第26話 約束
まず、私の視界に飛び込んできたのは、荒野と化したアクロポリスだった。
とはいえ、最新鋭の科学技術を誇るアクロポリス。
そう簡単に化け物にやられたりはしない。
焼け野原となっているのは、貧困層の場所のみで、富裕層のエリアは大破や破壊こそされているが、貧困層よりかはマシな状況だった。
人々は、崩壊した家の前で蹲っていた。
燃え盛る家々。
真紅に燃え盛る業火の魔人。
上空を見ると、1匹の魔物が屋根と屋根の間を飛び移っていた。
彼はもう人間ではない。
彼をそうさせたのはルイ君だ。
が、彼の計画に気づくことが出来ずに、なんの対策も出来なかったのは私たち姉妹の責任だ。
そうだ。
私達はその責任を取らなければいけないのだ。
「あの化け物よね」
私は人差し指を、屋根を飛び移っている化け物を指して言う。
「そう。あれよ」
おねぇは頷く。
化け物。
——黒と紫の混じった、おどろおどろしい色の羽衣を身に纏っている。
——背中や腕からは無数の触手が伸び、周囲の建物を破壊したり、移動する時に使っていたりしている。
——真紅の双眸そうぼう。
その姿は、「化け物」としか比喩しようが無い。
兵士たちが弓矢や銃で攻撃しているが、全く効いている様子は無い。
「おねぇ、どうする?」
「いや、どうするってアタシに聞かれてもね。あの化け物を倒さない限りどうしようもないでしょ」
「いや、まぁ、そうなんだけどさ」
それをどうやって倒そうか、という話を私はしているつもりだったんだけどね。
「とりあえず、近くまで連れて行った方が良さそうじゃのう」
と、マヌ・ルーサーさんは一人歩き始めた。
私とおねぇは彼女について行く。
焼け爛ただれ、灰とかした家々。
恐竜に襲われたのかと思うほど、ぺしゃんこになって潰れているものもある。
荒れ果てた姿のアクロポリス。
私たちのやることは一つしかない。
あの怪物をやっつけること。
ただ、それだけだ。
炭と化した家々の間を走り抜ける。
地獄のような光景だった。
『化け物』は雄叫びを上げる。
背筋が凍りそうなほど惨憺さんたんたる声。
人々の中には、片腕を無くしている人や、両目が潰れている人もいて、目も当てられないような状況だった。
「なんて酷い……」
歪めた表情で呟く。
この人達を助けたい。
怪我をしている人の元へ歩み寄ろうとする。
が、おねぇに腕を掴まれて止められる。
「今行ってなんになるの?」
「でも……」
「あの怪物が暴れれば、もっと被害が広がるのよ。助けたい気持ちは分かるけど、今はこれ以上被害が広がらないように対処するのが私たちの役目なのよ。ほら、見て」
おねぇが指さす所には、白衣を着たお医者さんや看護師さんやらが怪我人を一生懸命運んでいた。
「この国は今危機に陥っているのよ。確かに、人助けも必要。だけどね、その元凶を取り除かないと意味が無いのよ! フクシア、貴方なら分かるでしょ!!」
「ぐ……」
分かる。
分かっているよ。
そのくらい。
でも……。
「理屈は分かるよ。けど、だけど……」
「怪我をしている人を放っておけない。そういう事?」
「うん」
小声で返事をして、上目遣いでおねぇの様子を覗う。
「はぁ。まぁ、フクシアがそう言うの分かっていたけどね。『理屈じゃない』でしょ」
「いいの? どちらにしろ、ルーサーさんが決まるからね」
一緒にいるマヌ・ルーサーさんに尋ねる。
一応、彼女が私たち3人の中のリーダーだ。
「今は、我慢するのが得策じゃ。すまぬのう、フクシア」
そっか。
ダメなのか。
「ううん。良いよ。大丈夫」
マヌ・ルーサーさんは、本当に申し訳なさそうな表情をする。
「すまぬのう。でも、我が国の医療技術は大したものじゃ。差別はあるがのう。でも、国がこんなことになった現在、そんなことも言っていられないじゃろう」
確かに、彼女の言う通りだ。
ここは、彼女達に任せた方がいいのかもしれない。
私は、自分の気持ちを抑えて先に進むことにした。
「急いだ方が良さそうじゃ。二人とも走るぞ」
「「はい!!」」
私達は風を纏まとう。
城の方へ私達は向かった。
砲弾の音や銃声の音が段々と大きくなってきた。
なるほど。
この城がアクロポリスの最後の砦というわけか。
城の門の前と怪物の周囲に兵士や騎士が集まっている。
