10-1
寒さに気付いて目を覚ますと、そこは花畑の真ん中だった。
「あ、寝てた」
夜風に冷えた土が体温を奪い、体が芯から冷えている。昼間はまだまだ暑いが、九月ともなると暦の上ではもう秋だ。夜の天空島は肌寒い。
はぁ、とため息をついて寝返りを打つ。偶然通り掛かった風が、わずかに残っていた背中の体温さえ奪っていった。
だからって帰りたくない。寮にも、家にも。
はぁ。もう一度ため息が漏れた。
まぁいいやと幾ばくかの投げやりな気持ちでもう一度目を閉じると、改めて風に揺れる花たちの音が聞こえた。ザァ、ザァと波の音も聞こえる。それに耳を傾けていると、隙間を縫うように声が聞こえた。
「……まぁ……まぁ」
わずかに聞こえる声に意識が集中していく。途切れ途切れに聞こえてくるそれは、段々と鮮明になっていった。
起き上がって見渡すと、聞こえていたのは自分の名前を呼ぶふたりの声だった。
「あ! いたぞ!」
月明かりにうっすらと照らされた幻想的な赤い海原を、ざくざくとかき分けて近づいてくるふたつの影。それはやはり見慣れた姿だった。
「さ、え……と、り……?」
かすれた声は音にならない。
「お前何してんだよ、こんなとこで!」
額に汗を流しながらぜぇぜぇと息を切らして駆け寄ってきた栄が、肩を強く掴んで叫んだ。食い込むほどの力で、右肩が痛い。
「痛っ、って。ごめ、寝ちゃ……よ」
何時間も水を飲んでいないせいで声が出ない。
遅れてやってきた凛も、肩を鳴らして花の生えていない土の上に倒れるように腰掛けた。
「はぁ……マジで、疲れた……」
凛が額に流れる汗の水滴を左腕で拭う。息を整えるのに必死で、前髪があらぬ方向に捻っていてもまるで気にしていない。
「もう、探したんだよ」
眉毛をへにゃりと傾けてこっちを見ている。栄も近くに腰掛けた。
「はぁあ、疲れた」
栄が地面に寝転んで伸びをすると、腕が花に触れてカサカサと鳴った。
「星、すっげぇ……」
栄の声を受けて、空を見上げる。目の前に夏の大三角形が煌々と光っている。山奥なんかに比べたら明るいが、それでも本土よりはずっと見えているだろう。
「きれいだね」
「……なんで探しに来たの」
凛がバッグから取り出したミネラルウォーターを一口もらう。強引な浸水に喉がぴりぴりと剥がれていく。
「なんでって。心配したからだろ」
「だって、今何時だよ」
「うっそ、もう二時だよ」
凛がガジェットを開いて目を丸めている。こんな時間に子供たちだけで外出したのは生まれて初めてだ。たぶん、凛も栄も同じだろう。
「明日遅刻したら、マジで悠真のせいだからな」
栄が悠真の太ももを小突く。
「明日か……なんか現実味ないな」
薄明るい星空の下、花畑でふたりと並んで話す今が、なんだかまだ夢の中のように思えた。明日のことを思うとぞっとする。脳が、確実にスタートを切った地獄の日々を拒否してしまう。そんな現実、考えたくもない。
それでも、ふたりが石原たちから一色とのことを聞いたのは明白だ。そうでなかったら、こんな風に血相を変えて探しに来たりしないだろう。
「聞いた? ……よな」
「石原と金城が言ってたこと?」
「うん」
「聞いたよ。だからって別にって感じだけど」
あぁ、と何でもないように栄が返事する。凛も動揺している様子はない。
「何それ」
「本当なら本当で、『なんだよ、先に言ってくれりゃ良かったのに』とかは思うけどそれだけだし、嘘なら嘘で、『デマ流してんじゃねぇよ』ってあいつらを叱るだけ」
「どっちだって別に悠真は悠真だからね」
「そっか……。まぁでもデマだよ。どんな風に聞いたかわからないけど、俺とイッシーは単なる生徒と教師だし。てか、イッシー今度結婚するらしいよ」
「え、まじで? 誰と?」
俺がさっきまで抱えていた絶望とは真逆の顔で、ふたりが身を乗り出す。
「俺らの知らない人。大学から付き合ってる彼女だってさ」
「なんだ、知らない人かぁ。つまんね」
これでもかというほど、真っ当な相手のはずなのに、栄が不貞腐れたように、また身を投げ出した。凛も、ほんと普通! と茶化すように言ってから、俺の隣に寝転んだ。
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