孤独に語る独白は無い
そんなこんなで僕らの演劇はとんとん拍子に進んでいった。
もちろんこの間にも僕ら2人はバイトに勤しみ、みーちゃんは冷やかしにバイト先に現れた。僕らのクラスで演劇を催すことを知った店長は、僕らにワンシーン見たいと言ってきた。あまり人前で練習してネタバレしたくない僕たちにとっては、夕方人通りが少ないあの店で練習できる大義名分が得られたのは良かった。
毎日のように演技練習していた。脇役を店長や他の従業員さんに手伝ってもらうこともあった。パートのおばさんの記憶力が優れていて僕より順調にセリフをそらんじていたのは目を見張った。本人が言うにはどうやら学生時代演劇サークルにいたらしい。まだまだ主役張れるねと嬉しそうに笑っていた。
店長はあまり記憶力が無かったが、僕らのバイトの上がり時間になると「上演料だ」と言って、賄いを僕らやみーちゃんにまで出してくれた。
「ホントにこれでこの店やってけるのかね」
とパスタをフォークでくるくる巻きながらみーちゃんが言った。
「うるせえ子供は黙ってニコニコ食ってりゃいいんだよ」
「これも在庫なのかな…」
まるで信頼をしていない顔をしていた。
「賞味期限は切れてないぞ!!」
相変わらずみーちゃんと店長は馬が合わないようで、そのいざこざを見るたび僕と彼女はまたやってると言わんばかり見ていた。
そんなバイト、演劇の練習、学校、バイト、演劇の練習、学校という同じ出来事の繰り返しのような毎日であったが、きちんと時間は進んでいたようで、気がつくと文化祭当日となっていた。
前日に、緊張で眠れなくなった彼女やみーちゃんから電話がかかってきてぽつりぽつりと夜遅くまで話すといった物語めいた出来事も無く、誰からの発信も来ないまま朝、目が覚めた。
文化祭が始まってから、僕らは上演会場となった教室にこもりっぱなしになった。
教室の外からの騒音や人の動きなどを極力抑えるために貼られた暗幕のせいか、教室が見慣れないものとなり、それが文化祭がもう始まっていることをじんわりと実感させる。
寿命が短いと言えども、緊張はするものなんだな。
000:028:06:42:01と指した"腕時計"を見る。相変わらず同じスピードで数字が削られていく。
スカーフをプロデューサー巻きにしたみーちゃんと衣装を着て真剣な面持ちの彼女が、最後まで粘り強くセリフ合わせをしていた。
全くみーちゃんもみーちゃんで、ふざけるならキチンとふざけきってほしい。
「なあこんな時で悪いんだけどさ」
熱心な宣伝の声が暗幕を突き抜けてくる中、男──クラスで演劇をやると決定した際、彼女と仲良く話していた奴だ──が僕に話しかけてきた。
「なんでお前なんだ?」
余りにも省略された問いであったが、言いたいことは分かった。彼女の事だろう。なんで俺じゃなくお前を指名したのか?
「それは僕だって――――」
訊きたい。と返そうとしたが言葉に詰まった。どう考えてもあの寿命が原因に決まっている。だが、わざわざ"腕時計"を見せつけても火に油を注ぐだけだ。
その中途半端な黙秘は彼の癇に障ったらしく、吐き捨てるように言った。
「お前はアイツとは不釣り合いだよ」
そう言って僕の前から離れて、みーちゃんと彼女のもとへ行った。僕へ放った言葉の残渣を感じさせることなく、彼は二人と談笑し始めた。
避けてるはずだった、そういう言葉を投げつけられるのは。だから他人とはあまり深く関わらないようにしてたのになあ。
ちょっと独りになりたかったが、この格好では外に歩けない。頭をかきむしろうとしたが、整髪料で綺麗に固められているため下手に崩せない。鬱屈した感情が吐き出せず悶々とする。
ポケットに入れっぱなしにしておいたウォークマンを起動させ、イヤホンを両耳につけて大音量で音楽を流し込んだ。正直曲はなんでもよかった。吐き出したくなるような暗い感情を脳が咀嚼できないように、情報でパンクさせられれば。
聴覚の情報は視覚と全く異なっていてちぐはぐになっている。
PVみたいだな。普段見慣れないような衣装を纏った学生達が、音を発することなく口だけをパクパクと動かしている。PVというより、カラオケで背景で流れる、ああ、でもあれもPVといえばPVか。あれどういう感じで演技してるんだろ。ワンシーンが極端に短いけど台本とかあるのかな。
騒々しいドラムに邪魔された思考は論理のかけらも無い。
三角座りで顔を埋めて何曲かやり過ごした後、不意に片方のイヤホンが取られた。
「うわっこんな大音量で聴いてると耳悪くするよ」
彼女の声がした。
「どしたの?瞑想みたいなことしちゃって」
「人前に出るの滅多に無いから緊張しちゃってね」
傷つけない程度に、もう離れてくれというニュアンスを込めたつもりだったが、彼女は違うように捉えたらしく片膝を立てる様に僕の横に座った。
「ごめんねー主人公なんて目立つ役やらせちゃって」
「謝るのが遅いよ」
「だって任命してすぐ謝っちゃうと、『謝るくらいなら役変えてくれ』とかって言うでしょ?」
「なんなら今だって言いたいけどね」
「でも今そんなこと言ったら、押し付けられた誰かに迷惑が掛かってしまうから、今まで衣装や小道具を作ってくれた人に申し訳が立たないから言わない、そうでしょ?」
まるで旧知の仲であるかのような口ぶりだが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「そんなにきれいな人間じゃないよ僕は」
ただ臆病なだけだ。
クラスメイトの宣伝が良かったのか、意外と客席は埋まっていた。それを暗幕の端から覗いてため息をつく。
開幕五分前となり、見るにあたっての注意事項の説明が入る。上映中の飲食の禁止、音の出る機器の電源は切っておくこと、などなど。それを意図的に聞き流しながら僕らは気休めにセリフの練習をした。彼女はセリフをよく覚えていて、僕が突然セリフを言ってもその次の彼女のセリフをパッと返してきた。やるたびに彼女がドヤ顔を惜しげもなく披露してくるのは少々腹が立つが、流石言い出しっぺといったところであった。
残り3分とアナログ時計の長針が告げる。細い秒針はまるで電池が切れかかっているのではないかと言わんばかりに進むのが遅い。
口が渇いてきた。かといって、暗い舞台袖で手探りでペットボトルを取るのは面倒だ。
心臓が、今までの怠惰を挽回しようと存在をアピールしているようにうるさい。
巡りの良くなった血液は脳内に行き渡り、言語化出来てもない不安で思考が埋め尽くされていく。
闇に慣れきっていない目で周りを見渡すが、そのような人は多く、なんかもぞもぞと動く影が見える。
今までループで流れていたBGMが切り替えられる。
さあ、悲劇の開演だ。
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