そのうちの兵隊長のような、立派な鎧を着けた男が私たちに気がついて、
「おや。マヌ・ルーサーさん。帰ってきて頂いて大変助かります」
「今は、どういう状況だい?」
「あの屋根にいる化け物を追い詰めています」
「それは分かっているよ!! どう対応しているのか、どんな作戦でいくのかってことを聞いてんだよ私は!!」
凄い剣幕だ。
大の男がすくみ上がっているよ。
「は、はい! 申し訳ありません! 只今、その、結界の中に引き込もうとしていまして、銃を使って誘導しようという作戦です」
「ふむ。で、その結界ってのがあれの事なのかい?」
マヌ・ルーサーさんは城の上部に指をさす。
城の1番上――屋上に赤いぼんやりとした光が見える。
よく見ると、その光は正六角形の形をしている。
――結界だ。
「あそこの中にあの化け物を引きずり込むというわけかのう」
「はい! そうです!」
「なるほどのう。で、その後はどうするつもりなのじゃ? あの化け物を結界の中に放り込んだ後はどうするつもりなのじゃ?」
「その後は、封印術式を用いて、あの怪物を封印するつもりであります!」
「なるほどの」
マヌ・ルーサーさんは、目を閉じる。
何かを考えているのかもしれない。
その間にも、兵士たちは、化け物の触手によって殺され続けていた。
魔弾などを使って応戦をするものの、奴にその攻撃は全く効いていないように見える。
「ダメです! 封印はダメです!」
おねぇが唐突に2人の間に入った。
「何故じゃ?」
当然の質問だ。
「あれは人なんです」
「人じゃと!? あれがか?」
「はい。あれはとあるパラサイト昆虫が人の細胞を汚染させた時の姿なのです。また、そのパラサイト昆虫には、とあるルーン魔術が施されているのです。そのせいで、あんな凶暴な姿にさせられているのです」
「なるほどのう。儂は長年生きてきたつもりだったのじゃが、この世の中にはまだまだ知らないことがあるようじゃのう。これだから、世の中は面白いのじゃ」
彼女の瞳が光り煌く。
「カミリア。そなたの言っていることが本当なら、そのルーン魔術を掛けている『コア』となる個体がいるはずじゃ。それを潰せば良い」
「ダメです!!」
再び、おねぇが2人の話を制する。
彼女の瞳には、あの怪物と化した人を助けようという強い意志を感じた。
私も同じ気持ちだよ。
おねぇ。
「コアだけ消してもダメなんです。あの汚染された細胞は、コアと同じ働きを持つんです」
「つまり、どういうことじゃ?」
「他の細胞に汚染していくということです。この『呪い』を解かない限り、どうすることもできません。汚染された細胞のワクチンを取り、それを彼に打たない限りはダメです! とにかく、あの細胞の性質を……」
おねぇ、が話そうとしている時に騎士隊長の男が口を挟んだ。
「だめだ。それでは、時間が掛かり過ぎる」
「でも、この人を助けないと!」
「その間に、何人の兵が。国民が死ぬと思っている。そんなくだらん理想を聞く価値は毛頭無いわ! 我々は、奴を殺害する方針でいく。これが我々のすべき事だ」
兵士隊長はそう言って自分の持ち場に帰って行った。
「おねぇ……」
私は、彼女にどんな言葉を掛けたらいいのか全く分からなかった。
一言も思い浮かぶことは無く、白紙のまま、言葉を吐くことは出来なかった。
おねぇは、頭を項垂れさせる。
そこへ、ルーサーさんの言葉が追い打ちを掛る。
「ごめんね。国の方針はそうしないといけないから。あなたの気持ちは分かるけれど、儂は軍人じゃからのう。1人の命よりも数百人、数千人の人の命を選ばないといけないのじゃ」
そう言い残し、仲間の元へ去って行った。
その背中は、英雄そのものであった。
正義を、国民全体の命を背負う者の背中。
ルーサーさんの言い分は分かる。
けど……。
「おねぇ。助けようよ。私たち二人で」
唇を噛み締め、拳を握りしめて悲痛に耐えるおねぇに声を掛ける。
「フクシア……」
顔を上げたおねぇの双眸そうぼうには、水たまりが出来上がっていた。
「そうね。諦めたらいけないわよね。あいつらより先にあの人を助ける。絶対に」
「うん! 絶対に助けよう」
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