第3話 這いずる者の呪い


「さて娘よ。貴様の夢はなんだ?」


「……どうしてそんなことを聞くの?」


 私が質問に質問で返してしたのは、相手まおうを舐めたからだった。

 私とそう変わらない身長と、柔らかい曲線を残すあどけない面立ちを見て、恐るに足らない相手だと思ったのだ。


 ——しかしその想定はすぐに覆される。


「愚図が。

 冗多な問答をゆるした覚えはないぞ」


 <ま王>はあどけなさの残る顔の、薄い眉を不快そうに歪めてから、右手の指をパチンと弾き鳴らした。


「!……っあぅ……ぐっ、……!」


 途端に私の周りの空気が淀んで詰まって、息が吸えなくなる。吸おうと必死に空を掻きもがくが、少しも新しい空気が通らない。


「ぁっ……、あ……」


 逼迫した声が言葉にならずに口から漏れていき、口の端からはだらしなくよだれが垂れて行く。あまりの息苦しさに私はその場に膝をついて崩折くずおれた。


 そんな私の様を見て<ま王>はくすくすと薄い唇をめくりあげ、瞳をとろりと揺らして笑った。

 子供がいたずらに虫を殺すときのような、真白な狂気を宿して<ま王>はわらう。その笑みを這いつくばりながら仰ぎ見て、私はようやく、<ま王>の意味を理解した。


(——嗚呼、なるほど

 ”魔の王”で”魔王まおう”か……)


 この地上にはふたつの生き物が勢力争いをし、お互いの領土を削りあっている。その生き物とは、「人」と「魔物」だ。

 ——そして魔物の親玉を「魔王」と呼ぶ。


 本来であれば<まおう>と聞いた時点ですぐに気づくべきだったが、この港町では魔物自体をついぞ見ない上に、まさか魔物を統べる魔王がなんの前触れもなくこんな田舎の港町に現れるなんて思い至らなかったから、その結論に行き着くまでに時間がかかってしまった。


 とはいえそれがわかったところで、何か事態が変わるわけでもない。


 酸素不足で喘ぐ私の腕から、かさりと何かが落ちた。

 ——村人から与えられた花束だ。魔王の瘴気に当てられたのか、すっかり枯れてしまっていた。


「……っ、」


 酸欠で意識が飛びそうになる。何度もなんども、頭と視界がホワイトアウトしては薄ぼんやりと世界が戻ってくるのを繰り返す。すでに思考は追いつかず、ただ薄弱な意識を保つだけで精一杯だった。

 

「ふぅ……もういか」


 魔王が飽きたのか、怠惰に緩慢な動きで左手の指を鳴らした。

 途端に先ほどまで全く入ってこなかった空気が爆発的な勢いで一気に肺に送り込まれた。


「っ、ごほっ!!ごほ……っ、うえ……っ!」


 あまりの勢いに私はむせて咳き込んだ。


五月蝿うるさい。さっさと起きろ」


「……、……言われなくとも」


 私は拳でよだれの垂れていた口をぎゅっと拭い、すっくと立ち上がった。

 そして魔王を強く睨み返す。私の鋭い視線を受け止めて、魔王は不敵に笑った。


「私の夢は、穏やかでなんの変哲もない日常をこれからも過ごすこと。

 誰にも……もちろんあんたにも、抑圧されない自由な毎日を過ごすこと。」


 孤児として生まれ、奴隷船に乗せられたあの日から……ずっと穏やかで自由な、私だけの日常を求めていた。だからそれこそが私の夢である。


「……ふふ、なるほど?

 では貴様の身体の自由と平穏な日常を奪おう」


「は……?」


「……俺様が思うに死よりも辛いのは”夢を前にして自分だけがそれを得られない状況にいること”だ」


 静かに魔王は形の良い唇から、そんな言葉を謳うように紡ぐ。

 そうしてカツン、カツンと床に靴音を響かせながら私に近づいた。その間、私は全く身動きが取れなかった。


「俺様の趣味は、人間どもの夢を打ち砕くこと。絶望を与えること。

 ……せいぜい足掻くがいい、平穏を失ったその体でなぁ」


魔王の右手の小指が私の額を突いた。

——その瞬間、鋭い痛みが額に走り、急激に体が重くなった。痛みはない。苦しくもない。ただただ強い睡魔が波のように私に押し寄せてきた。


「なに、を……」


眠くてろれつが回らなくなりそうになりながら私は魔王に問いかけた。


「<這いずる者の呪いクロウラー・スペル>だよ。俺からの贈り物ギフトだ。」


クロウラー・スペル……? 一体、何を言っているのかまるでわからない。

けれどそれを追求する意識も、もう私には残っていなかった。


——とにかく眠い。眠りたい……。







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ただの町娘なのに魔王の呪いで最強になってしまいました〜えっ、瀕死状態(HP1)固定ですか!?〜 アサミ @under_see

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