第3話牧原敗北の瞬間
外で出た時間は夕方の五時。まだ下校している人達もちらほら見える。
楽しそうに話している女子高生達。どこかみんな同じようなマフラーをしている。それなのに、ミニスカートを制服として身につけながら登校する女子高生に、俺は感動すら覚える。
すでに薄暗く肌寒い住宅街を耳を赤くしながら歩く。
公園についてみたが、この時期では誰も公園では遊ばない。寒くても外で遊ぶ時代はとうに終わったのだ。ましてや雪も降らないのだ、子供にとってはつまらなく、ただ寒いだけで走り回ることでさえ、寒さで肺が痛くなる。今は自分の家でひっそり遊ぶのが主流だろう。
砂場に来てみたが、なんだか恥ずかしい気分だ。だってはたから見たら、砂場殴るんだよ?いや馬鹿すぎでしょこれ。
でもやる。最強ぼっちの夢がかかっているんだ。S&Fにおいて俺が負けるわけにはいかないんだ。
周りをキョロキョロ見渡し、不審者さながら誰もいないのを確認した。
「じゃあやってみるか」
魔力を右拳にタメ、砂場を思いっきり殴る。
ぼふっ。
うん、わかんね。
「まあ砂がちょっと勢いよく飛んだぐらいかな?そんなもん、だな」
何を期待した俺は。砂場の砂全部が弾け飛ぶと思ったか?んなことしたらどっちにしろ砂場に来た意味よ。被害を少なくするために来ていたんだ。これで満足だろ。
「まあ帰るか」
なんか無駄に外に出た気分だが、検証は悪くない。
後は魔力を上手く流してより速く動き、より強い攻撃に繋げられるようにしよう。
帰り道、魔力を全身に巡らせつつ、足に重点的にまとい少しランニングするために遠回りした。
あまり人に見られたいと思わない俺は、人通りが少ないところを走ることにした。だって同級生に見られて、「え、君って、うちのクラスの・・・・・・誰だっけ?」みたいになったら恥ずかしい。うん、知られてないだけで走ってる恥ずかしさは欠片も関係なかった。
すると、牧原の姿が目に入った。
あー嫌だ。なんでよりによってあんなやつが近くにいるんだよ。俺の家と近かったのか?ん?あれはどこの中学生だ?
あいにく俺には制服で学校を見分けられるほど他校に詳しくない。
牧原とその女の子、かなり可愛い女の子は特別仲良さそうということはない。なぜなら、なんとなく牧原が焦って何かを説得し、女の子が両手の平を牧原に向けて少し後ずさっているから。
牧原の彼女か?喧嘩でもしているのだろうか。喧嘩できる彼女がいて羨ましい限りだわ。やっぱりイケメンの彼女は可愛いもんだな。でも牧原って彼女いないって聞いてたんだが、まあ他校なら知られてないってことかな。
二人にバレないように適当にランニングして通り過ぎる。うん、足の魔力量を両方同じにするのはなかなか疲れる。
「本当に無理なんです。私は付き合えません」
「いやでも、僕は君が好きなんだよ?」
付き合えません?彼女じゃないのか?
ああ駄目。野次馬精神でこのランニングをやめたいのは山々だが、俺は野次馬に紛れ込まなきゃ野次馬になれない。一匹野次馬はまだ俺には早い。
チラッと振り返ると可愛い女の子の腕を牧原の手ががっちり掴んでいた。
「待ってよ!僕の話を」
「あ、牧原だー。牧原ー!」
まるで何も気づかなかった、牧原いたんだーみたいな感じで、マジックアーツで右手の平にほんの少し魔力を集めて肩を叩く。
俺は本来こんなキャラじゃないが、やる気はいつも無さそうにしてそうだからそれっぽさは出す。
もしかしたら女の子が困ってるかもしれないとかは思ってない。なんとなく、手を貸したくなっただけ。もし事件になって俺が見過ごしたことに罪悪感を持たないため。まあ牧原なら事件まではしないとは思うけど万が一だ。
「っ!彩川君?君はなんでここに?」
あからさまに嫌な顔をされた。いや、少し肩を痛めたな?マーシャルアーツの効果、ステータスの効果が発揮されているな。しかし槇原よ、俺はお前が犯罪者にならないようにわざわざ来たんだぞぉ!もう、お兄さんの優しさなんだからねっ!
