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大地に寝そべって空を眺めた。背中に触れる土がひんやりと気持ち良く、歩き疲れた体を癒してくれる。体を取り囲む赤い柵。その向こうに広がる空では、太陽はすでに天辺を越えている。

目を瞑ると、赤い花が風にそよいで擦れる音の隙間から、ざぁ……ざぁ……と波の音が聞こえた。そういえばこの島は海の上に浮いているんだっけ。この特殊な島が、いつの間にか自分の当たり前になっていたことに気付かされた。

悠真はまぶたの向こうに、両親を思い浮かべてみた。「平凡な家族」を絵に描いたらこういう家族になるだろう二人は、息子がゲイで、中学の担任に失恋して、しかもそれがバレて明日には再びいじめの対象になっているだろう現状を予想しているだろうか。きっとそんなこと考えたこともないはずだ。

親は子どものことを知っているようでまるで知らない。

自分の血を分けて生まれてきた子だから、お腹を痛めて産んだ子だから、毎日顔を合わせて会話を交わすから、だから全部知ったような気になる。

でも実のところ、そこで見せる顔はたった一つの側面でしかなく、子どもはみな他にいくつも顔を持っている。

今日の出来事をすべて聞いて欲しいとねだった幼い我が子は、年を重ねるごとにその世界を広げ、知らない顔を知らない誰かに見せながら、知らないうちに成長していく。それはまるで、茅ヶ崎から見た天空島のようだ。茅ヶ崎からは天空島のすべてが見える。天辺から底辺まで、右から左まで。だから観光客は、ここから見れば十分だと言って茅ヶ崎の展望台から島を眺め、すべてを見た気になって帰っていく。でもそれは、島の片面だけでしかなく、天空島には本土からは見えない顔がある。たとえばこの花畑だって、茅ヶ崎からは全く見えていない。

たぶん、親子もそういうものなのだろう。

悠真は、考えるのを止めて、もう一度花の揺れる音を聞いた。

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