第25話 私の世界

ここはどこだろう?

 そこは、何も無い。

 ただ、白紙の空間が広がるだけの何も無い場所。

 上も、下も、どこへ向かうことも出来ず、目的を見つけることが出来ない空間に私はいた。


 唯一空間位置を決めることが出来るとすれば、私だろう。

 私を中心にすれば良い。

 が、ここには私以外何も無いし、誰もいない。


 突如、私の目の前で淡い水色の光の粒が集まり始める。

 その光は、ある一点へ集まり、大きな集合体となる。


 やがて〈それ〉は背中に羽の生えた小さな人へと形を成していった。

 その姿は、「妖精」と呼ばれる類の生き物と同じ容姿をしていた。

 本の中でしか見たことないけど……


 その「妖精」は可憐な姿をしていると言うより、幻想のような、夢心地のような気分に私はなった。


 裸で、背中に可愛らしい羽を生やした小さな生き物は口を開けて、

「俺の名は水の妖精ウンディーネ。4大精霊のうちの一柱だ」


「水の……妖精?」

「そうだ。水の妖精だ。俺はね、5年間ずっと君の体内にいたんだ。いや、封印されていたと言った方がいいか」

「あ……」

 私は、師匠が昔言った言葉を思い出していた。


「お前は魔力が無い訳ではないんだ。お前の中にいる魔物がお前の魔力を吸い取っているんだ。でもな、それは悪いことじゃない。お前は、この世界の未来を決める――。この世界の運命を左右する程の力を備えているんだ。唯、その力を使う時が今ではないという事だ。時に、お前は、この力で苦しむだろう。憎まれるだろう。時に、力を持つ者は人から疎まれやすい性質を持つ。がな、その分自分を頼ってくれる人が、力を引き出してくれる人が出てくるはずだ。その人達のを見分けることが出来るように、自分を頼ってくれる人を失望させないように体と心を鍛えておくんだよ」


