第34話とある男の戦争記_1

とある田舎に赤子が生まれた。

 本当に小さな村で、人口は20人前後だった。


 その少年が生まれる前、その子の母親は何やら変な夢を見たという。


 四人の天使が母親の上を円を描きながら飛んでいる。

 背中に羽の生えた美しい子供がその母親に語り掛けた。

「マーテルよ。其方がその身に宿す赤子は、天使会談によって、大天使ガブリエル様のご加護を受けた。今から十五年後、この生命の大地は破壊の危機にさらされる。これは予言ではない。運命だ。そなたの子は《英雄》となるのだ。この世界を救う英雄に。親にとっては光栄なことだろう。人類の救済者でもある。その《運命の時》が来るまでその子をしっかりと見守っておいておくれ」

「は、はい!!」

 母親は突然のことで、頭が混乱していた。

 何も言葉を発することが出来ず、その夢は儚く散ってしまった。


 その日、夢の中の天使(?)が言っていたように、男の子が生まれた。

 元気な男の子だ。


 両親はその男の子の名前をフィリウス・デイと名付けた。


 占いでそう名付けろと出たのだ。

 そう名付ける他あるまい。


 二人はフィリウスを大切に育てた。

 フィリウスは元気に育った。

 彼はすくすくと成長をした。


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 友達も沢山出来、魔法の才能にも恵まれた。

 そして、可愛い幼馴染もできた。


「フィリー!! 一緒に遊ぼ!」

 毎朝、朝ごはんを食べ終わった頃、彼女はやって来る。

「アリス!!」


 玄関の扉を開ける。

 陽光に照らされて、彼女の後ろに結ばれた金髪が稲のような輝きを放つ。

 乳白色の肌に端正な童顔。

 ぱっちりとしたエメラルドグリーンの瞳が開かれ、小さな桜色の唇の間からうっすらと白い小さな歯が見える。


 短めの薄緑色のスカート。

 フリルの付いたパフスリーブのブラウスの上に、薄緑色と深緑色が配色されているノースリーブの胴衣を着ている。

 紐を縛っているせいで、彼女の細い腰のラインがはっきりと見える。


 彼女の唇がぷるんと揺れる。

「ほら、今日も森に行こうよ!!」


「あら、アリスちゃん」

「あ。フィリウスの所のお母さん。これ、ウチの両親からです。みなさんでどうぞって」


 アリスの両手には、バスケットが握られていた。

「あ、ありとうね。いつも。アリスちゃんの所の野菜はいつも美味しいわ。有難く貰っておくわね」

「はい!」

 アリスはお母さんに野菜を渡す。

「ほんと、今回のもおいしそうね」


「それじゃ、二人とも遊んでらっしゃい」

「はーい!! 行ってきます」



 野菜畑や畑を通り抜け、森へと向かう。

「今日は何をしようか」

「そうね。秘密基地にいきましょうよ」

「秘密基地か。そういえば最近行ってない気がするな」

「でしょ? だから、行こうよ」

「そうだね。行ってみよう」


 ――――秘密基地。

 それは、僕とアリスの二人だけの秘密の場所だ。

 たった二人だけの。


 森の中には、僕たちが見つけた川があって、そこに小さな穴倉がある。

 恐らく、昔なんかの動物か魔獣の住処だったのだろうけれど、今は何も無い。

 結構浅いところまでしかないけど。


 町とその秘密基地からはそうそう離れていない。


 僕とアリスは森の中へと吸い込まれていった。

 相変わらずだな。

 この森は。


 清涼と、凛とした空気が美味しい。

 鳥の囀りと草木の囁きが耳を癒してくれる。


 獣道をまっすぐ行って、少し道に外れた森の中を進むと、川辺が現れた。

 白い石が地面一杯に広がっている。


 その間を、一線の水が流れる。

 透明な水だ。


 その中に陶器のような真っ白い石が幾重も重なっている。

 そんなに深くはない。


 川辺の反対側には大きな崖が立ちはだかっている。

 その一部に漆黒の穴が空いていた。


 黒い穴だ。


 そこが俺たちの秘密基地だ。


 川の水に足を入れる。

 ポチャ、と水が跳ねる音。


 ひんやりとした水が足を刺激し、冷たくする。


 気持ちいい。


「やっぱりここの川の水気持ちいいね!」

「ね!! 気持ちいい!! ずっと浸かっていたいね」

「そうだね。浸かっていたいね。それじゃ、今日は水遊びでもする?」

「水遊び!! 良いね。そうしよう」


 ぱしゃぱしゃと水音を立てて僕とアリスは遊ぶ。

 いつもの僕たちの光景だ。


「キャッ。冷たい」

「ははっ。ほうらっ」

 水面の水を両手ですくい上げてアリスに掛ける。


 太陽の光に照らされた水はアリスの方に向かって行った。

「うひゃ~~~~! 冷たい!」

 彼女は両手を体で覆って隠す。


「もう。フィリ―ってば」

 バチャバチャ。

「うわっ!!」

 水を掛けられてしまった。

 仕返しをされてしまった。


「この。やったなぁ」

 こちらも水を掛けて反撃に出る。

 という事を俺たちは暫く繰り返していた。


「ぷはぁ。気持ちよかった。もう、服びしょびしょだよ」

「そ、そうだね」

 彼女のブラウスが透けている。


 そっと、視線を逸らす。

「ねぇ。何で目を合わしてくれないの?」

「そ、それは……」

 やばい。

 真面目に。


 目のやり場に困る。

 顔もどんどん赤くなってくるし。


 どうしよう。


「ねぇねぇ。顔も赤いよ。ていうか、真っ赤だよ? 大丈夫?」

「大丈夫だ。放っておいてくれ」

「ええええ。駄目だよ。何で恥ずかしがってるの?」

「べ、別に恥ずかしがってないよ。普通だよ」

「いや、赤いよ。真っ赤だよ。リンゴみたいに真っ赤だよ。ねぇねぇ。どうして? なんで?」


「し、知らないって」

 彼女を無視して秘密基地の所まで行く。


 基地には色んなものがある。

 釣り竿、テーブル、虫取り網、魔術書、ランプ等々。


 特に、俺が気に入っているのはこれ!!

 魔力で灯りが付くランプ!!!!


 これを点ければ、秘密基地の中が一気に明るくなる。

 このランプの明かりが俺は好きなのだ。

 この何とも言えないぼんやりとした光が。


「ねね。フィリ―、魚釣りでもしない?」

「お前、本当に魚釣り好きだね」

「良いじゃん。楽しいんだし。それに、釣った魚は食べられるんだし」

「分かったよ。その代わり、俺もしていい?」

「うん! もちろん!!」


 釣り竿を持って俺たちは外に出た。

 竿を水面に落とす。


 そして、ひたすら待つ。

 そう。


 唯々、ひたすらに待って待って待ち続ける。

 ただひたすらにその身を時間の流れに任せる。


 俺たちはまだ知らなかった。

 この時、俺たちに――――。

 いや、村に、世界に破滅の危機が迫っているという事に。

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