第22話 妹の暴走

「ゆるさ……ない……」

「フクシア?」

『透視眼』で見る。


 すると、彼女の中に魔力が生成されているのが分かった。

 系統は、水。


 その魔力は次第に大きくなっていく。

 それも、人が持ちうる魔力の限界を大幅に超える魔力を秘めて。


 妹は人ではない何かになろうとしていた。

 いや、彼女の中にあるものが表面化しようとしている。


 あの時と同じ。

 10歳の時と同じだ。


 村を襲った時のフクシアと同じ魔力。

 同じ状況。

 その時もフクシアは情緒が不安定になっていた。


 村のガキ大将に虐められている子を助けた時だった。

 その子を助けようとしたときに、そのガキ大将がフクシアに向かって、

「お前は親に捨てられたんだよ。村の皆が噂しているぞ。氷の魔女だって。化け物だってな。そんなお前をお前の親は見捨てたんだ。何でったって、お前は化け物だからな」

 その言葉をガキ大将が放った瞬間に、フクシアは暴走したんだ。


 あの時は、村の半分が破壊された。

 森の3分の1が破壊された。


 師匠が何とかしたけれど、あの時アタシは何をする事も出来なかった。

 姉妹なのに、妹が苦しんでいるときに何もする事が出来なかった。


 だから、その後私は魔術を一生懸命勉強した。

 睡眠時間も2~3時間が普通になってしまった。


 その時の悪夢が再び蘇ろうとしていた。


 この魔力――――。

 冷たい。

 全てを凍りつかせてしまうような魔力。


 別に、冷酷なわけでも、血が好きだとかそういうわけではない。

 無関心なわけでもない。

 その魔力は、世界から自分を隔離させるための魔力なのだ。


 世界と世界を隔てるための魔力。

 冷えた世界——。

 体も心もどこか遠い場所に置いて行ってしまったような……。

 閉じ込めてしまったような……。


 ――――どこか儚げで寂しい、孤独を感じる。


「うおおおおおおおおおおおお!!!!」

 フクシアが雄叫びを上げる。

 同心円状に衝撃波が走り抜ける。


 今の彼女は「フクシア」であってフクシアでは無い。

 今の彼女には自己が無い。


 あるのは、もう一つの「フクシア」の人格。

 師匠が言うには、「水の妖精 ウンディーネ」らしいのだが。


 正直、今の私には良く分からない。

 取り敢えず、普通の人間には許容できないくらいの水系統の魔力を持っていると言うことだけは出来る。

 あと、その質も格段に違う。

 人では無い何かを感じる。

 人が扱うことの出来る魔力の範囲を大幅に超えている。


 目も人間の「それ」とは異なる。

 あれは彼女の持っている「猛禽眼」のものとは異なる。

 人間では無い目だ。


 水色に発光する瞳。

 それは、まるで宝石のようだった。


 彼女は両膝を曲がる。

 ペキペキペキという音が聞こえる。

 それは、彼女の背中から氷が生成される音だった。


 彼女の背中からは氷の翼が生えた。

 片翼の全長は2メートルくらいだ。

 つまり、両方の翼を合わせると4メートルほどの長さの翼になるということだ。



 彼女は氷の翼を羽ばたかせる。

 風圧が周囲の木々や葉を揺らす。


 彼女は、空中へ舞い上がった。


「人間には俺様を封印した恨みがある。人の肉体にあたしの精神、魔力を繋げるなど神への反逆だ。俺は貴様らへの怒りで腸が煮えくり返りそうだ。その分の死と苦しみくらいは背負ってもらうぞ。人間」


 頭の中へと響く声だった。

 キーン、と頭が痛くなる。


 フクシアは手を挙げ、魔力を解放させる。

 氷の結晶が空中のあらゆる所で集まり始める。

 それは、氷の刃へと姿を変えた。


 もしかして、空中に存在する水分を利用しているのか?


