13
それからも凛は眠り続けた。クリスマスも、年末年始も、ただ変化もなく時は過ぎ、天空島高校は新学期を迎えた。
島に戻るわけにもいかず、茅ヶ崎の空きビルを借りて用意した仮校舎。何人もの生徒が学校を去り、三年はたった八人しか残らなかった。その半数が大学受験組であり、研究所を目指していた就職組は、路頭に迷うのも時間の問題という状況だ。
「みんな、よく帰ってきてくれたね」
卒業生からの寄付などで購入した、アナログ式のホワイトボードの前で、倉橋が目に涙を浮かべて言った。よれよれのジャージは、元から線の細い彼をさらに弱々しく見せる。
「先生、こんなことになって、みんなの将来を考えたらどうしたらいいかわからなくなって、あの地震以来ずっと悩んでたんだ。みんなの意思を尊重するためにできることは、全部やりたいと思って……」
倉橋は、余震が落ち着くと、それぞれ実家に戻った生徒たちの家を回って、面談を行った。天空島高校に戻るように説得するためではなく、それぞれがどんなことを考え、これからどうしたいと思っているかをその耳で聞くためだ。
教育委員会からは、生徒たちに学校に戻るよう指導するようにとのお達しも出た。同時に、世間では天空島へのバッシングも絶えない。このような状況でどうするべきかを考えるよりも、子供たちがどうしたいのかを知るのが先決だ、と面談に奔走した。
天空島出身の生徒たちは、日本各地に飛んでいた。自宅が島にあるのだから、戻ることも叶わない。ほとんどの生徒が、県外の親戚の家に身を寄せていた。
もちろん倉橋は、三人のところにも足を運んだ。
「先生、今後君たちがどうしたいか聞きたいから会いに行きたいんだけど、いいかな?」
栄や悠真のガジェットに連絡が入ったのは、凛の病院へ行ってから三日後のことだった。
ふたりはすぐに連絡を取り合い、凛が眠る病院のラウンジで会うことにした。昼下がりのラウンジは、それほど人の入りも多くなく、外で降る静かな雨に音もなくしっとりと濡れている。
丸テーブルに横並びで座っていると、変わらない姿の倉橋が駆け寄ってくる。地震の日に足を怪我したらしく、走り方がまだぎこちない。
「手紙、ご両親に渡せた?」
席に着くなり、倉橋が聞いた。斜めがけのカバンを隣の席に置きながら、コートをもぞもぞとやっている。
「うん、一応渡しました」
言いながら悠真はうっすらと苦笑いを浮かべ、用意していたお茶を倉橋に差し出した。
「あ、ありがとう。そっかぁ、ご両親喜んでなかったかぁ。すごいことなんだけどなぁ……」
栄は、凛の両親に言いたいことは、正しく倉橋の言葉そのものだと思った。あれは本当にすごいことのはずなのに、それがちゃんと伝わった気がしない。栄は、思わず長い溜息をついた。
「松上のことはともかく、ふたりはこれからどうするんだ?」
倉橋は、さて本題だと言わんばかりに座り直すと、まっすぐにふたりと向き合った。
「俺は、天高に戻ります」
悠真が倉橋の視線に応えるように背筋を伸ばして言う。
「正直これからどうなるかわからないけど、ちゃんと立て直せば、天空島自体はすごくいいものだと思うから、研究所が再開されるのを待つつもりです。卒業に間に合わなければ、バイトをしながら勉強して待つこともできますし。何より、凛が起きた時に、以前と変わらない状態でいてあげたいので」
「うん、それは俺も同じです。正直、俺は高卒で国家公務員になることが目的だったから、これからどうしたらいいんだって気持ちでいっぱいだけど、凛が起きるのを待っててやりたいです」
凛が目を覚ましたとき、何もかも変わっているなんて絶対に嫌だ。せめて、俺たちだけはあの島で待っていてあげたい。
「ニュースでもあんな風に言われてるし、研究所が再開されても、風当たりは強いかもしれないよ。それでもいいの?」
「そんなの先生だって同じじゃない?」
倉橋はあくまでも職員だ。お金を払って通っている生徒たちとは違い、簡単に逃げることなんて許されない。島や学校を守る側の立場にあるのだから。
「そっか、そうだよね。うん。……君たちにそんなこと言われるなんて思わなかったや。びっくり」
へらっと眉を垂らして笑う倉橋は、肩の力が抜けたように、だらりと椅子の背に寄りかかった。
「俺もね、実家の親に帰ってくるよう言われちゃったよ。そんな夢みたいなこと言ってないで、帰ってこいって。こっちの普通の学校で教師やればいいだろって」
授業で見た動画に映っていた倉橋の両親を思い出す。お互いを心から心配し合っている姿や、再会した時の幸せそうな顔。どれだけの絆で結ばれた家族か、よくわかる。
「反対なんてされたことなかったからさ。親は天空島のこと、そんな風に思ってたんだなぁって思い知らされたよね」
後頭部を摩りながら、お茶を飲む。
「まぁ親の世代からしたら、宙に浮いた島に息子が住んでいるなんて気が気じゃないだろうし、ましてや教師だろ? どこでだってできる仕事だと言われたら、確かにそうなんだよな。心配で言ってる親の気持ちもわかるし……」
どこの親も、子どものことを心配するのは同じ。
「俺だって、教師になって、受け持ちの生徒は自分の子どもみたいに大切に思ってるからさ、当てはめてみたら確かに心配もするし、万が一のことがあったらどうしようって不安にもなる。だから、親がそんな風に止める気持ちは、少しは理解できるんだ」
「先生、辞めるの?」
「いやいや、まさか。辞めないよ、絶対。ちゃんと覚悟決めて、天空島に来たからね。俺は島に骨を埋めるつもりだから」
どこか誇らしげに胸を叩く倉橋を見て、栄はこうなりたいなと思った。
天空島に行くと決めてからの三年間、栄はどこか確信が持てずにいた。
特別に天空島に憧れを持っていたわけでもなく、研究所に入りたいと強く願っていたわけでもない。ただ、早く母ちゃんを助けたい、だから最短で安定した職に就きたい。そんな目的優先の選択だったように思う。
そうなってくると、これは本当に天空島でないと叶わないことなのか、と背中の方で思う時があった。
島でできた友だちがみんな研究所に行くから、研究所に行く。それは自分の意思なのか、流されているだけなのか、わからないままだった。
だから、実現できるかはわからなくとも、やりたいことをちゃんと持っている悠真や凛に惹かれた。夢や目標をしっかり持っていて、それに向かって踠いている彼らが、栄には輝いて見えたのだ。
きっと俺も悠真も、凛が目覚めて島に戻ってくるまで、天空島を捨てられずにいるだろう。それなら、俺も胸を張って天空島で待っていたい。
「俺、なりたいもの決まった!」
「え、今?」
「ほんと? 何?」
「よぉし、やるぞー!」
やっと見つけた目標に、栄は雨が上がったような想いで、雲間から光の差す薄水色の空を眺めていた。
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