第31話 霊山の奥へ

私達は、山に登っていた。

 草木は殆ど生えていない。

 周囲は岩や岸壁ばかり。

 足元も悪く、勾配も急だ。


 体力が奪われる一方、全然進んでいる気がしない。

 下を見下ろすと、大分上の方まで来ているという事は分かっているのだが……。


 胸に手を当て、唇を軽く噛んで言葉を発する。

「ねえ、おねぇ。本当にこの道で合っているんだよね。間違っていないよね」

 前をすたすた歩く姉に不安げに言ってみる。

「合っているわよ。だって、この道しかないでしょう? ここに来るまで他の道ってあった?」

「いや、無かったけれど……」

 それにしても……。


 下を見下ろす。

 ――――絶壁。

 足元から石ころが転がり落ちる。


「ひ、ひい!!」

 背筋がぞくりとする。



「お、お、お、おねぇ」

 駆け足でおねぇの所まで行って、右手の裾を掴む。

「もう。まだ、高いところ苦手なの?」

「だ、だって……」

 手が無意識的にふるふる震えてしまう。


「仕方ないじゃない。苦手なものは苦手なんだから」

「な、なんで涙目……。分かったわよ。ほら、しっかり私の服の裾を掴んでいなさい」

「うん」

 弱弱しく返事をする。


 おねぇの裾を掴んだまま少しずつ、少しずつ前進していく。

 雑草程度は生えてはいるが、それ以外の植物は見当たらない。


 あまり、栄養が無いのだろうか。


 ぱっと見たところ、役に立ちそうな薬草も見当たらない。

 もう、歩く元気さえ私にはありません。


「もう、こんなところでへたってないで早く行くよ」

「う、うう」

 正直、休憩したいけど、おねぇが許さないだろうからなぁ。

 夜になったら、どんな魔獣が出るか分からないし。


 そんなわけで、私とおねぇはほぼ密着状態で移動することになった。


 ************************

 ************************


 暫く歩いて行くと、一つ大きな洞穴が見えて来た。

 もしかしたら、あれがネクロマンサーの巣窟なのかも。


 おねぇの動きがぴたりと止まる。

「どうしたの? おねぇ?」

「人避けの結界が張られているわね。この程度なら破れるけど、探知用のような気がするわ」

「探知用」

「ええ。まあ、事情を話せば聞いてくれると思うわよ。ここに棲むネクロマンサー、もとい、死霊術師たちは危険ではないって聞いているから大丈夫よ」

「そ、それじゃ、行ってみる?」

「うん。行ってみようよ」


 私達はせーのでその結界の境界線を越えることにした。

「それじゃ、いくわよ」

「う、うん」


 一歩、結界の先を踏み出したその瞬間……。


 洞窟の中から漆黒のローブを着た人たちが出て来た、

 片手には、じゃらじゃら下ものを付けた杖を持っている。

 背丈はそれぞれ異なる。


 これがこの洞窟の中に棲むというネクロマンサー達だというのは一目見て分かった。

 囲まれた。

 その中の一人が言う。


「貴様たち、何の用だ」

 ごくりと口の中の唾を呑み込む。

 大きく息を吸って、

「あ、あの。ここに優秀な死霊術師がいると聞いてアクロポリスから来ました。単刀直入に申しますと、親を生き返らせて欲しいのです。私達、物心が付く前に死んでしまっからよく覚えていないの。だから……」

「出来ない」

 最初の人とは違う人が言った。


「それは私達死霊術師たちの倫理条約に反すること。だから、それを受けることはできない」

「そ、そんな……」

 愕然とした。

 暫く声を出すことが出来なかった。


 それじゃ、今まで私達が行ってきたことは一体……。

 私達の今までの努力は一体なんのために行ってきたんだ?

 ここで私たちの12年間を無駄にするわけにはいかない。


 絶対に諦めない!!!!

