第21話 ノアの十字団
彼の口からとんでもない集団の名前が出た。
『ノアの死霊団』――――。
かつて、大国を滅ぼし、世界を破壊の道へと導こうとした『ノアの死霊団』。
この時代の悪を代表するネクロマンサー集団。
「ノアの十字団? ノアの死霊団って、今から約40年前に活躍したネクロマンサーの集団でしょう? でも、その集団は全滅したって聞いたわよ。もしかして、生き残りがいたってこと?」
「まぁ、そういうことだね。初めは数人だけだったけど、人数を増やして名前を変えたんだ。『ノアの十字団』ってね。僕達の目的は、アクロポリスの王宮に隠された魔導書を盗むこと。あの化け物はその為の布石だよ」
現実味がない。
目の前に起っていることは、この少年が言っていることは冗談なのではないのかと。
この少年のただの妄想なのではと思ってしまうほどに現実味がない。
でも、目の前に出された動画に写し出された映像は、間違いなくアクロポリスの国で起っていることだ。
その一つの動画が私の妄想を現実に引き戻す。
彼の言っている事が紛れもない本当のことなのだという証明をする。
「君たちがどう動こうがこの怪物は街を破壊し続ける。街を救うのか。それとも、どうにかしてアクロポリスの街に空間移動をして化け物を倒すのか。それは君たち次第だよ。でも、これは緊急事態だよね。それなのに、なんで王様達は僕らをアクロポリスに引き戻さないと思う?」
確かに。
言われてみればそうだ。
なんでだろう。
国がこんな危機的な状況に迫られているのに、なんで私たちを呼び戻さないんだろう。
「もしかして、試験をしなければいけない理由があるから?」
「ほう。その理由って?」
「それは、私達に国家試験を取って欲しいからとか」
正直、この回答に自信が無い。
彼は、「ははっ」と鼻で笑う。
「そんな純粋無垢な理由なものか。国家が壊滅したら国家試験そのものが終わるんだよ? それなのに、国家の一大事よりも試験を大事にするなんて可笑しいじゃないか」
確かに。
彼の言うとおりだ。
「それじゃ、何だって言うのよ」
彼は、口角を上げて白い歯を見せて、
「そりゃ、受験者に見られては困るものがあるからに決まっているだろう」
「受験者に見られたら困る物?」
「そうだ。それこそが、王宮に封印された魔導書。世界に3冊しかない魔導書。それは、黒魔術を主に扱っているんだ。死体、魂について扱った『ネクロノミコン』、悪魔の召喚の仕方、悪魔の能力の引き出し方など、悪魔に関して様々な事が描かれた『悪魔の偽帝国』、天使や神獣、天使、悪魔、妖精などの上位存在について書かれた『ソロモンの鍵』――――。この三冊が有名な『三大魔導書』と呼ばれているものだ。それくらい知っているだろう」
知っている。
だけど、それは本の中でしか知らない。
『三大魔導書』に関してはお伽噺のようなものだと思っていた。
本当に存在していたとは……。
「魔導書にはそれ自体に魔力が込められている。それは知っているはずだ」
私とおねぇは頷く。
「この『三大魔導書』には特に強力な魔力が込められていると言われている。それこそ、表紙を開くだけで相当な魔力を使用することになるとか……」
因みに、この世界には『魔術書』と『魔導書』の二種類の魔法についての本がある。
――――『魔導書』は、そのまんま魔を導く書物のこと。
上位的存在である天使、悪魔、妖精、神獣、幻獣などを召喚するために必要な書物だ。
『魔導書』は、本自体に魔力が込められており、それが開ける者の試練のような役割を果たしている。
また、1ページ1ページに上位存在への扱い、召喚の仕方等々が描かれており、上手く召喚すれば仲間になったり、契約を結んだり出来る。
対して、『魔術書』は四大元素や黒魔術、白魔術、その他の系統の魔術に関する魔術式等々が書かれている本だ。
いわば、魔術師の教科書やテキストのようなものだ。
魔術書それ自体には魔力は込められていない。
が、高度な魔術書や秘伝レベルの魔術書になると、暗号化されたり専門用語などで解読が難しくなっている。
なぜなら、魔術書のレベルが高度になるにつれて大規模な攻撃が出来る魔術や、精神に干渉できる魔術などが増えるからだ。
「詳しいことは知らない。僕は唯、『あの怪物を使って街を襲って魔術書を取り出しやすいようにしろ』と上から言われただけだ」
役に立たない。
下に落ちている機械を拾う。
怪物から逃げ惑う人々――――。
街を壊す怪物――――。
怪物に立ち向かう国の兵士達――――。
人の死体、破壊された街、燃える家――――。
映像から聞こえる。
感じる。
人々の悲鳴を、悲しみを、怒りを、憎しみを――――。
許せない。
私はこいつを、『ノアの十字団』を許さない。
自分の私利私欲で人を殺すなんて。
自分達の目的を果たす為なら何でもしても良いというのか?