「ああ、ちょっとコンビニ行こうかなって思ってさ。あんまこういうの聞くの迷惑かもだけど、そっちの腕を掴まれている美少女は彼女さん?」
腕を掴んでるをわざと強調して問いかける。こいつの彼女じゃないことは会話を盗み聞きしたのでわかってる。この男も、俺が近くにいたこともあってわざと聞いてるのか、それとも全く聞いてないのかわからないせいで嘘を気軽にはつけないはず。女の子の方にも聞こえるようにしてるのでなおさらだ。
すぐに牧原を手を離した。まあこれだけ言われて離さない方がおかしいし、何よりもっと早く離してもいいレベル。
「いや、この子は友達だよ」
学校の時とは打って変わって声に力がこもっていない。おいおい、実はお前も陰キャだな?俺の陰キャセンサーに反応してないけど、俺のサーチを抜け出す陽キャ風の陰キャだろ?
「あーそーなんだ?いやー、腕なんか掴んでたしてっきり付き合ってるのかと思ってさー。あ、もしよかったら名前聞いてもいいですか?」
腕を掴むというキーワードを再度強く押しつける。それによって彼もやっと離した。
女の子の方はなんとなくこちらの方に寄った。わかりやすくではない。牧原から離れたという構図を作らないようにしつつ、少しでも離れたい思いだったのだろう。
「彩川君、もう夜も遅いんだ。迷惑になるだろ?」
「いやいや、名前ぐらいいいじゃないか。夜が遅くて迷惑って言うなら、お前が腕を掴んでたのも迷惑だろ?」
告白の件については、おそらく触れてはいけない。こいつは、多分プライドがかなり高い。そこに触れたら危険だ。
「それとこれとは話しが」
「
牧原の拒否を押しのけて千夏という女の子が名前を教えてくれた。
「俺は
「翔君ですね?よろしくお願いします」
「俺は牧原と同じ15歳なんですけど、一応確認しますけど、同い歳ですよね?」
この同じっていうのは、中学三年生ということだ。早生まれ遅生まれがあるからな。
敬語を使われると相手が同い歳がわからなくなる。そういう俺も使っているが、初対面の女子には敬語になってしまう。
「はい。私も同じ15歳です」
「そっか」
この自己紹介で握手なんてものはしない。なんてことはない名前紹介で終わりだ。
「じゃあ花色さん。牧原が言うように夜も遅いし、もう帰った方がいいですよ。な、牧原?」
言外にこれ以上は終わりだと告げる。それに彼は気づかないだろうが、ここで無理に花色を押し倒したりはしないだろう。
「・・・・・・そうだね。じゃあ僕が送っていくよ。夜道は危険だしね」
・・・・・・くそ、参ったなこれ。
そうだ、陽キャは女の子との関わりが多いから、夜遅くは女の子を送るという高等技術を使いこなしているんだった。
やはり俺が1枚下なのか。悔しいが、俺はもう何もできない。俺が送るよとか言えない、恥ずかしいから。
それに険悪なムードとか喧嘩になりたくない。俺は平和主義のゲーマーなのだ。
「いや、私親に迎えを頼んだんで、そういうのは気にしないでいいよ」
おっとここで花色のカウンター!私に近づかないでと言わんばかりの一撃!俺なら死んでいる!
これはチャンスだな、ここを見逃す俺じゃない。
「どこに迎えが来る感じですか?俺はこれからコンビニに行くんで、そこに迎えを呼ぶのはどうですか?」
「あ、じゃあそうします!」
そうか、この子迎えなんて呼んでないな。すくなくとも今は。
いや呼んでいたとしても、どちらにしろこの流れを彼女は作った。
「牧原はどうする?コンビニに行くけど、一緒に行くか?ああ、牧原は心配しなくていいよ。俺は頼りないけど、コンビニすぐだし。間違っても花色さんの迷惑になることはしないよ。周りの目があるしね?」
ここで牧原の拒絶をしたいのは確かだが、それでは牧原のプライドが傷つく。それを回避しつつ、例え牧原がついてきても周りは見てるよと警告しておく。
ここまでしておけば、流石に手を出したりはしないだろ。
「・・・・・・僕も行く」
これは予想通り。でも牧原は何もできない。だって周りはもしかしたら見てるんだから。俺がいい例なのだ。俺に見られている牧原はうかつに手を出せないと認識させる。
まあこれはあくまで牧原が手を出すことを前提に考えている事だ。もしかしたら牧原は紳士的な対応を取っていい感じに終わるかもしれないし、さっきのはつい諦めきれずたまたまなのかもしれない。だから、今日はもうやめだ。
「よし、遅くなるしさっさと行こう」
コンビニに向かって歩いていると、俺はふとお金を持ってきてないことに気がついた。
やっべー、俺コンビニ入って何すればいいんだ?適当に買って帰ろうとか思ってたけど財布なし。おかげでコンビニによるという理由のもとで帰ることができない。コンビニにトイレ借りに来たってことでいいかなぁ?
