第2話 アクロポリスへ
アクロポリス——
そこは、バルテリア王国、デゥーレット連合国と並ぶ世界三大魔術大国の1つである。
アクロポリスは、その中でも特に魔術が発達している国で、多くの魔術研究者がその場に集まってくる。
1年に1回行われる魔術学会もここで行われる。
他にも、1週間かけて行われる国家試験週間というものが存在する。
レンジャー、魔術師、医術師、薬術師やくじゅつし、召喚士、精霊使い、ハンターなど、歳によって日程や時間は異なるが、やることは毎年変わらない。
この都市が1番盛上がる時は、年末と年始、魔術学会、そして、この国家試験週間の3回だ。
私達姉妹はこの国家試験週間の為にこのアクロポリスに向かおうとしているわけなのだけれど——
「ちょっと、早く行かないと間に合わないんだけど」
「ご、ごめんおねぇ。森の中で珍しい薬草があったからつい見入っちゃって」
「アンタの場合は魅入るでしょーが! 本当に、道草食いすぎよ」
「え? 草は食べてないよ。採集していただけ」
「そういう話をしているんじゃないわよ! そんなくだらないことを言う口があったら走る走る」
「う、ごめんなひゃい」
私達は、その試験に行くために列車に乗らないと行けないわけだけれど、その列車に遅刻するかしないかの丁度瀬戸際にいたのだった。
その列車の名は浮遊列車——。
浮遊列車とは、魔力を動力源にしている宙に浮かぶ列車の事だ。
今の時代では、ミクロポリスのような大都市から小さな町まで、相当な田舎でない限りは線路がある。
相当な田舎で無い限りは――――
私達姉妹が住んでいた所はその相当な田舎の中に入っていた訳なのだけれど。
だから、こうして家から歩いて駅がある町まで歩いてきているわけだ。
町と言っても田舎には変わりが無い。
農園や稲作、小麦が辺り一面に広がっている。
太陽の光に照らされて、金色の海が波打つ。
虫の鳴き声も聞こえてきて涼やかな気持ちになる。
本当はそんなにリラックスをしている余裕なんて無いんだけど。
目の前には酸化が進んで駅の半分以上が赤く錆びていた。
駅とは名ばかりの、腐敗した場所であった。
本当にここに電車が来るの?
「ねぇ、おねぇ。本当にこの駅で良いんだよね。確か、前期獅子時よね。あと10分くらい時間があるわ。どうする? お姉ちゃん」
「ぼっーとしとけば良いよ。どうせ直ぐに来るんだし。ここに来るまで頑張ったんだから、少しくらい休んでも良いよ。人は働き過ぎては逆に体や頭が機能しないし、休みすぎても体や頭がなまってしまう。適度なのが一番なんだよ」
おねぇの黄金に光る金色の髪が微風に流される。
左手で髪をかきあげる。
私は、今までの体験を思い出しながら反論を試みる事にした。
「でも、それじゃ、ぬるま湯に使ってしまうよ。おねぇ、師匠に森や無人島に1週間から1ヶ月近く放り投げられた時のことを覚えてる? あの時、私たちの肉体は限界を超えていたはずだよ。でも、あれを乗り越えたからこそ私達は今ここにいることが出来るわけだよ」
「つまり、フクシアは限界を超えることが人を成長させる糧になるとそう言いたいわけ?」
「そそ。そういうこと。今の自分の限界を知らないと自分の実力を真に知ることは出来ないからね。でも、それは、たまにでいいと思うよ。いつもそんなことをしていたら体を壊しちゃうから」
「確かにな。フクシアの言う通りだ。時には全力を出して自分の力量を知ることも大切だ。人の技術というものは、限界を通して自分の力量を見極める事と、持続させる事によって向上するものだ」
そこまで話したところで、駅の改札口からステッキをついたおばあちゃんが重そうな荷物を持って、よちよちと歩いてくるのに気がついた。
鶯色の淡い色をしたブルトンを被っており、彼女は如何にも貴婦人といったオーラを醸し出していた。
「ん? フクシアどうしたの?」
「ほら、あそこ。おばあちゃんが困ってる」
おばあちゃんの近くまで行って荷物を持ってあげる。
「おお。ありがとうね。若いお嬢ちゃん」
おばあちゃんは、茶色のヨボヨボのズボンとセーターを着ていた。
ステッキの握りのところには、龍の形を型どって作られていた。金で作られており、かなり高級なものっぽい。
おばあちゃんを椅子のところまで案内した。
おばあちゃんは、ステッキを隣にかけて椅子に腰を掛ける。
「お嬢ちゃん達ありがとうね。お陰で助かったよ。老いぼれるといけないね。体がどうしても鈍ってしまって杖無しでは歩くこともままならなくなってしまったよ」
おばあちゃんは椅子に腰を掛けると大きな溜息を1つ吐いた。
自分も将来はこんなふうになってしまうのだろうか。
「老い」は人の最大の苦悩の1つだ。
「あんた達も次のアクロポリス行きの列車かい?」
「あ、はい。そうです」
「そうかい。それなら、そこまでご一緒してもいいかい?」
「もちろんですよ」
おばあちゃんは、にっこりと私たちに微笑んでみせた。
「おや? あんた達——」
おばあちゃんは、目を細める。
目を細めた瞬間彼女の眼力が鋭くなる。
