6-2
風呂から戻ると、ちょうどいいタイミングでガジェットが鳴った。画面に妹の名前が映し出される。
「もしもし、こころ? どうした?」
「あ、お兄ちゃん! 元気?」
画面に妹のこころと母ちゃんの顔が映る。寄り添って手を振る二人の顔は、年々似てきた。特に風呂上りの化粧をしていない顔なんて、本当にそっくりだ。
「お兄ちゃん、日付変わったから今日お父さんの命日だよぉ」
こころが画面に向かって父ちゃんの遺影を揺らす。
「今日七月十一日だったんだ。忘れてた」
「だめじゃん、お父さん泣くよぉ」
生まれたばかりだったこころは、父ちゃんのことをまったく覚えていない。
とはいえ当時まだ二才だった俺も、父ちゃんのことをはっきり覚えているわけではない。大きな体に大きな笑顔が眩しい太陽のような人だったことを、なんとなく覚えているくらいだ。
父ちゃんは、東京大震災で瓦礫の下敷きになって死んだ。それを聞いたのは俺が小学校四年生の頃のことだ。学校でクラブ活動が始まり、俺がサッカークラブを選んだと報告したとき、母ちゃんがぽつぽつと父ちゃんの話をし出した。
都内の広告代理店で営業の仕事をしていたこと、取引先で商談をしている最中に地震が起こり、古いビルだったその会社は全壊。責任感が強く、体力に自信のあった父ちゃんは率先して避難誘導をし、崩れた瓦礫の下敷きになったということ、日常のたわいない思い出も含めて、母ちゃんは色々と話をしてくれた。知らない人を助けるために自分が命を失うなんて、バカみたいだけどかっこいい。こころも俺も、母ちゃんから聞く父ちゃんの話が大好きだ。
俺は、栄が大きくなったらプレゼントするんだ、と父ちゃんが用意してくれていたスパイクを履いて、クラブの練習に励んだ。今の今までサッカーを続けて来れられたのは、きっと空から父ちゃんが見守ってくれているおかげに違いない。
「最近どう?」
画面の向こうでシフォンケーキを食べながら母ちゃんが言う。父ちゃんが好きだっった生クリームいっぱいの紅茶のシフォンケーキだ。父ちゃんの命日はいつも、公園の近くのケーキ屋で買ったこのシフォンケーキをみんなで食べる。
「どうって?」
「研修も終わったし、色々就職のこととか本格的になってきてるんじゃないの?」
「あぁ、うん。わりと。周りはみんなやりたいこと決まってるから焦るよ」
「あれ、営業部にするんじゃなかったの?」
母ちゃんがシフォンケーキを縦に割ったフォークを置いてこちらを見る。画面越しの目が少しだけ心配そうに揺れた。
「まぁそのつもりなんだけどさ。みんなみたいに明確にこれって理由がないから」
「そうなの? 父ちゃんも営業だったし、栄も似合うと思うよ」
記憶なのか想像なのか、どちらとも付かない父ちゃんの姿を思い出す。それは、今の自分に少し似ていて、何年か先の自分の姿を見ているようだ。
「栄は年々父ちゃんに似てきてるもん。きっといい営業マンになるよ」
母さんが思い出に浸るように言った。
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