城山を恐怖におとしいれちゃうからよ。椿ちゃんの近くにいると、だれでもあなたの姿が見えるようになるの」


「そう言えば、何人か人間が悲鳴上げて逃げてったな」


 すでに被害者が出ていた。


「肋介くん、前をしめてくれたら、付いてきてくれて大丈夫よ」


「なんで俺様に指図すんだよ」


 話が通じない。肋介は会話の流れを察するよりも、自分の好き嫌いを優先してしゃべるようだ。


「肋介、その召し物は、前がしめられないのか?」


 宴が尋ねると、肋介が警官の制服の胸あたりをつまみ上げて見せた。


「ボタン、取れちまったんだよ。あいつが安物の糸なんか使うせいだ。俺様のせいじゃねー」


「すみれ、何か留める物はないだろうか」


 困り顔の宴に訊かれて、え、とスミレはたじろいだ。安全ピンや大きめのクリップは、スミレが肩にかけている小さな鞄の中には無い。


 これ以上、肋介と口論なんてうんざりなスミレは、迷った末に、前髪を留めていた真珠のヘアピンを、取り外して渡した。


「これ、くさないでね。大事な物だから」


 城山の稲荷神社に行くまでの道のり、その間だけ、貸してあげることにした。


 肋介は不器用なのか、ほとんど意味をなさない箇所で留めたので、宴が「こっちにしたら、格好が良い」と言って、着物のように左前で留めてくれた。


 さっきから宴が肋介の世話を焼いていて、ちょっと面白くないスミレである。


 そうこうしている間に、椿がスミレの腕の中でジタバタと、活きの良いサカナのようになった。


「うわっマジで動いてる。キモ」


 友達をキモいなんて言われて、コスプレガイコツよりマシよ、とスミレは反論しかけたが、やめにした。


 代わりに、肩に下げた鞄から、虹色のラメが入ったクリアピンクの紐を取り出してみせる。


「ふふー、お寺に戻るついでに、家に寄って秘密兵器を持ってきたのよ」


「おお、虹の砂子すなごが混ざっているのだ」


「わたしが幼稚園のときに使ってたカバンのヒモよ。キレイだから、取っておいたのよね」


 椿にたすき掛けして結んだ。その紐のはじっこを、スミレが持つ。


「さあ椿ちゃん、もう一人で行っちゃダメだからね?」


 椿は地面に足がつくと走りだしたが、スミレが手綱をって引き留めた。椿が前のめりに倒れそうになっても、紐を両手で持って器用に角度をつけて、顔面からガシャンと行く前に引っ張り上げた。


「どう? これなら椿ちゃんが転んだり、行方不明になるのを防げるでしょ」


 和服人形に紐をつけて走らせるという、異様な状況でも気にせずスミレがはしゃいでいる。


 その様子に、宴が引いていた。


「このような状態で、外に出ても良いのか?」


「あら大丈夫よ。抱っこヒモってことにしておけば」


 スミレは抱っこ紐を勘違いしていた。


 椿はスミレの膝小僧にぎりぎり届かない程度の身長しかない。そして白塗りの美麗な顔立ちは、とても幼児には見えない。これはこれで奇異な光景では、と宴が心配した。


「ごまかせるだろうか……」


 ドン引きする宴への返事はなく、すでにスミレは椿に引っ張られて、先を行っていた。


「宴ー! 早くー!」


 さっき走って坂を上ってきたのに、もう背中が小さくなっている。


「ヘンな女」


「ははは……すみれ元気なのだ」


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