第17話 VS使い魔、魔術師

 綺麗な滝が流れる池に私達は着いた。

 水の音が心を安らいでくれる。

「取り敢えず、ここで休憩をしようか」

「うん。そうだね」


 氷の玉の中には大蜥蜴の肉片を閉じ込めてある。

 それを池の畔に一応置いておく。

「また食べたくなったら氷を溶かせばいいしね」

「うん」

 それに、この炎天下の中なら勝手に氷が溶けるはずだし。


 さてと。

 次にしないといけない事と言えば、拠点作りかな。

 あとは、ルール確認。


 ん?

 ルール確認?


「おねぇ、クリスタルを奪われるとこのゲームどうなるんだろうね。おねぇ。ていうか、クリスタルって配られていないよね。どこで手に入るんだろう?」

 おねぇを見ると、彼女の首には、いつの間にかクリスタルの首飾りが掛けられていた。


「おねぇ、その首飾り……」

「あれ? いつの間にこんな首飾りが。でも、何か可愛い」

 おねぇも今気付いた感じのようだ。

 いつ首にぶら下げてあったのか本人も分からないらしい。

 正直、怖い。


「これを奪われたらいけないんだよね」

「そうね。これを奪われたらゲームオーバー。この島から101メートルを超えたらいけない。このクリスタルを集めて、1番多いチームが勝ち。他のチームと共闘してもいいけど、事実上はライバル関係。だから、いつ裏切られるか分からない危険性がある。押さえておくべきポイントはこれくらいかな?」

