5-1
「え~っと。一番蒼井くん、四番大川くん、九番瀬乃くん、十番田井くん、十七番松上さん、十八番森川くん……の六名かな」
「はい!」
「うん、いいお返事。さて、僕はこの実習の教官を務める佐竹一天です。『天空島で一番優しい佐竹さん』と覚えてくださいね。わかった?」
「……はぁ~い」
緊張を和ませようとしたのか、佐竹が決まり文句らしい一節を披露する。
「これから一週間、みんなにはここでみっちり働いてもらうつもりなので、大変だと思うけど、安全第一でよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる佐竹に、一列に並んだ生徒たちも深々とお辞儀を返す。
初めて足を踏み入れる天空島研究所に、生徒たちは一様に胸を弾ませていた。島のどこからでも見える高いガラス張りの塔は、天空島のランドマークであり、就職組の憧れの場所でもある。教室の窓から塔が見えるたび、いつかあそこで働けるように頑張らなくてはと襟を正す。そんな場所だ。
「一応名目上は、超音波集束装置のメンテナンスです。とはいえ、今日初めて装置を間近で見る学生の君たちに、そんな重要な任務はさせるつもりはないのでご安心を。例年ここでの研修は装置を近くで見ようというのがテーマです」
研究所のだだっ広いエントランスで、与えられた作業着を着て並ぶ。佐竹も所員が着る白衣ではなく、色違いの作業着を着ている。学生たちは緑色で、佐竹は濃いめのマゼンタだ。端から見たら、この原色作業着軍団はなんとも目立つ。通りがかる所員たちがちらちら視線を寄越した。
「これからあの大きなエレベーターに乗って地下に行きます」
四機をガラスの壁でぐるりと巻いてひとまとめにし、研究所の塔を串刺しにするように建てられたエレベーターは、五階分の吹き抜けも含めて、いかにも近未来然としていて壮観だ。
上階へ向かうその他三機を見送ってから、地下へ降りる一機に乗り込む。自分たち以外に乗っている人はいなかった。
佐竹がB3のボタンを押すと、ドアが閉まり、ぐぅんと体に負荷がかかる。強い重力で地下に引きづりこまれ、ガラス張りの壁が機械仕掛けの床下を露わにした。
「うわ、すげぇ!」
栄が感嘆の声を上げた。六人できょろきょろと見回すと、佐竹は自慢げに各階について解説してくれた。
何某かが埋め込まれたぶ厚い床を見ながら、凛はふと「あぁ、やっぱりこの島って人工の島なんだなぁ」と思う。むしろそれを誇示しているようなそれをくぐり抜け、地下一階のフロアを通過する。フロア一面が一つの研究室になっているようで、所員たちが忙しなく働く姿が見える。大きな機械を動かしたり、何かの記録を見比べながら打ち合わせをしたり、いかにもそれらしく、六人の心はますます踊った。エレベーターが停車することはなくフロアを通り過ぎ、原色作業着軍団はまたまた所員たちの視線を浴びながら、床の中に吸い込まれていった。
「めっちゃ見られてんなぁ」
蒼井が緑色の作業着を引っ張られながら言う。白を基調とした所内では、この作業着はどうしたって目立つ。ましてや高校生が固まって来ている上に、横には全身ピンクの教官がいるのだ。
「みんな懐かしいんだよ。ここの職員ってほとんどが天高の卒業生だし、この作業着着て研修したやついっぱいいるからねぇ」
「佐竹さんもやったんですか?」
「やったやった。その時も講師の作業着これだったんだけど、ピンクなんて絶対着たくねぇ! って思ったよね」
「めちