第4章   写真の写り具合は……?

 スミレはとっさに宴を見上げそうになる自分を、慌てて押さえた。


(宴の姿って、みんなには見えないんじゃ……ど、どうしよう)


 不自然に見えないように、スミレは背筋をのばして、一人で歩いているように、体の向きをまっすぐに向けた。


 しかし、その腕に古風な人形を大事に抱えている時点で、たいがいの人の目には不自然に見えるだろう。残念なことに、それを彼女に指摘してくれる人はいない。


 自撮りが落ち着いてきた女性二人が、前方から歩いてくるスミレと宴の容姿に、一瞬で惚れこんだ。「すみませーん!」と、すぐに二人に駆け寄る。


「あの! いっしょに写真、いいですか!?」


「って、あれ!? なんかめっちゃトイ★リンに似てない!? 可愛い~!! そのお人形も、すっごく可愛い! え〜あたしも欲しい〜」


 感激している女性の声に、スミレが緊張で固まってしまった。


(わたしはトイ★リンみたいに明るくないし、話すのも上手じゃないし、受け答えもうまくできないわ。わたしと話した人は、きっとみんな、がっかりするのよ……)


 トイ★リンがデビューしたのは去年の今頃だった。全身からあふれ出る、活発でハピネスで小悪魔的なカリスマオーラは、瞬く間にお茶の間の大勢を虜にし、そしてスミレの日常が、暗くなった。


 何をやるにもトイ★リンと比べられた。家でも、学校でも、スミレ自身も、トイ★リンと比べて勝てた事がなかった。トイ★リンは芸能界で輝き、スミレは、どんどん自分が影のようになってゆく気がした。きっと中学校生活も、そんな日々で、うんざりする……そう思っていた――宴と出会うまでは。


(トイ★リンの所属する芸能事務所は、恋愛禁止なの! だから、彼氏がいるわたしの勝利よ!)


 他者からは共感の得難い独自ルールにより勝利した少女は、でも恥ずかしいから写真はお断りしようと思った。一年間、トイ★リン似であるせいで抱き続けた劣等感は、短時間で消えるものではなかった。


 それでも、体の緊張は解けてきた。スミレは深呼吸する。


(かまずに、ちゃんとお姉さんたちと話そう……)


 こんなときに、スミレの腕の中の椿つばきが、じたばたし始めた。


(え……? ちょ、ちょっと待って! ええ!? まさか、椿ちゃん動いてるの!?)


 大変だ。落としたら椿が大破してしまうし、目の前にはスマホを構えて待っている女性がいるし、となりの宴は、きょとんとしているし。


(宴がだれにも見えないのなら、ここはわたし一人で乗り切るしかない!)


 腹をくくったスミレは、ぐずる赤ちゃんをなだめるように、椿の背中をさすりながら、ぎゅっと抱きしめて固定した。


「あ、あの、お写真は、ちょっと、ごめんなさい」


 スミレは勇気を振り絞って、頭を下げた。


 するとお姉さんのうちの片方が、宴の性別に気付いて声を上げた。


「今、男の子と歩いてるじゃない。恥ずかしいのよ」


「あ、そっか、ごめん空気読めなくて」


 相方のお姉さんが、構えていたスマホをおろした。でもまた構えだす。


「ねえきみ、ステキな着物だね。コスプレとか? 和装キャラ増えたもんね」


「こすぷりぇー?」


「ねえ、きみは、お写真いい?」


「ちょっと、あんた、無遠慮よ」


 片方のお姉さんに指摘されても、どうしても諦めきれない。


「ね、ね、いいでしょ? お願いお願い!」


「しゃしん?」


 なぜ宴が周囲にも見えているのか、とにかく宴を隠さねばとスミレは焦った。


「すみません、この子、日本に来たばっかりで、言葉がわからないんです」


「え? 外国の子なの?」


「そうなんです。あの、お写真は、その、ほんとにごめんなさい」


 再度深く頭を下げるスミレの、長い髪が勢いよく肩からすべり下りる。


 わかったー、と女性二人は苦笑を浮かべた。


「無理言ってごめんねー」


「しつこかったわよね、ごめんね、怖がらせて」


 話せばわかる人たちでよかったと、スミレはほっとして顔を上げたのだった。




 しかし、お姉さんのうちの片方は、記念日に何かを絶対に残しておきたい性格だった。


「さっきの二人、逃すの惜しいよー。すっごく可愛いんだもん」


「ちょ、ちょっと、隠し撮りになるからやめなって」


「いいじゃん、後ろ姿だけだし。顔が映ってないから、誰だかわからないって」


 自撮り棒を外して、両手でスマホを構える。

 遠ざかってゆく少年と少女の背中を、画面に入れて一枚カシャリ。すぐさま出来映えを確認する。


「あれ? 女の子しか写ってない。しかもめっちゃぶれてるー」


「被写体が遠いんじゃない? それか、相手が歩いてるからとか」


「えー、この程度の距離だったらばっちり映るのに……」


 スマホ越しからスミレたちを見ても、なんだかピントがぼやぼやし始めて、どんどん曇ってゆく。


「おかしいなぁ、ねえ、今度はあんたが撮ってよ」


「はー? なんであたしが……もう、しょうがないな。それ貸して」


 差し出された手に、スマホの画面を見ながらお姉さんは首を横に振った。


「うちのスマホがボロいせいかも。きっとあんたの新しいのなら撮れるって」


「はー? あたしのでやれって?」


 もー、と言いつつ、自前のスマホを準備して、すごく適当にスミレと宴の背中を撮影した。

 通りすがりの少女の、ぶれた背中という、なんのおもしろみもない写真が、画面に表示された。


「あれ? ほんとだ、なんで男の子だけ撮れないんだろ」


 新しいスマホの、いろいろなアプリを起動して、去ってゆく小さな背中二つを撮影してゆく。


 だが、何度やっても写真はぶれて、着物の少年だけが撮れなかった……。


 二人は互いの顔を見合わせると、不気味な写真データを無言で削除していったのだった。


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