これが年寄りの貫禄というものだろうか。
何かを見定めるかのように私達の目を注視してくる。
彼女の口がゆっくりと開く。
「お主たち、『開眼者』ではないか?」
「か、カイガンシャ?」
あまり聞き慣れない単語でなんと答えたら良いのか迷った。
おばあちゃんは、口角を少し上げて、
「知らないの? 『開眼者』の他に『継承者』がいる。継承者というのは、儂たちのように『開眼者』の始祖の『魔眼』の持ち主から『魔眼』を受け継いだ者達のことよ。『開眼者』は、『神様』から魔眼の力を受けた者の事じゃ」
「は、初めて知りました」
おばあちゃんの細い目をよく見ると、確かに普通の人とは異なり、何かの紋様が浮かんでいる。
「わたしの『魔眼』は『猛禽眼』と言われているもの。敵の動きや魔法陣の描く動きとかを見極めることが出来わ。進化すれば、敵の魔術や武術をコピーすることが出来るのよ。私はそんな高度なことは出来なかったけどね。
他にも、『猛禽眼』には能力があってね、千里眼、そして、鋭い洞察力と動体視力を身に付けることができるんだよ。残念ながら、私は『開眼者』では無かったからそれほど強い『瞳力』を身につけることは出来なかったけどね。それでも、『落雷のマヌ』と隣国の間で言われるくらいには有名になったものよ。あんた達は私以上の眼をしているのよ。そのうち良い魔導士になれるわ」
いや、私達は魔道士になる予定なんてさらさら無いんだけど。
そもそも、私魔法が使えないんだけど。
そうツッコミたかったけど、敢えて言う必要も無いだろうと思って何も言わないようにした。
「あんた達わたしと同じ列車の筈でしょう。どう? 一緒に乗らないかしら」
私は、おねぇと顔を合わす。
別にいいんじゃない?
悪い人には見えないし。
そうだね。
何か良いことを聞けるかもしれないしね。
無言で会話をおねぇと会話をする。
このテレパシー(?)とも言えるやり取りは師匠に森や無人島に置いてけぼりをされた時に身につけた技術だ。
名付けて、《アイ・コンタクト》‼︎
仲間(双子限定)と目を合わせることで意思疎通を図るという魔物狩りの高等技術の1つだ。
私とおねぇはこの技術を会得するのに1ヶ月掛かった。
これは、人に応用することも可能なのである!
特に、2人で拉致された時とか喧嘩をする時とかに有効だ(拉致されたことは無いけれども)。
おねぇは秘技アイ・コンタクトをすると、おばあちゃんににっこりと微笑んで、
「もちろんですよ。ご一緒しましょう」
「ありがとうね。アクロポリス行きの列車で良いのよね」
「ええ」
「私の名前は、マヌ・ルーサ。宜しくね。お嬢ちゃん達。そういえば、まだお名前を聞いていなかったわね」
彼女は、顔の中心に皺を寄せて微笑を浮かべる。
彼女の微笑は、純粋無垢で、愛らしくて、それでいて知的だった。
私もいつかこんな風に歳をとってみたいと思う。
私より先におねぇが口を開いた。
「アタイは、ロジャー・カミリア。で、隣にいるのがロジャー・フクシアです」
「そうかい。2人とも短い間だけれどよろしくね」
その時、天井にあるスピーカーから渋い男の人の声が聞こえてきた。
後ろを振り返ると、ホームに人が集まっていた。
集まっていると言っても、私達3人を含めて5人しかいないんだけれど・・・・・・
駅のホームとホームの間にある道を辿るように、地面に2つの水色の線が現れた。
「「おおぉ!」」
無意識に声が出てしまった。
しかも、おねぇと声が被ってしまった。
顔に熱が帯びるのを感じる。
そういえば、私とおねぇは列車に乗るのは始めてなんだよね。
右の方向を向くと、宙に浮かびながら水色の線に沿って、突進してくる長くて緑色の大きい蛇が現れた。
恐ろしく大きく奇妙な形をした蛇——
その蛇の体は箱が連なるように出来ていて、その箱には透明なガラスが貼り付けられていた。
最前列の 天辺には真ん中に穴の空いた角が生えていて、その穴から白い煙をモウモウと吐き出していた。
そのスピードは、私が考えるよりももっと早かった。
これが列車というものなんだ。
ぞくりと背中に電撃が走り、握っている両手には、手汗がじんわりと出てくる。
これから私たちはこんなものに乗ってアクロポリスまで行くのか。
自分たちの知らない世界、知らない人、知らない出会い、知らない動植物、知らない技術、知らない魔物、知らない魔術、知らない薬——
未知の世界に踏み込むのかと思うと、血湧き肉躍る。
これから待ち受ける数々の試練——
おねぇとならなんとか乗り越えていける。
そんな気が私にはするのだ。
汽車の扉が開いて人々が目を擦りながら出てくる。
この扉の向こうから私達の旅は始まるんだ!
衝動を抑えきれなくなって、 おねぇの手をぎゅっと握る。
おねぇは無言で握り返してくれた。
彼女の温かい体温が私の手に伝わって来る。
何があってもずっと一緒にいようねと言ってくれている。
そんな気がした。
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