第15話 レンジャー試験当日

 その日、私はストレスの為に眠ることが出来なかった。

 何をしていたとかそういうのでは無い。


 興奮して眠れなかったのだ。

 初めて遠足に行く子供のような気分だった。


 途中でおねぇが、

「眠れないの?」

 と心配してくれたけど、まさか「明日のレンジャーの試験にとても緊張しているの」なんて恥ずかしい事は口がけても言えなかったので、

「い、いや。今、寝ようと思った所」

 とかいうベタな返答をしておいた。


 お陰で、今日私は寝不足だ。

 せっかくの試験日だっていうのに……


 ベッドの中でずっと横になっていたから、疲れは大分取れたけどさ。


 今日は、国家試験最終日。

 加えて、レンジャーの資格試験の日でもある。


 これを興奮せずにして夜を凄せようか。

 いや、過ごせない!!


 私は、カーテンの隙間から漏れる白い光で目が覚めた。

「おねぇ、起きて。朝だよ」

「む? んん。分かった。起きる。起きるから」

 猫を追い払う仕草で私をベッドから除けると、彼女は上半身を起す。


 頭には、アホ毛のような寝癖が付いている。

「んん……」

 数分その体勢を保ったまま、ぼっーとしていたけど、いきなりベッドから飛び降りて、

「よーし! フクシア、気合を入れて行くよ!」

「う、うん」


 私達は、寝巻きから私服に着替えた。

 ——とは言っても、試験に来ていく用の服なんだけれども。


 私とおねぇは、駆け出し冒険者のような軽い服装にした。

 理由は、動きやすいこと、非常事態でも、何とか生き残ることは出来ることだ。


 違うところは、私はマントと小さなバッグを肩に掛けているという所。

 実はだね、諸君……。


 私は、マントの中に薬草やら瓶やらを仕込んでいるのだよ!

 えっへん。


 バッグの中には、今回の試験で必要とされる薬を用意してある。

 これぞ危機管理能力!


 完璧だ。


 対して、おねぇは、師匠から貰った杖だけ持っている。

「肉を切るのだって素手で出来るし、必要なのはこれくらいでしょ」

 というのがおねぇの言い分だった。


 うん。

 たしかに。


 私達は、さっさと下で食事を済まして会場へと向かった。

 会場には数十人の人達が既に集まっていた。


 ——円形の会場の中央には、360度の方面から見えるように、複数の大画面が映し出されている。

 会場全体にいる人数は、大体20人弱。


 その中から合格をするのは数人。

 いや、数チームだ。


「あ、貴方達は——」

 弱々しい声が後ろからしたので、振り返る。


 そこには、上から下まで体のラインにしっかりフィットした、黒づくめの格好をしているエリックが立っていた。

 ぱっと見の印象は忍者だ。


 彼を見た瞬間、驚きよりも笑いがお腹から込み上げて来て、

「ふ、ふふっ。エリック、何その格好は!!」

「こ、これは僕の家族に代々伝わる服装なんです。家族から唯一貰った思い出の品なんです。笑わないでくださいよ」

「分かった。分かったから」

 まあまあ、と彼を宥なだめる。


「あんた、ここにいるってことは、レジャーの試験を受けるの?」

「そうだよ。レンジャーの資格は何かと便利だからね」

「レンジャーの資格を取るなら、ハンターの資格でも良かったんじゃないの?」

 彼にちょっとした意地悪な質問を投げかけてみた。


「そ、それは……僕は別に魔獣狩りをしに旅をするわけではありませんから! レンジャーの資格は国家試験の中で最高難易度と言われていますし。それに、レンジャーの資格を取れば怖いものはありませんからね。難易度Sランクの依頼や賞金首やモンスターと戦うことが出来ますし、特定危険区域に立ち入ることも出来ます」

 彼は言葉を続ける。


「ハンターももちろんその資格はありますが、レンジャーは同時に他国の隠蔽捜査やスパイ活動などにも良く駆り出されますからね。魔物退治専門のハンターも良いですが、レンジャーの方が凡庸性が高いですから」

「なるほど。それじゃ、将来は世界に旅を?」

「いや、僕の場合はスパイ活動ですかね。色々事情がありまして――」

 へへへ、と照れ臭そうに頭をボリボリと掻かく。


 スパイ活動か。

 それなら、聞こうにも聞くことが出来ないなぁ。

 ちょっと手の内を聞き出そうと思ったのに。


「ほ、ほらほら。何か始まりますよ」

 周囲の人々がざわめき始め、中央の画面に注目している。

 私とおねぇもそれに倣う。


 画面の中央にあごひげを生やした禿げたおじいさんが現れた。

「ごほん。え、えー。本日は『国家試験週間』の試験の最終日でだ。そして、最後の科目は毎年恒例――。『国家試験』の中で一番合格するのが困難とされているハンター試験。早速だが、ルールを説明させて貰おう」


