第28話 使命

私達三人は《怪物》の元へ向かった。

 が、既に《怪物》の周囲は国家兵が囲んでいる。

 これでは、近づくことが出来ない。


 物陰から銃を構える彼らを観察しながら、

「どうするのよこれ。ろくに近づくことすら出来ないじゃない」

 と不満を漏らすのはおねぇだ。


「ここは、作戦を立てるしかありませんね」

 と冷静なことをエリックくんは言う。


「作戦って、どんな作戦?」

「そうだね。今はどうしても動けないね。兵か《怪物》のどちらかが動いた時を狙うしかない」

「わ、分かったわ」


『その時』はすぐに訪れた。

 《怪物》が先に動いた20メートルはある建物から飛び降りる。


「砲撃隊。撃てぇ!!」

 複数の砲声が轟いだ。


 《化け物》に直撃。

 爆音と灰色の煙が《化け物》を包み込んだ。


 やったのか?


 その場にいる全員が息を呑んだ。

「グオオオオオオオ!!!!」

 ――――咆哮。


 再び、緊張感がその場に戻る。

「発射用意!! 魔術団は魔力壁準備!!」

「はい!」

 前方に純黒のロープを着た複数の魔術師が出る。


 両手を前に出し、魔力壁を作る。

 その直後だった。


 暗紅色の触手が曲線を描きながら兵士たちに降り注いだ。

 が、触手の具ああゥゥゥゥ先が空中で止まる。

 ――――魔力壁だ。

 幾重もの触手が藍色の壁によって空中で止まっていた。


「グアゥゥゥゥ!!!」

 《化け物》の口が大きく開く。


 彼は人間のはずだ。

 人間のはずなのに、その口は人間のものではなかった。

 鉄をも砕きそうな鋭利な歯が並び、長い舌が糸を引きながら宙を踊る。


 紫の鱗を身に纏った怪物の口に禍々しくも、膨大な魔力の源が集まる。

 一つの球と化し、凝縮。


 ドォウ!!

 莫大な魔力を秘めた魔力の球は一つの光線と化して空を切り裂く。


 その光線に魔力壁も耐えられなかったらしい。

 何十人もの国家魔術師が織り成した魔力壁が易々と破かれる。

 光線は魔力壁を貫き、地面に直撃する。


 同時に膨大なエネルギーが放出されたかのように、爆音と爆風が同心円状にあるものを吹き飛ばした。


「う、うわぁ!!」

 私たちは少し遠くの位置にいたのと、物陰に隠れていたのが幸いしたのかもしれない。

 比較的怪我は無かった。


 が、すぐそばにいた国兵たちは違った。

 その場にいた兵士たちは爆風によって飛ばされたり、爆発の熱によって火傷をした兵。

 更には、動かなくなった兵士までいた。


 《化け物》が発射させた光線の跡には、直径100メートルのクレーターが出来上がっていた。

 ――――全滅。

 それも、一瞬にして。


 が、ここで「逃げよう」と口にする者は誰一人としていなかった。

 誰もいない。

 全滅同然となった場所にただ一人――――いや、一体怪物が経ち尽くし、遠吠えを上げていた。


「行くよ。僕が先陣を切る。だから、君たちはどうにかして薬を彼の体内に注入して」

「わ、分かったわ」

「了解」

 それは、作戦とも言えないようなものだったが、私達姉妹はその作戦に乗ることにした。

 それしか道が無いから。

 その道しか《怪物》が助かる方法を思いつかなかったから。


 ――――戦闘開始。

 作戦通り、彼が一番先に地を蹴った。

 片手にはいつの間にか一振りの剣が握られていた。

 その刀身に真紅の紋様が浮かび上がる。

 ルーンだ。


 《怪物》は彼の存在に気付いたらしく、顔をこちらに向けた。

「う、うわ」

 思わず声が出る。


 これが顔の人かと――――元人の顔かと思わせるほどの滲んだ顔だった。

 まさに、《化け物》そのものの顔。


 何本かの触手が彼に襲い掛かる。

「せあっ!!」

 彼は剣を水平に振る。


 数本の触手の先が地面に落ち、蒸発するかのように奇妙な煙になって消えていった。

「よしっ!!」

 このまま触手を斬ればいけるか!?


 そう思ったのも束の間――――。

 斬られた触手の傷口から新しい触手が再生した。


「再生能力……!?」

 厄介な能力を持っているらしい。


「私たちも援護に回るわよ」

「うん!!」


 再生する触手。

 そのせいで彼は本体に近づくことすら出来ない状況に迫られていた。


「氷結剣アイスソード」

 続けて、

「空斬波かまいたち!!」

 氷結剣アイスソードを水平に振り、斬撃を飛ばす。


 衝撃波で作られた斬撃は、触手を斬り裂き、本体の肉体に一筋の切目を入れた。

「ギャアアアアアアアアア!!」

 《化け物》は断末魔の声を上げる。


 が、触手同様彼の肉体は再生した。

 とんでもない再生スピードだ。

「くっ……近づけませんね」

「フクシア!!」

 おねぇは右手の氷結剣アイスソードを投げる。


「ちょっと。おねぇ!?」

 両手でなんとか|氷結剣《アイスソードを受け取る。


 おねぇの凛とした声が耳に響いた。

「いい? あいつの体にはあんたがぶち込んでやりなさい!! 私とエリックはあんたがこの《化け物》の体にその薬をぶち込むまで足止めをしておくわ。いい?」

 真剣なおねぇの眼差しが私の目と会う。


 彼女のその表情で分かった。

 これは私に託されたことなのだと。


 魔法で《化け物》を足止めできるのはおねぇとエリックくんだけ。

 でも、私は魔法を使うことができない。

 なら、この薬を《化け物》の体内に注入するのは私の役目。


 これは、私にしかできないことなんだ。

 心の中に火が灯った。


「分かった。おねぇ。私がこの戦いを終わらせるよ」

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