限りなく無色に近い青春

また残り少ない余命を一日いちにち減らしていくなかで、クラスメイトはロミオとジュリエットの話を、ひいては僕と彼女の話をしなくなっていった。そんな話題をずるずる引きずる必要もないほど、毎日話題に満ちていたのだ。

 それでもみーちゃんと僕と彼女の昼食会は続いていた。

 9月ももう終わろうとする頃、秋と名乗る暦とは裏腹にまだ暑かった。

 ろくに友人づきあいもしない僕にとっては、彼女達のするクラス内外の友人関係の変化についての話――まあ大体恋愛関係における話――はいつでも新鮮だった。

 宮内みやうち川原かわはらと付き合いだしたとか、五十嵐いがらし樋口ひぐち岩田いわたから告白されて、その場で返事しなかったために二人とも露骨にやきもきしてるとか。

 両手にイケメンだねえ五十嵐さん、と言ったら二人に冷やかされた。

「樋口と岩田が女子だよ?」

「五十嵐君はうちのクラスだよ」

「相変わらず人の名前覚えないよな」

 みーちゃんが呆れたように言う。まあ、みーちゃんに言われちゃぐうの音も出ない。

「そんな簡単に人は変わらんよ」

「寿命ももう残り少ないはずでしょ。世界観が変わったとかないの?」

 そう言って"腕時計"を見た。000:15:02:42:39。

「あと二週間しかないとよ」

「そっかーもうそんなか」

「なんか変わったことあるか?」

「無いよ。あの作家の時代みたいに老いが死を予告してくれるならまだしも、これなら昨日と、一週間前と、一年前とも何も変わらないもん」

 そう言って彼女は"腕時計"を軽く持ち上げた。

「参考にならないねえ」

「教室でもその質問ずっとされてるから飽きたよ。というかそのやりとりさ、みーちゃんも聞いてたでしょ?」

「まあここには違うサンプルがあるから、結果も変わるかなと思って」

「別に誰の前であろうと私の世界観は変わらないよ」

 そういうと彼女は僕の方をちらりと見てから続けた。

「まだまだ君の世界観の半分すら理解できそうにないね、申し訳ないけど」

「だから謝られる筋合いじゃないって」

 癖かもね、と笑う彼女をよそ目にみーちゃんは何か考えるように黙った。

「どしたの?」

「一五日後って言った?」

「言ったけど……」

 みーちゃんは片手で携帯を操作し、ああやっぱりと呟いた。

「その日は秋祭りの日じゃない?」

「秋祭り?」

「君は知らないのか、去年私は部活のやつから知ってみーちゃんと一緒に行ったんだよ、北門を出てずっと右手にずうっと行くとある神社」

「チャリで一五分くらいだったっけ?」

「正確には覚えてはないけど、そこまで遠くはないはずだよ」

 僕も携帯で地図を見て周辺を調べてみた。なるほど確かにある。

 ここ周辺においてはもっぱら学校と駅を往復する道しか歩かないから知らなかった。

「ねぇ二人とも予定が空いてるなら行こうよ」

「……え? 私はその日に死ぬ予定の二人を連れていかなきゃいけないの?」

 確かにそう考えると荷が重そうだ。そう思うと自然と俯いてしまう。

「やだよ、ただでさえこの子がいなくなる心の準備すらまだ出来てないってのに――あぁもちろん君もだけど、いや忘れてたわけじゃないってほんと――死の瞬間まで付き合わせるの?」

「ちょ考えて、私と彼との関係性を考えてよ!? どう考えても不自然な沈黙とか生まれちゃうでしょ!?」

 彼女が焦るのも道理だったが、少し胸が痛んだ。いや、なら元々僕を誘わなければよかったのでは? 失言だと感じたのか、彼女はすぐに言葉を継いだ。

「いや、そういうわけじゃなくてさ、君も黙らないでよっ!」

「2人で行きなよ、旅は道連れって言うでしょ?」

 そう言ってみーちゃんは下手くそなウインクをした。

 それがみーちゃんから僕へチャンスを与えてくれたことへの合図なのだとしたら、それはもう酷いものだった。


 五限が終わり、トイレに行く道の途中、何も言わず横にピタリとつく気配を感じた。大体この場合、彼女かみーちゃんであることがほとんどだ。

 気配が大きいので彼女だろう。

「みーちゃんがあんなこと言ってるの、ごめんね迷惑だよね」

 僕の気持ちを十分理解した上で、彼女がそのような発言をしているのなら残酷だ。

 彼女は僕のことを分からないと言ったが、それは勿論僕だってそうだ。

 僕だって彼女のことが分からない。

 彼女は言葉を続けた。

「普通に友達とかと一緒に行ったっていいわけだし」

「……」

「もちろん普通に一人でふらっと行ってもいいわけだし」

「それじゃ普通に僕ら2人で行ってもいいわけだよね?」

「この場合それは普通なのかなあ」

 うーん、と彼女は唸った。

「正直、僕は異性をどこかに誘ったことないから、どれだけ積極的にいけばいいのかどれだけ引けばいいのかよく分からないんだよね」

「それ私に言っちゃう?」

「手練れておけばよかったとこれほど願ったことは無いね」

「ずるいねえ」

 そう言ってふいっと視線を逸らして彼女は見上げるようにして空を覗き込んだ。

「日が傾くのが早くなってきたね」

「そうかな?」

 夕焼けチャイムもまだ鳴るのは遅い。

「寂しくなるね」

 この言葉を聞いた時、死ぬということに対して、ひんやりとした恐れを抱いた。やらずに後悔するよりやって後悔したほうがマシという言葉をよく聞いたが、どちらにしろ後悔するのは誰でもなく自分なのだ。それならば、やって後悔も、やらずに後悔もしたくはない。


 ここから秋祭りの日まで割愛する。

 特筆すべきことが起きなかった――起こしようもなかったというのもあるが、僕が彼女の本当の心情を図り損ねて中途半端な態度を取ってしまったというのは、わざわざここに書くほど驚くべきことではない。

 僕が彼女を誘って拒絶されなかったことへの喜びと、それは彼女なりの優しさによるものであり期待してはいけないという空虚さが、まるで脚の長さが不揃いな机のようにがたがたとずっと僕の中で揺れ動いていた。


 

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