第12話 治療__2

私は、おねぇから貰ったシャーレの中に入った魔力細胞を机の上に置き、カバンの中から培養道具を取り出す。


 培養液に、培養する為の透明な器具等々——

 培養、薬を作るのに必要な道具を机の上におく。


 私は魔力細胞の一部を【レーザールーペ】という魔道具を取り出して観察した。


【レーザールーペ】——。

 これは、薬術学で良く使われる魔道具の一種である。


【レーザールーペ】に予め備え付けられているボタンを押せば、魔力が働いてルーペから光が放射される。

 絞りを調整して光の量を自由自在に変えたり、光の強弱を変化させることも可能だ。


 これで細胞の内部まで細かく観察することが可能なのだ。


 絞りとダイヤルを回して魔力細胞を観察してみる。

 結果だけ言えば、異常だらけだった。

 感染している細胞は紫色に変色し、魔力細胞の形や構造までもが変化させられていた。


 感染途中の魔力細胞は、薄紫色になっており、細胞の形こそは変化していなかったが、内部の構造が30%程変化していた。


 どうすればいいのか頭を回転させる。

 この内部の構造の変化を食い止めるためには、細胞レベルで働かせるための薬が必要となる。


 健康な細胞を活性化させるか。


 それが最善策であろう。

 元凶の虫は既に取り除いているのだ。


 ここはおねぇの分野だ。

「おねぇ、健康な魔力細胞だけを活性化させることは出来る?」

「出来ないことはないけれど、その場合、術を発動している間、私の手をずっとその健康な細胞に当てていないとダメよ」

「くっ……」

 私は、眉を顰める。


 それでは、おねぇが他のことをすることが出来ない。

 どうすれば――


 その時、エリックが口を開いた。

「どうやら、苦戦しているようですね。健康な魔力細胞を活性化させようとしている。でも、それをするためには術を継続しないといけない。そのためには、その患者さんの細胞のところにずっと手を当てていないといけない。そうですよね」

 と、自信満々に、目をキラキラと輝かせて聞いてきた。


「そ、そうだけど」

 私がそう答えると、彼は口角をニタリと上げて、

「それなら、僕のルーン魔術の出番ですね」


「で、実際にどうする気なの?」

 おねぇが話に割って入ってきた。

 かなり挑戦的な口調だ。

 自分が出来ないことが他人に、しかも、年下の少年に出来ると分かって対抗心を燃やしているのだろう。


 全く、大人気ないなぁ。

 おねぇは。


「そうですね。カミリアさんが、回復魔術をマイクさんに使います。その時に僕が【持続】のルーンの御札を回復魔術の効果が一番ある所に貼ります。それで大丈夫です」

「む、な、なるほど」


 先程の闘争心はどこへやら。

 おねぇは、唇に手を当てて、エリックの意見を聞いていた。

「確かに、一理ありそうね。うん。それでいきましょう」

 方針が決まった。

 そうと決まれば、実行あるのみ。


 おねぇは、半裸のルン・マイクさんの縫い目をしている辺り——つまり、心臓付近に両手を翳かざして、呪文を唱える。

「活性化ヒール」

 すると、手を翳している部分に薄緑色の透明な球が彼の体とおねぇの掌を包み込んだ。


 そのまま【活性化ヒール】を維持する。

「それじゃ、いくよ」

 エリックは、彼の半裸の体にルーンを描く。


 「うん」

 彼の描いたルーンが黄金の光を放つ。

「神よ。汝に力を与え給え。【持続】」

 おねぇは活性化ヒールをしていた両手を離す。


 彼の体に刻まれた【持続】のルーンのみが黄金に光り輝いている。

 本当に効果はあるのか?

 本当にこの効果は持続しているのか?


