第24話 絶対絶命

2人で反撃できるのか?

 本当に出来るのか?


 この場で水の妖精ウンディーネに立ち向かうことが出来るのは、アタシとマヌ・ルーサーさんだけとなってしまった。


 他の人達は、下の氷の中に閉じ込められている。

 詰んでしまったのか。

 いや、まだ何か手段がある筈よ。


 考えなさい。

 カミリア。


 敵を観察しないと。

 観察をして、敵の様子を分析する。

 分析する際には、天候や地形も非常に大切になってくる。

 師匠が教えてくれたことだ。


 今、敵は空を飛んでいる。

 あれを撃ち落とすかなにかしないといけないわ。


 それをする為には、遠距離で攻撃しようなどかするしかない。


 遠距離攻撃は、私の風魔法かマヌ・ルーサーさんの遠距離攻撃の2つの方法しかない。

 そこから、この首飾りを使ってウンディーネを封印する方法を考え出さないといけない。


 結界は使うことが出来ない。

 とすれば、敵に直接これを使う必要がある。


 このペンダントは、十字型をしている。

 それには理由があるのだ。


 この十字型のペンダント――――。

 実を言うと、ナイフなのだ。

 刃物の形をしているのだ。


 師匠が言うには、このペンダントは唯の道具では無いと。

 魔道具なのだと。

 この魔道具には上位的存在の力を封印する力が秘められているのだと。

 このナイフを対象に突き刺す事がその『力』を発動させる条件なのだと。


 とすれば、このナイフを直接ウンディーネに――――フクシアに突き刺すしか無い。

 妹にナイフを突き刺すなんて今まで考えた事が無かった。

 いつも、何時も彼女とアタシは一緒だった。

 何をするにも彼女と一緒だった。


 でも、これは彼女を助けるためなのだ。

 彼女の為の救済だ。


「マヌ・ルーサさん。やりましょう」

「覚悟は決めた?」

「ええ。出来ました。これが彼女の為と言うのなら仕方がありません。これがアタシのしなければならないことです。姉として、妹を説教をするのが最後になるかもしれません。それでも、それでもアタシは彼女に呪いから救わなければならないと思います」

「そうかね。分かった。アンタがそう言うのなら、覚悟が出来ているのならやるしか無いだろうね。どっちみち、こやつを倒さないとどうにもならないしねぇ。それじゃ、やるよ」

「はい!」


 足に風属性の魔術を掛ける。

「ブースト!!」


 と、同時にマヌ・ルーサさんの持つ銃から弾丸が放たれた。

 弾丸は深紅の軌跡を残しながら、一つから四つに分割した。

「ふん。こんなもの」

 水の妖精は攻撃をしようとしたが攻撃が当たる前に弾丸は煙を宙に振り巻いた。


「煙幕だと!?」

「そう。これなら流石の君も攻撃をしにくいじゃろう」

「こ、小癪な!!」


 ウンディーネがいる場所は分かっている。

「カミリアちゃん!」

「はい!」

 マヌルーサは次の射撃の準備をする。


 ――――銃口に魔法陣が描かれる。

 銃口より一回り大きいくらいの大きさの三重の魔法陣。

 エメラルドグリーンに彩られた美しい魔法陣。


 アタシの体は地面を蹴って空へ舞い上がる。

 この延長線上にはマヌ・ルーサーが構える銃口とウンディーネがいる。


 銃声――――。

 轟音が鳴り響く。

 風圧によって巻き上がる砂塵さじん。


 空気砲エアガン。

 ――――風魔法によって空気を圧縮し、一種の砲弾として発射する魔術。

 ――――狙いを定めるのは非常に困難な攻撃魔術である。

 空気をちゃんとした球として発射することが難しいのだ。

 よって、空気砲エアガンは相当高度な技術が必要とされる魔術なのだ。


 一つの塊となった空気の球がアタシにぶつかる。

 アタシの体がミサイルのように出射される。

 そう。


 風に乗る。


 周りの風景が線にしか見えない。

 複数の色の付いた線に――――。


 ナイフを突き出す。

 ナイフの撃斬が風を纏う。


「なぬっ!?」

 ウンディーネは氷の壁を張る。


 ナイフが氷の一点を突いた。

 雷撃の如きその一閃。


 ピキ、と氷の壁にひびが刻み込まれる。

 たった一つの短剣によって巨大な氷壁は破られた。


 それでも人体ロケットの勢いは止まらない。


 ウンディーネとアタシがナイフを握っている右手が0距離となる。

 ナイフは不思議と吸い込まれるかのようにウンディーネ――――アタシの妹の胸に深々と突き刺さった。


 骨が砕ける音と粘土のように潰れる内臓の柔らかい感触をその手に焼き付ける。


「ごめんね。フクシア。助けられなくて」

 もう、彼女とは会うことはないだろう。


「約束――――。果たせなくてごめんね。アタシがもっと気を付けていれば助かっていたのかもしれないのに」

 両親を助けようと。

 蘇らそうと一緒に奮闘した。


 悪魔を。

 アタシ達を苦しめたあの悪魔を倒そうと、そう誓った筈なのに……。


 その夢さえ叶うことが出来ないなんて。

 それがこんな形で終わりを告げることになるなんて。


 頬を温かい雫しずくが伝つたう。

『良いんだよ。おねぇ。私はまだ生きていくから。絶対にこの世界で会えるから』

「アタシが情けないばっかりに……」


 自分の妹の胸に頭を置く。

 消えそうな彼女の心臓が、ドクン、ドクンと鼓動を打つ。


 それが彼女の運命というやつなのだろう。

 運が無いと言えばそれで済む。


 全く、その通りだとアタシも思う。

 この子はおおぜいの人の命と引き替えに死ぬんだ。


「ずっと一緒だって約束したのにね。こんなんじゃ――――」

 こんな形でこの子を終わらすなんてアタシには出来ない。

 でも、アタシは無力だ。


 何をする事も出来ない。

 この子はもう死ぬのだから。


 彼女の体から魔力が失われていく。

 氷で出来た銀翼も空中に細かく散開していく。


 その欠片一つ一つが月の光りに照らされて白銀色に反射する。

 それは、銀色に光る蛍のようだった。


 とても、幻想的で銀世界に、鏡の世界に迷い込んだかのようだった。


 フクシアの背中の翼がゆっくりと花びらのように散っていく。

 燃え尽きた鳥のように――――。


 彼女は旅を終えた伝説の鳥のようであった。


 アタシは唯々散っていく翼の欠片と、彼女に突き刺さったナイフを眺める事しか出来なかった。

 呆然とその美しき夢を眺めていた。


 月の光に照らされた魔法の翼を。

 その魔法の翼が生み出す夢景色を。


 翼は小さくなっていき、遂には一欠片も無くなってしまった。

 アタシとフクシアはゆりかごに乗せられているかのように、ゆっくりと地面に着地した。


「フクシア……」

 アタシは必死に彼女の名前を呼ぶことしか出来なかった。


 氷の床に埋められた人々のことも、国が危機的な状況であることも全部分かっているのに、体と心が言うことを聞いてくれなかった。

 マヌ・ルーサもそんなアタシを見ているだけで――――一言も発することは無かった。


 世界でたった一人の妹を亡くしてしまった。

 切望――――。

 絶望――――。

 愁嘆しゅうたんの海へと沈み込む。


 これからアタシは一人で生きていかなくてはいけない。

 これからずっと一人で――――。

 この暗闇の人生を。

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