俺の所持品はスマホだけ。スマホでお金払うことができるとかだったらいいけど、あいにく銀行と連携してるアプリないしなぁ。
もう詰んだねこれ。潔くお金忘れましたって言うべきなのか?言うしか俺には残されてないように思えるんだが。
コンビニ見えてきたなぁ、入りたくないなぁ。とりあえずトイレにこもろっかなぁ。最近のコンビニのトイレ綺麗だからなぁ。
「あ、お兄ちゃん!お帰りですか?」
死んだ魚の顔芸をしていると、すれ違う形で我が愛しの妹に出会った。
助かった!これで俺は助かる!妹よ、俺の財布になれ!いや、このまま妹について行って帰るのもありか?
「お兄ちゃん?彩川の妹かい?」
「まあそんなとこ。妹の
歯切れ悪く言ってしまうのはぼっちの悪い癖だ。あとはトイレに行くのに異常に恥ずかしがったり逆にわざわざゲームするためにトイレにこもる。これあるあるよ。
「お兄ちゃんどこ行くんですか?僕は買い物帰りですけど、夕食はいらない感じです?」
「いや、俺も帰るかな。悪い二人とも、もう帰るわ」
やったぁああああ!ここでさり気なく妹が持っていたレジ袋を手に取る。これで優しい兄というものを演出しつつ財布がないのをごまかせた!
花色が気にならなくもないが、あれだけ牧原に牽制しておけばさすがに大丈夫だろう。
目の前にはもうコンビニがある。このまま時間稼ぐだけで親が迎えに来てジ・エンドだろう。
「・・・・・・うん。ありがとうございます翔君」
「僕はこのまま千夏の両親を待つよ」
うわぁ、俺が女だったらこんなやつに両親見せたくないな。可哀想に花色。
「お兄ちゃんのお友達さん。お兄ちゃんがお世話になりました」
「なってないから行くぞ」
むしろこっちがお世話したんだよ。
「雪羽さん。こちらこそお兄さんにお世話になりました。ありがとうございます」
「あはは。大丈夫だよ雪羽ちゃん。またね」
おいこのイケメン、うちの妹に話しかけるな、殺すぞ。名前で呼ぶな、殺すぞ?色目も使おうとしたよな?死刑決定。
うちの妹はめちゃくちゃ可愛いんだよ。そこの花色さんも可愛いが、めっちゃ可愛い。ボーイッシュな感じなのに出るとこ出てるエロい子、もとい偉い子だ。
まあでも妹だ。どんなに可愛くても妹は妹。小さい頃から一緒にいればまじで何も思わない。母親と同じレベル。
「お兄ちゃん、怖い顔してないで行きますよ!」
怖い顔なんてしてないよお兄ちゃんは。ちょっと殺気で殺ろうしただけなんだ。
でもまあ妹は今俺がいるからいいとして、明日から面倒になったりしないか心配だ。花色も付きまとわれたりするかもしれない。まあ牧原ならプレイボーイな感じがあるからすぐ他の女にターゲットを変えるかもしれないが。
問題は今回俺が邪魔したことにある。ちょっと調子に乗りすぎた気がする。今後はぼっちらしく流しに徹しよう。
「お兄ちゃん!今日のご飯はお兄ちゃんの好きなエノキが入った味噌汁と、雪羽特性野菜炒めです!」
「流石妹だ。俺の好きなものを用意してくれるとは」
「僕も好きな料理ですから。お父さんとお母さんも好きだし。そうだ、今日勉強教えてくださいー」
「ランク戦終わったらなー」
魔力の操作についても学びたいが、別に妹の勉強見てからでもいい。
だがランク戦は別だ。時間が決まっているからな。日々精進してなければならぬってな。
「えー!お兄ちゃんゲームやりすぎです!なんでそれなのに頭いいんですか?」
「お兄ちゃんは勉強も普通にする。ソファで寝てるお前とは違うんだ」
「ひどい!僕だって好きで寝てるわけじゃないんですよ!」
そんなのわかってる。母親の家事の大半を手伝っているんだ、俺よりずっと疲れているよな。
「わかってる。ありがとよ」
「う、う〜。その急にそういう風になるのずるくないです?」
「はいはい可愛い可愛い」
「僕何もしてない!」
うん、妹は可愛いな。
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