それは違う。
断じて違う。
耳の奥で声が聞こえる。
大切な、師匠の声――――。
「この世にはね、『社会というものを、とある集団社会を保つためにやってはいけないもの』があるんだ。それを人々は『倫理』や『規則』、『常識』という名で呼ぶ。それらには基本原則がある。人の基本的な間がえさ。それはね、『平等であること。つまり、社会的な立場で不当な扱いを受けないようにすること』、『自分以外の他人を精神的、肉体的、社会的に傷付けないこと』。この二原則で基本的に成り立っている。いや、成り立たないといけないはずなんだよ。現実は残念ながらそう上手くはいっていないけどね」
小さい頃。
本当に小さい、六歳くらいの時におねぇとケンカしたときに言われた言葉だ。
当時の私は「何を言っているんだろうこの人は」くらいにしか思わなかったけれど、今思えばとても良い事を言っていたんだなと思う。
胸に熱い何かを感じる。
それは、とても温かいものだ。
それに、とても安心する。
心地良いのだ。
でも――――。
私はこの男を、許すことは出来ない。
人々の悲しみの声が聞こえるから。
助けを求める声が聞こえるから。
駄目――――。
私の心が壊れてしまう。
怒りに、憎しみに、憎悪に支配されてしまう。
『来い。小娘』
冷たい声が聞こえる。
鈴のような高い声。
その声は、愛着はあるけど冷徹だった。
冷血だった。
冷酷だった。
そう。
それはまるで氷のような冷たい声だった。
私の心は紅と黒に支配される。
沈み込む私の心。
その先にあるもの――――。
それは、冷たい氷の世界。
その世界にあるのは自分と暗闇の世界のみ。
氷の世界は永遠に続く。
下を見ると、もう一人の自分の姿が写っていた。
もう一人の「私」は私に向かって囁く。
「来なさい。全てを私に委ねなさい。そうすれば、楽になれる。その苦しみも憎しみからも解放される」
「だめ!! そんな事をしたらみんな傷付いちゃうよ!」
「もう遅い。人は沢山死んだ。目の前の敵が憎くないのですか? こいつのせいで沢山の人が死んだのですよ? 一方的に――――。ほら、憎いでしょう。その気持ちを背負うのは辛いでしょう。疲れるでしょう。楽にしてあげますよ。ほら」
氷の床から手が伸びる。
冷たい。
でも、気持ちいい。
そうか。
この怒りや憎しみがあるから私は辛いんだ。
囚われているんだ。
「ほら。楽になれたでしょう。そのまま、その身を私に委ねなさい」
そうだ。
私はこんな辛い気持ちにはなりたくないんだ。
「そう。その調子よ」
鈴のような声が私を凍らしていく。
何も感じない心へと。
「良い子良い子。何も感じない方が良いのよ。その方が楽だもの。貴方は十分に頑張ったわ」
自分の中にあった赤い怒りの感情や、黒い憎しみの感情が和らいでいく。
喜びも、寂しさも、怒りも、憎しみも、愛情も、悲しみも――――。
何も感じない世界へと導かれる。
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