第35話 とある男の戦争記_2
正直、中々釣れなかった。
まぁ、この川に魚がそんなにいないというのが一つの原因としてあるんだろうけど。
「中々釣れないね」
「そうだね。中々釣れないねぇ」
清涼感のある森の空気が鼻の中に入り、吸い込まれていく。
『森』を感じている。
今、俺は『森』を感じている。
釣りに集中しているせいもあるだろうけど、鳥の囀りや草木の囁きが良く耳に入って来る。
五感がクリアになっている。
研ぎ澄まされている。
ナイフのように。
鋭利な刃で斬りつけられるような感覚。
ひんやりと冷たい感覚。
僅かな揺れを指に感じた。
今……!!
竿を引く。
すると、水中から魚が現れた。
白銀色の腸と、吹き上げられた水飛沫が太陽の光に照らされた。
結構、大きい。
ダイナミックな瞬間だった。
「生きる」ことを生身で感じることができたような気がした。
「やった!! 釣れた!! 釣れたよ」
「本当に!?」
早速、俺たちはその魚を焼いて食べることにした。
バーベキュー用の道具を持ってきて、火をつけて魚を焼く。
「う、お、おいしそう!!」
「ね!! おいしそうだね!」
私たちは、まるまると焼けた魚を二人で交互に食べ合った。
白身のさっぱりとした味。
後味が全くなく、すっきりする。
「うっ、あっふ」
彼女は手足をばたばたとバタつかせて口をあふあふさせる。
「んっ~~~~!!」
顔を紅くさせる。
「美味しいね!!」
「うん!! 美味しいよ」
俺と彼女は交互に魚を食べた。
「いや~~。美味しかったね」
「うん。美味しかった」
片付けようとした時、背筋に何か冷たいものが走った。
背筋が凍った。
嫌な予感だ。
『悪』がこちらに向かって来ている。
「アリス……」
「うん。私も。私も感じたよ」
森の奥の方。
隣の村からだ。
それもかなりの量だ。
「アリス。行くよ」
「もちろん!!」
鬱蒼とした茂みの中をかいくぐって俺とアリスはその『悪』に近づく。
『悪』の気配がどんどん近づいてくる。
胸が苦しい。
吐き気がする。
「いたよ」
前方を見ると、『悪』の気配を発していた根源が前進。
いや、行進していた。
どす黒いオーラをその身に纏っている。
全身は黒や紫などの暗い色の肌に覆われている。
一見、
頭に生えた二本の角。
それに、牛色にはよく分からない尻尾が付いている。
何なんだこいつらは。
彼らの周りには獣が歩いていた。
でも、どう考えても様子が変だ。
これは、俺の勘に過ぎないけれど……。
一人の『人間』が言葉を発した。
「あと少しです。本当にここから征服をしてよろしかったのでしょうか?」
「よろしいに決まっているだろう。弱いところから攻めていかねばならない。そこから仲間を増やすのだ。まずはそこからだ。仲間を増やして、そこから都市圏を狙う。それが我々の計画だからな」
「なるほど」
やばい。
こいつらは何かがやばい。
――――雰囲気。
――――纏っているオーラ。
――――魔力。
全てだ。
逃げなくちゃ。
早くみんなに知らせなくちゃ。
アリスの手を握って逃げようとした。
が、彼女は一向に動こうとしない。
「アリス。逃げろ。村のみんなに知らせるんだ。魔物が攻めてきているって」
が、アリスは動く素振りすら見せない。
「……アリス!!」
彼女の顔を覗く。
口は半開きになっており、目も大きく見開かれている。
「っ……」
握った手が小刻みに震えている。
「くそっ」
彼女の両足と腰を両手で支える。
所謂、お嬢様だっこというやつだ。
「ちょっと。何してんの!?」
「逃げるんだよ。ここから」
「も、もうっ!! 放してよ」
お互いに言い争っていると、敵に見つかってしまった。
やばい。
「ほらっ。お前がさっさと逃げないから」
「わ、私のせいなの!?」
「そうだよ。お前のせいだよ」
「むうっ」
「取り敢えず、今は逃げるぞ」
アリスの手を握って走り出した。
これで逃げ切れるかどうかは分からないけれど。
「おい。あそこに人間がいるぞ」
「本当だ。捕まえろ!!」
やばい。
見つかってしまった。
くそ。
後ろを振り向くと、数人の化け物がこっちに向かって走って来ていた。
うわぁ。
こわっ。
とにかく、逃げないと。
あそこを使うしかないのか。
「アリス。あそこを使うよ」
「あそこってあそこのこと?」
「そこ以外のどこがあるの?」
「わ、分かった。気を付けて」
「分かってるよ」
先程の河原に出る。
小石のせいで走りにくい。
でも、今はそんな事を言っているような暇はない。
敵はまだ追ってきている。
くそ。
「あ、あった」
赤いリボンを付けた一本の木を見つけた。
「入るよ。何処に何があるのか覚えてる?」
「うん。もちろん覚えているよ」
「よし」
赤いリボンが付いた木の横を通り過ぎる。
ここからは慎重に行かないと。
自分たちが罠に引っかかることになってしまう。
ここから先は、俺とアリスで作った罠がそこらかしこに仕掛けてある領域。
ここを俺達は《トラップゾーン》と呼んでいる。
まぁ、子供だましみたいなものだけれど、結構本格的なものもある。
上手く敵が引っかかってくれたら良いんだけれど。
心の中でそう祈りながら、森の中を走る。
左手には、大木の幹が落ちてくるトラップ。
落とし穴。
動物に使う罠等々。
大丈夫。何処に何が置いてあるのかきちんと覚えている。
振り向くと、やはり敵がこっちに向かって走って来ていた。
よし。
行ける。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「な、なんじゃこりゃ!!」
後方から悲鳴が聞こえる。
よしよし。
仕掛けておいた罠はきちんと作動しているようだ。
このまま上手くいけば良いのだが。
先程とは打って変わって、鳥の声が悲鳴にしか聞こえない。
森の騒めきが発狂にしか聞こえない。
とにかく逃げなくちゃ。
「くそ。このガキ。待て!!」
くそ。
やられてしまう。
このままでは。
くそ。
近づいてくる。
このままではやられてしまう。
「アリス。魔法を使える?」
意外そうな声で彼女は聞き返してきた。
「使えるけど、何で?」
「あれを使おう」
「あれって……。でも、かなり危険だよ。良いの?」
「こんな状況でそんなことを言ってられない。だから……」
「分かったわ」
アリスの小さな手に魔法陣が描かれる。
「光の根源たる火よ。我に力を与え給え」
魔法陣が消え、掌に小さな火の玉が現れた。
「どの木に向かってやるかは分かっている?」
「分かっているわよ。えいっ!!」
後ろにあるとある気に向かってその火の玉を放った。
ボウッ、と言う音がしたかと思うと、業火が周囲の木々を紅く照らした。
火炎は追ってくる敵を覆う。
炎の盾だ。
「よし。上手くいったな」
「うん!!」
燃えている所には、可燃性の液体をまき散らしている。
その周囲には、燃えにくい物や木々に火耐性の魔術を施しているんだけれど。
このまま逃げ切れるか。
とにかく走れ。
走らないと殺される(かもしれない)。
森の葉と葉の間から太陽の光が射し込む。
農園が、畑が見える。
俺たちの故郷だ。
これでみんなに知らせることが出来る。
内心、少しほっとした。
「見えてきたよ」
「うん!!」
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