 以下、本科目のルール



 1.一人、または、複数人のチームに別れて競い合う。


 2.場所は時空間移動の術を行う。試合が終わる、または、試験から離脱するような事があった場合には強制的に帰還させる。


 3.島から101m以上は、1歩たりとも出てはいけない。例え、自らが時空間移動の術を扱えたとしても同じである。


 4.相手を致死的な損傷、または、命を奪う危険性がある術を用いてはならない。


 5.試合は、各チーム(1人でも1チームとして扱う。なお、このチームは本科目登録時点でのチーム構成に従う)に1つのクリスタルを配る。それを奪い合い、1番多く手にしたものが優勝。


 6.不正が見つかった場合、即帰還させ、国家警察に身柄を引き渡す。


 7.試験は、明日の日の入りまで。


 8.共闘は可能。


 9.クリスタルが1番多いチーム3組までが資格を手に入れることが可能。


 10.地図は無し。


 11.クリスタルを奪うのはいかなる方法を用いても可能。


 12.兵器レベル以上の道具を持ち込むのか不可。それ以外ならなんでも良い。


「以上がこの本試験のルールである。まぁ、どんな感じなのかは体で感じておくれ。しかと耳に焼き付けよ。なお、本試験はライブ中継で、国から、国民全員から見られておる。不正などを起こした者は社会的にこの国家から追放されるということになる。それは、つまり、他三大国家への影響も大きいという事だ。覚悟をしておくのだな。二度とまともな生活が出来ないと思うが良い。私からの説明は以上だ」

 王が言い終わると、画面が切り替わり、タイムリミットが始まる。


 凄まじい勢いでカウントダウンがされていた。


 会場が一瞬暗くなったかと思うと、会場の床から淡い水色の光が漏れ出した。


 その光は、何かしらの模様を形作っていた。


 ——魔法陣だ。


 頭の中でその単語が出てきた時には、既に私は別の場所にいた。

 そこは、開放感と清涼感が漂っていた。


 見渡す限りの緑、緑、緑——

 周囲からは鳥の囀さえずりと獣の雄叫び。


 私たちが戦うのは人間だけではないということか。

 それもそうだ。


 そうでなくては、今日の夕食をどうしろというのだ。

 人と戦わずとも、命の危険が身の回りに溢れているのは当たり前ということか。


 それに、お前もレンジャーならこれくらいの試練を乗り越えて見せろと言うことだ。

 それを乗り越えられないくらいならレンジャーになどなる資格は無い。


 加えて、これは国公認のイベント。

 人が死んだとしても『事故』で済ますのは容易であろう。


 まさに、死練しれん。


 エリックもどこか違うところにれ飛ばされているらしい。

 そう言えば、さっき王様は、『島』と言っていた。

 ということは、ここは孤島か。


 国が所有しているのか。

 それとも、作ったのか。

 それは、今の時点では分からない。


 ん?

 誰かを忘れているような……


 私が頭を使っていると、後ろの方からメキメキメキと枝が折れる音と、爆音に近い音が近づいて来た。

「な、なんなの!? この音は!」

 後ろを振り向くと、おねぇが体長5メートルはあるであろう巨大蜥蜴とかげに追われていた。


 全力疾走で私の方へ突進してくる。

 そんなの冗談じゃないよ!

 始まってから数秒でゲームオーバーだなんて!


 試験の……

 いや、この場合は人生のか(笑)


(笑)じゃないよ!!

 大蜥蜴に踏み潰されて死にました。

 だなんて、一生の恥だよ!


「なんでこっち来るのよ! おねぇ!」

「だ、だって、ワープしたらこの蜥蜴の巣にいて……。それで、私に気付いた大蜥蜴が怒ってこっちに来たから、逃げていたらフクシアがいたから――」

「こっちに来たっていうの!? もう、いい迷惑!」

「し、しょうがないでしょ!! 見つからないよりかはマシでしょ!」


「だからって、魔物を連れてくる!?」

 森の中を走り回る。


 その様はまるでアトラクションのようだ。


 うう、私たちこれからどうなるんだろう。

 泣けてくる。

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