「それくらいだね。拠点を置くのはここでいいかな?」

 おねぇは唇に手を当てて黙ってしまった。


 何かを考えている仕草——


 こんな沈黙の時間が流れる時は、無駄に五感が鋭くなるんだよね。


 ――――小鳥のさえずりと、清涼感のある空気、滝の水が池を叩く水音だけが聞こえる。

 自然の偉大さというのは計り知れない。

 自然は生命を育む源だ。


 遠くの鳥の歌まで聞こえる。

 自然あるからこその生命、生命あるからこその自然なのだ。


 自然の中に身を置くと、いかに自分がちっぽけな生き物なのかを再認識する。

 それと共に、自然がいかに壮大なのかも確認することになる。


 自分がどれだけ足掻こうが世界は変わらない。

 この自然には勝てないという絶望感。

 強大過ぎる力を持つ相手を前にすると、自分の無力さがよく分かる。


 それでも、生命を産んだ母に安堵してしまうこの矛盾——。


 自然の持つ包容力と膨大な力を前に、その子たる私たち生命は抗うこともできず、無力さを噛み締め、その温かさに守られるのみ、


 それでも、いや、だからこそ私達は命を大切にし、生き続けなければならない。

 それが、同じ命あるものを殺し、それを糧に生きている私達生物が唯一出来ることだ。


「うん。これでいこう」

 空想から現実へと引き戻された。


「おねぇ、何か思いついたの?」

「まぁね。でも、そんなに大したことじゃ無いよ。まず、この近くに簡易のテントを作る。アタシの医療魔術とフクシアなら出来るよ」

「て、テント? テントを作るってどうするのよ? フレームは良いとしても、何を被らせるのよ? 何も持ってきていないのよ?」


 おねぇは薄く笑って、

「それこそ、アタシの氷で作ればいいじゃない。そんなの」

「あ、なるほど。でも、目立たないかな?」


「ははは。大丈夫大丈夫。結界を張っておくから。それなりの魔法攻撃や物理攻撃なら防ぐことが出来るくらいの結界を。それなら大丈夫じゃない?」

「まぁ、それなら良いかな。敵もそう何人もいる訳じゃないしね。多くて4人。私たちなら何とかなるよ」


「そうね」

 おねぇは池の水に手をつけて、それを舐める。

 安全な水かどうかをチェックしているらしい。

 正直、他の方法があるだろと思うけど。

「うん。悪くない。大丈夫」と言って立ち上がる。


「それじゃ、道具を持って来よう」

「うん」

 森の中に入って行くおねぇの背中を追う。


「いるのは柔軟性のある長い木の棒よね」

「さすが、師匠の訓練で鍛えられているわね。そうよ。柔軟性のある、硬くて長い木の棒を探すのよ」

 私とおねぇは入ってきたところとは違う道を見つけて入って行った。


 鬱蒼うっそうとした森の中へと入って行く。

 日は沈み、森は朱色に染まりつつあった。

 森の中を徘徊しながら、役に立ちそうな枝木を探す。


「暗くなったら見つけにくくなるから、日が完全に沈む前に探さないと。急ぐわよ。フクシア」

「う、うん」

 アトラクションのように木々が複雑に交差する。

 そんな獣道を私達は進んで行く。


「なかなかないねぇ」

「そうね。ないね」


「待って」

 おねぇが唐突に、右手で前進する足を止める。


「何かいる……」

「おねぇ?」

 おねぇが見つめる先にあるもの——。

 影だ。


 人とその横には獣毛をその身に覆った獣。

 全長2メートルは優に超す岩のように鍛えられた筋肉。

 ナイフのような鋭い歯がずらりと並び、両手にはどんなに硬い鱗でも切り裂きそうな爪が生えている。


 ——狼人間。


「使い魔……!!」

 はっ、と息を呑む。


 刹那——。

 影は目の前に移動していた。


 速いっ……!!


 猛獣のような飢えた視線が私たちを捉える。

「ははっ! 人の肉。それも若い女の肉だ。今日は贅沢できるぜ!」

 白銀に輝く犬歯が襲いかかる。


「いつのまにっ!!」

 仕方がない。


 ナイフを鞘から抜く。


 狼男の口が大きく開かれる。

 チロチロと赤い舌が蛇のように厭らしく動く。

 鞘を口の中に突っ込む。


「ぐうっ!」

 鞘を噛む。

 鞘は凹み、使い物にならなくなった。


 その隙を狙って彼の右肩を狙ってナイフを振り下ろす。


 ガギィン——。


 響き渡る金属音。

「くっ」

 五本の爪と私のナイフがひしめき合う。

 緋色の火花が散る。


「くそ。こんな不味いもんを口の中に放りやがって。どうした? そんな力じゃ俺様には勝てねぇぞ!」

 彼の放った右手が、私のみぞおちに炸裂した。


「かはっ」

 強烈な痛みが襲いかかる。

 ――刺すような激痛。


「おらぁ!」

 そのまま拳を空中へ振り上げる。


 私の体は宙を舞う。


 くそ。

 これはやばい。


 血のように赤い空と、それに照らされた深緑色の葉の光景が流れる。

 地面が背中にぶつかった。


 走るような激痛が腹部と背部を襲う。

「く……そ」


 そんな激痛の中、頭を回転させる。

 打開策を、この状況を切り抜ける策を。


 こいつらは恐らく「狩人」だ。

 レンジャー試験やハンター試験の時に受験者を邪魔をする人達のことだ。

 その目的は主に「遊び」と「邪魔」。

 自分の快楽のために人の人生を賭けた勝負を邪魔する最低な連中だ。


 このまま終わる訳には、死ぬ訳にはいかない。

 レンジャーの資格を取って両親を蘇らすんだ。

 あのクソ悪魔を倒すって約束をしたんだ。

 だから、それらを果たすまで私は死ぬ訳にはいかない。


 この化け物に勝つために私はどうすればいい。

 やつに勝つために、私にある武器はなんだ。

 考えろ。考えろ。考えろ。


 奴に肉弾戦では勝てない。

 私に残された武器は——。

 薬術。


 私に勝機が有るとすればこれしかない。


「フクシア!!」

 おねぇが卑劣な悲鳴を上げる。

「大丈夫よ。私なら大丈夫よ。おねぇ。だから、おねぇは使い魔を操っている魔術師を……。私は、この使い魔を倒すわ」

「わ、分かったわ。それじゃ、任せたわよ。フクシア」

 おねぇは使い魔を操る魔術師を追って走って行った。


 さて、そろそろ反撃するとしようか。

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