第19話 魔術師

目の前にいるあの人影が、あの使い魔の主の可能性が高い。


 気付かれた。

「あ、待て!」

 黒い影が逃げる。


 逃す訳にはいかない。

 森の中を駆け抜け、影を追う。


 私に使えるのは、

 医療魔術、火属性魔法、水属性魔法の三つの魔法。


 召喚魔術を敵は使う事は既に、使い魔を召喚している時点で分かっていることだ。

 あとは、何の魔術を使うのか。

 属性魔法を使うのか、それとも、他の特殊な魔術を使うのか。


 そこら辺がなんとも判断しがたい。

 けど、まぁ、攻撃したら分かるでしょ。


 掌を人影に向け、火属性の魔法を集中させ、呪文を唱える。

「火炎弾ファイヤーボール」

 火が手のひらの中心に集まる。


 紅色の球を放つ。

 それは、まさに隕石の如く。

 朱色の尾を引き、火炎弾ファイヤーボールが空を切る。


 これで彼(彼女かもしれないけど)は何らかの魔術を使って、防ぐなり、避けるなりしないといけない状況なわけだ。

 さぁ、貴様の手の内を見せろ。


 影は足を止め、掌をかざす。

 来る——。


 火炎弾ファイヤーボールの動きが止まった。

 かと思うと、逆に火炎弾ファイヤーボールがこっちに来た。


 跳ね返したのか。


 恐らくあれは風属性の魔法。

 1番厄介な属性魔法か。

 いや、土属性の魔法も中々厄介だけれども……。


 もちろん、対策は練ってあるけれどね。


「水泡」

 掌を火炎弾ファイヤーボールに向けて水属性の魔法を放つ。

 火炎弾ファイヤーボールを水の柱が襲う。


 ジュウーゥゥゥゥ


 見事、炎の玉は消えた。

 奴を追わなくちゃ!


 人影に近づく。


 輪郭が明確に見えてくる。

 ——ミノタウロスを思わせる隆々とした筋肉。

 ——2メートルはある身長。

 ——オールバックにした金髪に、鷹のような鋭い目付き。

 ——その強靭な肉体から溢れ出る濃い魔力のオーラ。


 奴は、ヤバいやつと感じた。

 本能がこいつは危険だと察知している。


 でも、ここで引く訳にはいかない。

 引いてしまったら、妹の命が危なくなる。


 彼は、無言で腰に付けてある大剣を鞘から抜く。

 彼の身長程ある太い剣だ。


 方より上の方に持ち上げ、剣先を私の方に向ける。

 ——上段の構え。


 対して、私は氷で剣を創る。

 腰に手を当て、剣を抜く仕草をする。

 と、同時に氷系統の魔法(水属性)を使い、剣を生成する。


 両刃の付いた剣。

 全長で100センチメートルくらいだろうか。

 両手で握り締め、剣先を目線に合うように構える。


 お互いの様子を見る。

 敵は、只者ではないというのは雰囲気で分かる。


 瞬間、ぞくりと背筋が凍る。


 彼は、一瞬で間合いを詰めてきた。

 ——風属性の魔法を応用したのか。


 土が、葉が彼を中心にして舞い散る。


 下方から切り上げてくる鬼神の一撃。

 まともに受けたら終わる。


 1歩踏み込み、受け流す。


 刃と刃が犇ひしめき合う。

 オレンジ色の火花が散る。

 二本の剣は、ギギギという嫌な金属音を奏でる。


 力が強い。

 それに、風魔法を応用して剣の切れ味、身体強化、移動速度等々の能力を大幅に上げている。


 何とか受け流す。

 大剣は弾かれ、剣先を空に向ける。

「ぬうっ!」


 素早さ、小回りが利くのは体が小さく、大剣よりも細い私の方。

 ここで何とか一撃を与えたいところ。


「はぁぁ!!」

 水平の方向に一閃を描く。


 ガギィン、という剣と剣が撃ち合う音。


 次の瞬間、私が見たのは欠片へと変貌し、握りと数センチほどしかない欠けた剣だった。


「う、そ……」

 目を疑った。


 まさか、剣が折れるだなんて。

 うそ。

 そんなこと、嘘よ。


 絶望の表情を浮かべる私を、大男は冷酷な、無慈悲な瞳で見つめる。

「あばよ。お嬢さん」

 水平に空を切る大剣。


 やだ。

 まだ、まだ死ぬ訳にはいかないのよ。

 フクシアとの約束を果たすまで、アタシは死ぬ訳にはいかないのよ。


 ——両親を蘇らす手段を見つけるまで。

 ——あの悪魔を倒すまで。

 アタシは、あの子のお・ね・ぇ・ち・ゃ・ん・であり続けないといけないのよ。


 だから、

 まだアタシは死ねない!!


 両手を前に出して、氷の壁を作る。

「何っ!?」

 驚きの表情を見せる大男。

「ぬぉぉぉぉぉぉ!!」


 なんという馬鹿力。

「くっ……」

 ピシリ、と氷の壁にヒビが入る。

 もう、ダメ。


「おらぁ!!」

 大剣を振りかぶる大男。


「きゃあ!」

 森の光景が走る。

 地面に転がる。


「ぐえっ」

 木にぶつかってやっと止まった。


 坂で転がる雪だるまの気分だったよ。

 もう。

 痛いなぁ。


 立ち上がって汚れを払う。

 敵は、重量級。

 あの速さは風魔法で上乗せしたもの。

 本来はアタシの方が速い。


 とすれば、加速する魔術等々を使って、彼の速さを上回るしかない。


 それをするために必要なのは——氷魔法を使うこと。

 これしかないだろう。

 よし。

 これで行こう。


「ほら、来いよ。お嬢さん」

 大男は、地獄から聞こえて来そうな声で言う。


「なら、行かせてもらうわ」

 滑る。


「なっ……」

 引き攣るつ彼の表情。


 地面を氷漬けにして、スケートのように滑る。

 それが、私が思いついた移動速度を上げる方法だった。

 ついでに言うと、私の両手には氷で造ったナイフが握られている。


「何なんだそれはぁぁぁ!!」

 彼は、大剣を振り下ろす。

 ジャンプをしてスレスレに躱かわす。


 ついでに、ナイフで彼の肌を切り刻む。

「ぐっ……」


 もう、彼の攻撃は私には当たらない。


 下段からの切り上げ。

 ギリギリに避けて彼の足を斬る。


 その様はまるで踊る氷の巫女。

 ナイフを持った氷上の踊り子。

「ふふふ」


 金髪が空に舞う。

 真紅色の瞳が輝く。


 彼女は、赤い液体に染められた水色のナイフを持って踊る。

 嗤わらう。


 彼の肌は次々に剥ぎ落とされていった。

 首、足、腕、手、顔——。

 様々な所に切り口が出来ていた。


 遂には大剣を放し、跪く。

「これで終わりね。さようなら」

 跪いた彼の胸にナイフを一突き——。


 情もない、冷血な一突きだった。


 氷のナイフはそのまま消え、消散していった。

 残ったのは、金髪の乙女と体中に切り傷がある大男の死体のみ。


「おねぇーー!!」

 久しぶりな気がする妹の声に心が安らぐ。


「フクシア!!」

 愛しい妹の元へと駆け寄り、抱き締める。

「良かった。無事だったんだね」

「おねぇこそ。無事でよかった」

 口元が緩む。


 ああ、そうだ。

 私が欲しかったのはこの温もりなんだ。


 本当に、無事で良かった。

 今は、この幸せを感じていよう。

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