第9話 金髪の少年
妹のフクシアが病人と会って大変な思いをしている時、姉のカミリアはボストンバッグの中身から、明日の試験に必要な物を確認していた。
ペン、試験票、それくらいか。
意外に少ない。
「さてと! アタシは勉強でも始めようかな」
家から持って来た医術の参考書を取り出して机の上に開く。
医術。
正式名称「魔法医術」——
人体の詳細な構造の知識、薬全般、パラサイト生物、医術に役に立つ魔術、倫理規定等々。
様々なことを覚えなければならない。
薬術と重なっている部分は多いが、薬術と大きく異なる所は魔術を使う所だとか、医術的行為を行う所だ。
まぁ、薬術と一言に言っても大きく2つに分かれるのだが。
魔術を使わずに魔物や植物から薬を作る調合薬術と魔術——錬金術的に薬を作る魔法薬学の2つに分かれる。
因みに、アタシの妹は魔法を使う事が出来ないので調合薬術を学んでいる。
師匠が調合薬術を使えるように育てただけなんだけど。
アタシと妹のフクシアはこの道を選ぶしか無かった。
私と妹はこの道を——この医薬の道を選ぶしか無かったのだ。
くしくも、この道が親と同じ道であったのは神様の悪戯であろうか。
単に、師匠が薬術と医術のスペシャリストだっただけなのだが。
アタシ達が勉強をする時、師匠が必ず言っていた言葉。
「良いか。アンタ達には両親がいない。それで自暴自棄になることは簡単だ。でもね、それは何の役にも立たないんだよ。親がいないのなら、その悲しみと痛みを分かるような人間になるんだね。それに、アンタ達はこれ以上自分たちのような人間を増やしたくないんじゃないかい? だったら、医術と薬術を学ぶのがそういう人達を増やさないための1番の近道さ」
彼女は続けてこう言った。
「苦しい時もあるだろうけど、その苦しみや痛みは、は将来アンタらが関わる患者さんたちの苦しみや痛みを和らげる、緩和する力になると思いな。無駄な経験なんて無いんだ。全てはアンタ達の見方考え方さ。つまり、認知的評価次第ってことさ」
当時のアタシは「なにくそ。このクソババア」とか思っていたけど——いや、今でも少し思っているけど、医術を学べて本当に良かったと思う。
多分、アタシに合っていたのだろう。
医術の勉強をすること自体は苦では無かった。
大変だったけど、勉強していてとても楽しい。
最初の頃は逃げ出して師匠に森の中に1日中放り込まれたり、体を縄で縛り上げられてフクシアと一緒に無人島の中に置いてけぼりにされたりと散々酷い目に遭わされた。
今思えば、運が悪かったら死んでいたのかもしれないなと思う。
でも、無人島や森の中に放り込まれた時は、必ずと言って良いほどサバイバル道具が入っていた。
それのお陰でアタシと妹は過酷な環境下で生き残ることが出来た。
でも、成長するにつれてサバイバル道具は減っていった(無人島や森の中に放り込まれるのは相変わらず続いたけど)。
でも、下手したら死んでいたかもしれない。
その体験をしたお陰でアタシは自分の限界を知ることが出来たし、適応力や応用力の力を身につけることが出来たと思う。
魔法医術のテキストを開いて、無限かのように思われる文字の海に目を通す。
30分くらい勉強していたけど、疲れたので少し休憩することにした。
「ちょっとアタシも休憩しようかな」
てか、フクシア帰って来るの遅いな。
1週間もあるんだから、別に今日行かなくてもいつでも行けると思うんだけどな。
フクシアは頭よりも体が先に動いちゃう子だからなぁ。
それに、彼女の薬術師の試験は明後日からだからなぁ。
アタシの医術師の試験は明日ある。
正直、合格は出来るとは思うけど、慎重には慎重を期したほうが良い。
でも、ちょっと休憩♪
部屋を出て下に降りる。
ラウンジには色んな国の人がいた。
いや、色んな国の人って分かったのは、喋っているイントネーションや抑揚が、話している人たちによって違うからだ。
あと、容姿かな。
髪の色とか、顔の骨格の形とかみんな違うし。
そこに、一人の男の子が一人用の真っ赤なソファに座って本を読んでいるのが目に入った。
ストレートの金髪をしていて、海のような深い瞳をしていた。
服装は、薄緑を基調としたセーターを着ている爽やかな雰囲気だった。
彼の読んでいる本はどうやら魔法医術の本らしかった。
ああ、明日ライバルになる子か。
ん?
彼のテキストを覗いてみると、間違えている所があった。
「そこ、違うよ」
反射的に言葉が出てしまった。
彼は肩をビクッとさせて私の顔を見た。
「え?」
「あ、ごめんなさい。なんでもないです」
自分の行動が恥ずかして目を逸らしてしまった。
顔が燃えるように熱い。
「もしかして、明日の魔法医術学試験を受験する方ですか?」
「あ・・・・・・そ、そうです」
「僕、この問題がどうしても分からなくて。この試験、12歳以上なら誰でも受けられるって聞いたから受けるんですけどね。僕、どうしても国家魔法医術師にならないといけないんですよ」
金髪爽やか少年の言葉からは情熱が伝わって来た。
「僕、実は幼馴染がいるんですけど、その子を治したくて。ルーン魔術ではどうやっても治せないから。だから、魔法医術を学んで彼女を治したいなって」
彼は、両手の指を絡めさせながら話す。
顔も林檎のように真っ赤になっている。
「そっか。それなら、明日のテストを頑張らなくちゃね!」
「はい!」
彼は満面の笑みで答えた。
「それじゃ、お姉さんが勉強を教えてあげるよ」
「え? 良いんですか?」
「もちろんだよ。アタシも丁度君と同じ試験を受けるしさ」
「そ、それじゃ、ボクに勉強を教えるのは邪魔じゃ無いですか?」
「ちっちっちっ」
私は人差し指を振って、
「人に勉強を教えるのは私にとってもいい勉強になるから。勉強を教える為には、その事について詳しくないといけないからね。自分への戒めにもなるから」
「あっ、ありがとうございます」
アタシは勉強を教えるため、金髪の少年を広いソファに誘導した。
「隣でいい?」
「あ、はい」
アタシは彼の隣に座った。
彼は遠慮しているのか、僅かにアタシと反対の方向に動いた。
アタシは教えやすいように彼との距離を縮める。
そこからはいたちごっこだ。
彼が距離を取り、アタシが距離を縮める。
周りから見れば、異様な光景だっただろう。
ソファの端まで来て、金髪の少年は観念したのか、下唇を噛んでアタシを睨みつけて、
「な、何なんですか!? そんなに近付くと恥ずかしいじゃないですか!」
「そうしないと教えにくいでしょ! ほらほら、早くやるよ」
「っ……分かりましたよ」
彼は深い溜息を吐いた。
こうして、アタシは短い間だけれど、少年に勉強を教える事になったのだった。
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