第29話 示すもの
――――全滅。
一瞬のうちに全滅したその場に残されたのは私達三人のみ。
私が前線を切り開かないといけない
そうしないと、この場にいる人たちも全員死んでしまう。
私も、おねぇもみんな――――。
疾走。
氷結剣アイスソードを片手に走り出した。
触手が迫ってくる。
悪意の塊。
早く解放をしないとだめだ。
解放しないとこの国が、あの人が大変なことになっちゃう。
それは、医術師として薬術師として許させない。
一人の人間を死なせるのは。
いや、人はいつしか死ぬものだけど、それでもこんな死に方は駄目だ。
勝手に死なせるなんて許さない。
生まれてくるまでにどれだけの『生まれてくるはずだった人たち』を踏みにじってきたのか。
この世に生まれ落ちた者として、その命を全うに生き抜く責任があると私は思う。
彼らに恥じないように、彼女たちに恥じないようにこの泥沼な社会で、険しい社会で、自分の人生を生き抜くことが大切なのだと私は思う。
だから、死なせる訳にはいかない。
触手がうねり空を切りつける。
水平に剣を振りかぶる。
紫紺の脚が切断される。
だが、本体には到底届かない。
数十メートル先の化け物を見上げる。
――――紫根のおどろおどろしい魔力を身に纏う。
――――精神は既に人のものでは無い。
――――殺す事をなんとも思わない殺人兵器であり、破壊兵器。
そんな、バケモノと私は戦っているのだ。
「グオオオオオオオ!!」
化け物は触手を巧みに使って屋上から落下してきた。
まるで、ターバンみたいだ。
あの巨体を支えるのだから、かなりの力が必要なのだろう。
私の上に乗っかって来られたらだめだ。
確実に死んでしまう。
後方へ飛んで避ける。
左右から触手の束が襲い掛かる。
――――消滅。
いや、斬撃が飛んで来たと表現する方が良い。
「フクシア。だ、大丈夫?」
「お、おねぇ」
安堵の溜息が出る。
「私たちが援護するわ。だから、フクシア。任せたわ!!」
「おねぇ……」
そう。
私は一人じゃない。
エリック君もいる。
おねぇもいる。
だから、大丈夫。
心の火が灯る。
――――疾走。
後方からの斬撃によって、正面に道が出来た。
だが、やつの触手は多すぎた。
おねぇの魔法だけでは対処しきれない。
正面から数本の触手が伸びてきた。
身体から力が沸き上がる感覚。
身体が軽くなった気がする。
「僕も援護するよ」
「エリック君」
今のは、彼のルーン魔法の応用なのだろう。
とても助かる。
剣先を空に向け、右肩に構える。
剣を切り上げる。
切断。
敵も私の方へ突っ込んでくる。
行け。
正面からもう一撃。
「はっ」
右足を触手に乗せ、そのまま走り抜ける。
右方からもう一撃、うねるようにして攻撃して来た。
飛んで攻撃してきた触手を両足で蹴る。
いけっ!!
懐からワクチンを取り出す。
ブスッ――――。
化け物の中にワクチンが注入された。
「グオオオオオオオ!!!!」
雄叫びを上げる化け物。
後ろへ飛んで化け物と距離を置く。
触手が空を鞭打ち、無造作に周囲を破壊する。
苦痛だろう。
苦しいだろう。
でも、その思いは大切なのだ。
その苦しみがあるから解放される。
その痛みを感じることが出来るから人というのは優しくなれる。
その苦しみと痛みを感じた時、それを人に同じ思いをさせたくないと思った時、人という生き物はもっと優しくなれる。
彼を覆っていた魔の衣が剥がれ落ちていく。
そう。
彼は化け物なんかじゃない。
一人の人間なのだ。
「おねぇ!!」
「分かっているわ」
結界を張る。
破壊が広がらない為、暴走化の予防だ。
ルン・マイクさんの姿が露になる。
シャツとパンツだけ。
彼を早く運ばないと……。
「おねぇ。早く運ばないと」
「いや、この患者さんは私たちが診ましょう」
殆ど崩壊した状態のアクロポリスの中を私たちは走った。
その後、彼の一命はなんとか取り留めることが出来た。
後日、王様にも呼ばれた。
王様は、想像した通りのおじいさんだった。
赤いマントを羽織り、黄金に真紅の魔術の溜まった球が入った杖を右手に持つ。
長い顎鬚に理知的な顔立ち。
『老賢者』の象徴とも言うべき存在だった。
彼は口を開き、
「ロジャー・フクシア。ロジャー・カミリア。エリック。今回の件では大変お世話になった。感謝してもしきれぬ。ありがとう」
王様は深々とお辞儀をして、
「お礼をしよう。何か儂に出来ることはあるか」
私たちが言う前にエリック君が先に、
「妹を。魔獣の奥地にある洞窟の中にと閉じ込められているんです。その妹を助けてくれませんか」
「なるほど、それなら……」
王様がそう言いかけた時、おねぇの声が城の中に響いた。
「それなら、私たちが助けてあげるわ」
「え?」
一瞬、王様とエリック君が硬直する。
「私達、この街を出ていくつもりだから、その時に一緒に行きましょう。私達、回復魔法使えるし、薬術師はここにいるし。この国の兵隊よりかは役に立つわよ。呪いがかけられている可能性もあるしね。その可能性を考えたら、結構いい判断だと思うわよ」
確かに、おねぇの言い分は正しい。
けど、王様を目の前にして、この国の兵隊は役に立たないはどうかと私は思うけれど。
王様は思案を巡らます。
唸り声を上げたり、顎鬚を撫でたりしている。
彼の癖なのだろう。
「そうじゃな。その方がいいかもしれん」
同意しちゃったよ。王様。
「その代わり、ルン・マイクさんの病態を診ていて貰いたいのです。できれば、治して貰いたいのですが……」
「うむ。良いじゃろう。ルン・マイクのことは本国の代表としてしっかり責任を持とう。聞きたいこともあるしのう」
薄ら笑い……を浮かべた気がした。
私の気のせいか。
「其方らが聞きたいこととは、『ノアの死霊団』のことじゃろう。やつらは、魔獣の森を抜けたところにある『魔女の山』と呼ばれているところがある。そこにネクロマンサーの集団がおるのじゃ。その長にストレイト・マルクレッサーという賢者がおる。とても高名なネクロマンサーじゃ。彼なら何か教えてくれるかもしれぬ」
「ありがとうございます」
ということで、ルン・マイクさんのことは王様たちに任せて私達三人は一先ず魔獣の森に行くことにした。
「まだ、もう少し長い付き合いになりそうだな」
「そうね。よろしくね。エリックくん」
「こちらこそ」
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