 私は、不安だった。

 私は、ルーンについて詳しく知らないからかもしれない。

 でも、この男の子の事を直ぐに信じろというのも無理な話だろう。


 まぁ、ルーン魔術を使わせてしまった以上、もう彼を信じているということになってしまうが、状況が状況だったので、仕方なく使わざるを得なかったのだ。


 口をおねぇの耳元に近づけエリックに聞こえないように声を掛けた。

「ねぇ、おねぇ。このルーンがちゃんと活性化ヒールを活性化させているかどうかって確認出来る?」

「まぁ、アタシの【透視眼】なら視えると思う。やってみないと分からないけれど。でも、やってみる価値はあると思う」

「それじゃ、おねぇ、ちょっとやってみて」

「うん。分かった」


 おねぇは頷いた。

 彼女の瞳に4つの小さな円が現れた。

 おねぇは目を細めて患者さんの体を凝視する。


 おねぇは、うーん、と暫く唸っていたけど、

「うん。ちゃんと活性化ヒールの魔法は正常に機能しているよ」

「なら良かった」

 私は、ほっと胸を撫で下ろす。


「もしかして、僕のルーン魔術を疑った?」

 エリックはニタニタとニヤける。

「だって、ルーン魔術なんてあまり見掛けないから」

 真っ赤な嘘だけど。


「確かにね。ルーン魔術はあまりポピュラーな魔術では無いからね。でもね、結構役に立つんだよ。凡庸性も高いし」

「確かに」

 でも、正直、そのルーン魔術のお陰で今回の事は助かった。

 私とおねぇだけではどうにもできなかったかもしれない。

 いや、出来ないことは無いけど、時間が掛かってしまっていたと思う。


 2人で治せないことは無いが、受験も控えているので私たち姉妹の時間もあまり摂る事が出来なかったので、正直言うととても助かった。


「それなら、良かった」

 今度の彼の笑みは、ニヤけるような笑みではなく、太陽のような満面の笑みだった。


「暫くベッドで寝かせていれば大丈夫でしょう」

 お医者さん(仮)の許可も降りたので、私たち3人は下に降りて夕食を食べることにした。


 外食にすることにした。

 外に出ると、また昼間の街並みとは違った美しさがあった。

 昼ほどは人が多くなかった。


 所々に浮かぶキャンドルのような淡い光——丸い玉に細かな装飾が施されて、その中から光が漏れているのだ。

 恐らく、この街の伝統工芸品なのだろう。


「あれは、フェアリーライトと言うものらしいですよ。あの球は職人さんが作って、その中に光属性の魔法を使って光を付けているそうですよ。浮遊魔法を作って空中に浮かべさせることも出来るんですよ。ほら、あれとか」


 エリックの指した方を見ると、フェアリーライトの蛍光のような淡い光が虹色に——いや、虹色よりも多彩に、様々な色がアクロポリスの街を照らしていた。


 桜色、白藍色しらあいいろ、淡藤色あわふじいろ、青磁色せいじいろ——


 それはまるで、色で遊んでいるかのようだった。

 フェアリーライトから感じること出来るこの街の人々の完成を伺う事が出来た。


「これはね、この光一つ一つはね、人の魂なんだよ」

 エリックは虹色の夜空を見上げて言った。

「人の魂?」


「そう。これも本で読んだ知識なんだけど、1年に1回、人の魂が国家資格を手に入れ、人の為に、文化と技術向上の為に尽くした人々の魂が帰ってくる。人のために尽くした人の魂の疲れを癒して、祝福する。それがフェアリーライトなんだ」

「良く知っているね」

「ま、まぁね。これくらい調べれば直ぐに分かる知識だけどね」

 彼は、得意そうに鼻を擦る。


 人の魂が帰る事ができる場所。

 なんとも素敵なお話だと私は感じた。

 前世は何をしていたのかは分からないけれど、魂の価値は平等だと私は信じていたい。


 あくまでこれは私の希望であって、わがままであるけれど。

 そう思わないと、報われない人もいるから。


 私は、ある人たちの顔を思い浮かべる。

 写真の記憶しかないあの人たちを。

 話の中でしか思い出の形にないあの人たちを。


 魂も人の数だけ種類がある。


 せめて、あの世で報われて欲しいと私は思う。


 私達は、夕食を忘れてその天使の光を暫く眺めていた。

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