 自分の体の中に魔物が棲んでいると言うことは薄々気づいていた。


 私の腹部には瑠璃色の魔法陣が描かれている。

 これは、何かを私の中で封印をしているのだろうと思っていた。


 それはどうやら正解だったらしい。

 私の中にはとんでもないものが住みついていたようだ。


 見た目は完全に美少女なのに、話し方は男の子そのものときた。

 一応、「彼女」としておこう。

 ここでは違和感はあるけれど……。


「俺は、俺はお前を決して許さないぞ。この俺の気持ちが分かるか? 人の体の中で――心の中で生きていかなければいけないことこと惨めな気持ちが!!」

 凄い剣幕だ。

 ウンディーネの肩は震えていた。

「そ、それは……」


「お前には分からぬだろう。この俺の気持ちが。妖精であるこの俺を陥れるということが、どのような大罪なのかを! この孤独を!」

「確かに、完全には……完璧には分からないわ。でも、ほんの少しなら分かる」

「何がだ。お前には決して俺の気持ちは分からんよ。決してな」


 唇を噛み締める。

 確かに、彼の言う通りだ。

 あなたの気持ちを完全に分かるとは微塵も思っていない。


 でも……。

 だからと言って、そういう人を置いていく訳にはいかないのよ。


「分からない。分からないわ。でも、私はあなたを引きずり出してみせるわ」

「阿呆が。俺はもう人間なぞには興味は無い。が、少し、骨のある人間は好きだ。俺の力を引きずり出したいというのなら、少しは根性を見せてみろ」


 私は昔からそうだ。

 孤独な人や、一人ぼっちでいる人を放っておけない。

 分かっている。

 孤立を好む人はいても、孤独を好まない人はいないことを。


 孤立とは、「人」がいるから出来るのだ。

 つまり、孤立をしている人は自分から人を不快な思いにさせて、有能感とか、全能感とか、そのようなものを味わいたいのだろう。


 だが、孤独は違う。

 孤独は、人もいないのだ。

 元から一人――――。


 これに耐えられる人間はいない。

 いや、彼は人間では無く、妖精だから。

 妖精でもそれは同じだ。

 だから……。


「もし、あなたがどんな闇の中にいても、私が貴方の光になってみせるわ」

「ふん。簡単に言う。そもそも、俺は妖精。お前は唯の人間なのだぞ。分かり合うことなど出来ぬ」


「それでも。それでもだよ――」

 足を一歩踏み出す。


 この一歩は、何か大切な一歩だと私は思った。

 私と彼女の大切な――。


「今、君に寄り添うことが出来るのは私よ。私だけなのよ。だから……」

 私がそう言った瞬間、彼女の目付きが変わった。


 見たものを焼き付けるかのような鋭い眼光。


 誰もこの俺に近づくなと、彼女は言っている。


 でも、それでも……。

 いや、だからこそ、彼女を助けたいと思う。

 お人好しだと、余計なお世話だと言われるのは目に見えている。


 でも、私は彼女を放っておくことが出来ない。


 彼女は私から遠ざかっていく。


 手を伸ばす。

 それでも、彼女にその手は届かない。


「待って!」

「お前は、俺のところまで来ることは出来ない。決してな。俺の闇はお前が想像しているより深いぞ」

 彼女はその言葉を言い残して、過ぎ去って行った。


 私は、それを唯々見ていることしか出来なかった。


 どこからだろうか。

 声が――――。

 懐かしい声が聞こえる。


「フクシア。起きなさい。フクシア」

 どこからか、光が漏れだして、顔を明るく照らした。


 ――――――――――――


「フクシア! いつまで寝てるの!」

 その声に私の頭は覚醒した。


 目を開け、ぼんやりとした視界が広がる。

 そこにいるのは、もしかしたら。


「おねぇ?」

「フクシア!!」

 抱き締められた。


「もう! 心配したんだから!!」

 私は何も答えない。


 確か、私はルイくんの正体を知って、キレそうになって、それから……。

「うっ……」

 思い出そうとすると頭痛がする。


「大丈夫なの? フクシア」

 おねぇが、私の方に優しく手を伸ばしてくれる。

「うん。大丈夫だよ。おねぇ。ちょっとの間寝ていただけだよ」

「もう、この子は!!」

 辺りを見渡すと、なんとも不思議なことが起きているということに私は気がついた。


 なんと!!

 この島全体が氷の床で覆われているではないか!


 それだけではない。

 所々に、何か砲弾が飛んできたかのような跡が残っている。


 思わず、言葉が出てしまった。

「これは一体……」


 ここで一体何が起こったのか。

「おねぇ。これは何?」

 おねぇは、私を抱きしめたまま、

「これは、フクシア、あなたがやったの」


 頭をハンマーで殴られたかのような衝撃。

 これを、私が……。

「やっぱり、覚えていないのね」

 私はひたすら頷くことしか出来なかった。


「そう」

 首に巻いていたおねぇの腕が解ける。


「それじゃ、仕方が無いわね。あの時と一緒だわ」

 おねぇ瞳。


 ――――アクアマリンのような水色の光が射し込んでいる。

 そんな綺麗な瞳。


 少し、残念そうな、寂しそうな表情をおねぇは浮かべていた。


 そこへ、一人の老婆の声が聞こえてきた。

「おお! 良かったのう。よう、生きていてくれた」

「マヌ・ルーサーさん! なんでここに」


「細かい話は後じゃ。今はそれどころではない。フクシア。そなた、うごけるか?」

「はい!」

「うむ。それでは――」

 力強く彼女は頷いた。


 右手に持っている杖を地面に突く。


「空間移動で儂とアクロポリスへ行くのじゃ。そして、街を破壊する奴の動きを封じるのじゃ。今動けるのはそなたらと儂しかおらんからのう」


「「行きます」」

 一瞬の間も置かないで、私とおねぇは返事をした。


 マヌ・ルーサーさんは私とおねぇの目をそれぞれ見て、

「それじゃ、決まりじゃのう。いざ、アクロポリスへ!!」


 私たちの体を金色の光が包み込み、地面に魔法陣が描かれる。

「ワープ!!」


 マヌ・ルーサーさんがそう叫んだかと思うと、目の前が真っ白になった。

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