第39話 3対10000

「え……?」

 目の前の光景に唖然とする。



「これって……」

 機械の身体。

 人間じゃない。


「見ましたね。お客様」

 メイド服を着た黒髪の女性は、ゆらりと体を起こす。


 不穏な空気が店内を支配する。

「なぜ、そんな躊躇するのですか? 私達はみんな人造人間。そんなに驚く必要がありません」

 やばい。

 これは。


 野性の勘が逃げろと言っている。

「貴方達はもしかして――――」

 心臓の鼓動が速くなる。


 彼女の整った顔が険しくなっていく。

「…………人間。なのですね」

 彼女がその言葉を放った瞬間、強烈な覇気を感じた。


 体中が総毛立った。


「二人とも、逃げるよ」

 先に動いたのは私達だった。


 おねぇは私とギルの手首を掴んで、出口まで一直線に走り抜ける。

 扉を開け、道沿いに走る。


 後ろから、

「標的確認。シンクロ完了。今から、あの敵を排除します」

 という女性の人の声が聞えて来た。


 走ると、色んな所から声が聞えて来た。

 それは四方八方から隙間なく。


 呪いを受けているかのように――――。

「マテ」

「ニガサナイ」

「ゼッタイニ、ニガサナイ」

「ドコへイク」

「ドコニイク」


 まるで、亡霊化のような薄気味悪い声が聞えて来る。

 外にいる人だ。


 俺たちにゆっくりと近づいてくる。


「これって……」

「近づくんじゃない。彼らも人間じゃない。捕まったら、何をされるのか分からないぞ。今は、とにかく逃げた方が良い」

 逃げる……とは言うけれど、この国の国民全員が人間ではないのなら、それはほぼ不可能に近いのでは?


 この国は既に牢屋と、檻と化している。

 人間ではとても住むことが出来ないだろう。

 彼ら人工知能だからこそ、出来ることなのかもしれない。


「早く!! 走れ! このままだと捕まっちまうぞ!!」

 水道管を伝って屋根に上り、屋根から屋根へと飛び移る。


 これくらい冒険者に成り立てなら出来ないと。

 下を向くと、わらわらとニセ人間たちが私達の足元に群がって来ている。

 正直、あれだ。

 ホラーだこれは。


「取り敢えず、この国の端の方まで行きましょう」

「そうだな。それが一番良い」

 屋根から屋根へと飛び移る。


「因みに、この国の人口って何人くらいなの?」

「そうだな。人間が約七千人くらいって聞いたが、そいつらは恐らく生きてはいないだろうな。人間として。それと純粋な人工知能と合わせて大体一万人くらいじゃないのか。俺もそんなに詳しくは知らないけれどな」


 一万人……。

 そりゃ、やばいね。


 私達は屋根から屋根へと飛び移る。

 と、すると、後ろの方から機械音が聞えて来た。


 後ろを向くと、機械化した人間たちが私達の方へ向かって来ているではないか。

 このままでは本当に捕まってしまう。

 どうにかこの状況を打破しないと、私達が危ない目遭ってしまう。


 最前を行くギルが声をかける

「良いか。順番に見て回るぞ。敵の攻撃があるかもしれないから、そのときは俺達三人でどうにかするしかないっす」

「そうね。取り敢えず、逃げ道を見つけないとね」

「ああ。そうだ。この勝負、逃げ道を見つけられるかどうかが鍵となる。逃げ道を見つけられたら俺たちの勝ち。逆に逃げ道を見つけられなかったら、その時点で俺達の負けだ。良いな」

「ええ。分かっているわ」


 周囲を見渡して見る限りは私達に逃げ道は無い。

 でも、細かいところは分からないから、そこを何とかすれば……。


「究極の鬼ごっこっすね」

 ギルが呟く。


 ビュン、と何かが空を切る音がしたかと思うと、ワイヤーが壁に張り付いているのが見えた。

「な……」

 右を振り向いたら、機械人形の一人がワイヤーを伝って空中を走って来ているのが見えた。

 彼は拳を振う。


 部屋を踏み場に空中へジャンプ。

 一回転、二回転し、後頭部に蹴りの一撃をくらわす。

 人間とは少し異なる硬い感触が伝わって来た。


 彼の身体は壁の方へ一直線に飛んで行った。

 が、彼は体勢を立て直して両足を壁に着地させた。


 身体機能を向上させているようだ。


「うらぁ!!」

 上空から咆哮。


 上を見上げると、右手の掌を私の方に向けていた。

 右手には何やら真っ赤なエネルギーが――――熱が集まっている。


 これはやばい。

 大技が来る。


 私の直感がそう知らせている。

 やれるかどうか分からないけれど……。


 敵との距離は数メートル。

 両足に力を込めて――――。


 跳躍。


 同時に腰の剣に両手を沿えて深い、深い深呼吸をする。


 ――――抜刀。


 その瞬間、敵の右掌が煌めく。

 熱の光と剣閃が交差する。


 右手は切り落とされ、熱光線は不発。

 そう認識した瞬間、両手の軌道を変え、敵の首を切り落とし、右足で地面に叩きつけた。

 敵の胴体は重力に従って、剛球の如く落下していき屋根を貫通した。


 これでおちおち安心してはいられない。

 敵の数の方が圧倒的だ。このままでは捕まってしまう。


 と、その時、首筋を何かに掴まれる感触がした。

「やば……」

 野性の勘が危険信号出したが、時はもう既に遅かった。


 私の身体は勢いよく空を貫き、地面に顔面を叩きつけられた。

「ぐふ……」


 やばい。

 捕まっちゃった。


 他の二人は……。

 確認しようにも手段がない。


「お前らダナ。ニンゲンノ侵入者ハ。ユルサヌ。人間の侵入はこの国ノ重罪に値スル」

 もう一度頭を地面にたたきつけられた。


 黒い視界広がっていく。

 このままでは……。


「おねぇ……」

 姉を呼んだが、その声は誰にも届かず、儚く空気中に消散していった。

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ポラリスへの片道切符 阿賀沢 隼尾 @okhamu

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