第9話   白色のもふもふ

「すごい悲鳴が聞こえてくるから、ひょっとするとコレは~良いモノが拝めるんじゃないかなぁ、なんて思ってたけれど、違ったね」


 はっはっは、と己のセクハラ発言に腹をゆする和尚さん。狐たちが駆け寄り、その白い毛並みの頭を二つ、なでろとばかりにさっと突き出す。和尚さんは膝を折り、しわだらけの手で狐たちをなでた。


「こんにちは、白狐びゃっこ様。お元気ですかな?」

「もう夕方じゃぞ」

「そうじゃ、こんばんはじゃぞ、鷹次郎たかじろう


 和尚さんと狐というより、飼い主とサモエド犬のように見える。


「和尚さん、良いモノってどういう意味?」


 スミレは言われた意味がよくわからないまま、よだれでべったべたの手をポケットティッシュで拭いていた。


 宴は辺りをきょろきょろしており、良いモノとは何か探している。


 しゃべる狐たちを見ても、スミレが特に驚く様子もなくティッシュをポケットに片付けているので、和尚さんが太いげじげじ眉毛を跳ね上げた。


「菫ちゃん、このお狐さんたちも見えるのかい?」


「あ、はい。和尚さんは、とっくに知り合いみたいな感じなんですね」


 スミレからすれば、和尚さんこそ驚いていないことに驚きだった。


 和尚さんは神社の賽銭箱の前で、膝をかかえてうずくまる椿を発見して、一人で納得した。


「やっぱり、菫ちゃんに霊感をあげてるのは椿ちゃんかもしれないな」


「え? どういうことですか?」


「あのね、じつは菫ちゃんが小さな頃からずっと、お狐さんは、動いてたし、しゃべってたんだよ。菫ちゃんにも、よく声をかけてくれてたんだ」


「そんな。狐さんが動いてるのは、今日初めて見たんですけど」


「ふふ、きっと椿ちゃんがそばにいると、菫ちゃんにもいろいろな景色が見えるようになるんだね」


 そうなの? と、スミレが椿に振り向いた。椿はちょっと顔を上げたが、辺りを見回すと、また膝に顔をうずめてしまった。


「それで、そのランドセルと、そこで座ってる椿ちゃんはどうしたんだい?」


「あ、そうだった! 和尚さん、椿ちゃんが勝手に動き回って、困ってるの。さっきも自分で走っていって、自分からあそこに座りこんじゃって、私も宴も、どうしたらいいのか、わからなくて」


 スミレは自分で言っていて、正気を疑うような発言だなぁと、眉毛がハの字になった。


(やっぱり動くのか……困ったなぁ)


 動くのがわかっていて預けていたなんて、言えない。「それは妙だねー」と初耳のような顔してうなずく。


「和尚様にもわからないのか」


 では、と宴は狐たちにしゃがみこんだ。


「白狐様、椿が突然、自立して走るようになったのだ。その原因に、何か思い当たる事があれば教えていただきたい」


「ふむ……椿のことか」


「ふむぅ……椿がたまに動くという話は、我らも耳にしておるが、原因となるとのう……」


 右に左に、こてんこてんと小首を傾げる狐二体。そして同時に、ハッと耳をピンと立てた。


城山しろやまの半ばに建つ、稲荷神社の白狐ならば、何かわかるかもしれんな」


「左様。我らのやしろよりもほんの少ーし先に建てられた故、高き城山からふもとの様子を眺めて長かろう。我らよりも物知りやもしれぬぞ?」


 城山の半ばには、たしかに稲荷神社があるのをスミレは知っていた。幼稚園の頃から母といっしょに、たまに城山へと登っている。


 幼い頃は木の実集めのため、そして今は、体型維持のために。


「ちょっと歩くけど、すぐに行けない距離じゃないわ。さっそく行ってみましょ! あ、宴の門限って五時だったかしら、ぎりぎり行けそうね」


 慣れっこの場所を示唆しさされて、スミレが張り切っている。


「今から城山に行ったら、帰るとき暗くなっちゃうよ。今日はやめておこうか。ありがとうね、二人とも」


「ええ~? ちょっとぐらい暗くなっても、平気よ?」


「ダメダメ。夕方から入ると、帰る頃には真っ暗になってるのが山の怖いところだよ。ヘンな人が山でじっと隠れてても、薄暗いとわからないからね、朝かお昼に入ろうね」


 スミレがまだ不満そうにしている。きっと夕方の山へ近づいたことがないのだろうと和尚さんは思ったが、では実践というわけにもいかない。


「そうだわ、和尚さん、わたしと宴がいっしょに行けばいいのよ。それなら危なくないでしょ?」


 提案するスミレの前に、二体の狐が通せん坊するように立ちはだかった。


黄昏時たそがれどきに山に入ってはならぬ」


「左様。転んでひざ小僧をすりむいたり、トゲが刺さったりして、危ないのじゃぞ」


「残りの一時間、儂らをもふもふすることに使え」


「そうじゃそうじゃ、それが良い」


 大きな体でごて~んと寝ころぶ二体。背中を石畳にすりすりさせて、前足をぴょこぴょこさせながら、大はしゃぎで身をくねらせる。


「ほれ、はよはよ~。日頃多くを見守る我らを労らぬか~」


「はよはよはよ~」


 幼い頃からなじみのある稲荷神社の、御使いからの頼み、というか指令。目の前でごろごろしながらお腹を出して待っている二体を、放置できるほど神経の太い者はこの場にいなかった。


 しぶしぶと膝を折る三人だったが、手の指が隠れて見えなくなるほどふわふわした毛並みに、瞬く間に場の空気がなごんだ。


 スミレも最初は、おそるおそる手を伸ばしていたが、狐たちが噛んだり飛びついてくる素振りを見せないので、じょじょに笑顔が戻ってきた。


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