 手を振り下ろす。

 氷の刃が流星群の如く降り注ぐ。


 木の幹が裂け、地面に亀裂を走らせる。

 絶壁を破壊し、岩へと変化させる。

 島全体に地響きが鳴る。


「くっ」

 立っていられるのが精一杯だ。


 暫くして、地響きが止んだ。

「次は、凍らしてやる。が、ただこの島を凍らせただけでは意味が無い。それに、面白みに欠けてしまう。やはり、ゲームをするのが一番だ。そうだな……。貴様ら人間を一人一人相手してやろう。まとめて来ても良いぞ」

 薄ら笑いを浮かべるフクシア。


 楽しんでいる。


 今のフクシアは人間じゃ無い。

 人間の皮を被った化け物。


 あいつにとって、今のあいつにとってアタシ達は「人間」は雑種同然なのだろう。


「私の――――」

「ん?」

 奴の顔がアタシの方を向く。


「アタシの妹の体に何をしているのよ。その子はアタシの妹なのよ。人の妹の体を使って人殺しなんか絶対にさせやしないわ」

「ほう。貴様、この娘の姉か。面白いな。それでは、貴様は最後にしよう。そのほうが面白い。よし。決めたぞ。その娘の隣にいる金髪の少年。まず貴様からだ」

 奴が言い終わった瞬間――――。


 ボトリ……。

 ルイ君の右腕が地面に落ちた。


 鮮血が右腕から吹き出し、地面を紅色に染める。

「う、うわあぁぁぁぁぁ!」

 恐怖の表情。

 その圧倒的なまでの力に怯える。


 氷結が地面を伝い、ルイの身体を捉える。

「く。もう、駄目……なのか」


 動けない。

 何故、私は動くことが動くことが出来ないんだ。


 動け。

 動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け!!!!


 心の中で何度も唱える。

 それでもアタシの身体は動かなかった。


 ルイ君の身体が段々と氷に冒されていく。

 もう、諦めるしかないの?


 この正体を私は知っていた。

 とても良く知っていた。


 彼女を――――フクシアを――――血を分けたたった一人の妹を死なせたくなかった。


 だから、アタシはここから動くことが出来ない。

 でも、いま動かないと一生後悔をする。


 私は、一体どうしたら……。


 その時、風切り音が聞こえた。

 直後、深紅の一閃が空を切り、アタシの目の前を横切った。


 後ろへ飛んで、ルイ君から離れるフクシア。


 紅色の直線は、フクシアとルイ君の中間に一つの線を描き、地平線の彼方へと消えていった。


 紅の花が咲く。

 遅れて爆発音と爆風がきた。


 草木が暴れる。

「あなた達下がりなさい。ここからは儂の出番なんだから」


 声がする方を振り向くと、人がいた。

 ——マヌ・ルーサだ。


「な、なんで貴方が……」

「儂は監視員として忍び込んでいたんじゃよ。その少年をとっ捕まえるためにのう。さて、本当はカメラでは捉えきれないところを見守っているのが、監視員の仕事なのじゃが、今回は例外じゃあ。妖精。それも強力な妖精じゃ。私一人ではきついかもしれんな」

 彼女は、軽装をして手には弓矢を持っていた。


「先程、王宮から指令が来ての。『そちらの緊急事態を済ませてから、こっちに来い。それまで何とか持ちこたえてみせる』と。まぁ、あそこには兵騎士長がいるから何とかなるじゃろう。問題は、こいつじゃな」

 彼女から発せられるのは殺気だった。


 その目線だけで人一人を殺すことが出来るのではないかと思うくらいに。


「私の妹を殺す気ですか?」

「場合によっては」

「そんなことは絶対にさせませんよ」


 マヌ・ルーサさんは私を睨みつけて、

「それじゃ、儂が妹を殺させないようにしてみるんじゃな。何か策はあるのか?」


 覚悟を決めなくちゃ。

 アタシはあの子の姉よ。

 双子の姉なのよ。

 だから、私が何とかしないと……


 胸元にあるペンダントに手を当てる。

 師匠に言われたんだ。

 フクシアを任せたって。


「ありません。だけど、実の妹を殺すなんてこのアタシが許しません」

「確かに、倒すには少しキツいわね。封印ならどう?」

「封印。封印。封印。封印。封印——」


 そう言えば、このペンダント——師匠がフクシアの封印を解くために必要だって言っていたっけ。


 そう言えば、師匠に上位存在の封印の仕方を学んだ時があったっけ。

 それを使えば——。


 でも、思い出せない。


 刹那——。

 こおりの刃が耳を掠った。


「無駄話をしている暇は無いぞ。人間共」

 次の瞬間、水の銃弾が風切り音を立てながら、私の真横を通り過ぎた。


 取り敢えず、戦うしかない。

 このままだとやられる。


 偽フクシアは悪魔のように高々と声を上げて笑った。

 その声は島中に不吉に響いた。


「さあ、粛清を始めるとするか」

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