 こんなところで私たちの悲願を諦める訳にはいかない。


 どうにか会うことは出来ないかと口を開いたその瞬間、おねぇが頭を地面に付けて喉から声を絞って叫んだ。

「ぞれじゃ、せめて、せめて会うことは出来ませんか。会話は出来なくても良いんです。私達の両親の顔を見たいんです。たったそれだけでいいんです。お願いです。お願いですから!!」

「お、おねぇ」


 シン――――。

 その場は一瞬、凍り付いたかのような空気を漂わせた。


 氷の空気が徐々に氷解していく。

「分かった。長に聞いてみよう。少し待っていろ」


 ネクロマンサー達は洞窟の中に吸い込まれていった。


 数分後、一人のネクロマンサーが出てきて、

「来い。長はお前たちと話がしたいそうです」

 そう言って、その人は洞窟の中に消えていった。

 先程の二人とはまた違う人のようだ。


 私達姉妹も遅れまいと付いていく。

 ネクロマンサーの手には、狐火のような――――青白い光が浮かんでいる。

 いや違う。


 釣り竿のような棒の先に卵型の透明な容器の中で、その青白いが浮かんでいる。

 洞窟の中は湿っていてじめじめする。

 かなり湿気が強い。


 天井には、長年の月日によって形作られた岩の矛先が無数に存在していた。

 大きさはそれぞれ異なっている。


 洞窟は洞窟でも、ここは鍾乳洞の作りに酷似していた。


「地面は滑りやすいので気をつけて下さい」


 確かに、地面は所々水たまりがあったりして滑りやすい。

 私三人は鍾乳洞の中に進んでいく。


 私達三人の水音と足音しか聞こえない。

 先程のネクロマンサー達は一体どこに行ったんだろう。


 私達三人はひたすら鍾乳洞の奥へ奥へと突き進んで行く。

 すると、少し拓けた場所に出た。


 祭壇……とは少し違うが、私達とは少し高い位置に一人の老人が座っていた。

 オーラが只者ではない。


 異様な空気をその人は醸し出している。


 両側には青白い炎がぼんやりと揺れていた。


 目の前のネクロマンサーは、片膝を付いて、

「先ほどお話しした者たちをお連れしてきました」

「うむ。ご苦労であった。下がってよい」

「はっ」

 一緒に来たネクロマンサーはどこかへ行ってしまった。


 しゃがれた声。

 地の底から這いあがって来るような、トランス状態になりそうな声。


 身体もどっしりと不動明王のように隆々とした筋肉が彼の体を覆い、卵型の顔には漆黒の瞳が映し出されていた。

 正直、見た感じでは全然ネクロマンサーには見えない。


 が、カリスマ性や尊厳はある。

 恐ろしい人物だということは雰囲気から察すれば分かる。


「其方たちのことはさっき部下から聞いた。で、どうしても両親を見たいというのか」

 闇夜の如き黒い相貌がじっと私達姉妹を見据える。

 ここで怖気づいていたら駄目だ。

 がんばれ私。


「はい。どうしても会いたいんです。その為に私たちはこの十数年間生きてきたんです」

「そうか。それなら……」

 一泊、呼吸を置いて、

「良いのか。我らは人を生き返らすことは出来ない。会わせることは出来なくもないが」


「お願いします」

「そうか。分かった。それでは、ロン。この二人を『死の居間』にお連れしろ。今から、お前たちに試練を与える。死ぬか生きるかの死闘だ。お前たちが無事生きて帰って来ることが出来たら教えよう」

 受けるに決まっている。

 そうじゃなきゃ、私たちのこの数十年が水の泡になってしまう。


「分かりました。受けて立って見せましょう」


 私達は隣の部屋に連れていかれた。

 そこには、様々な骨やら何やらが山のように積まれていた。

「これって……」

 全部死体?


 その時。、妙な音がしたかと思うと、骨が組み合わせられ、動く骸骨と化していた。

 他にも、死体を使ったゾンビもいる。


 目の前には無数の死者の群れ。


「なるほど。これは手ごわそうね」

 おねぇは杖を前に出して構える。

「うん。そうだね」

 対して、私は腰から剣を抜く。


 カタカタと蠢く死の群れが襲い掛かってきた。


 この戦い、絶対に負けるわけにはいかない!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る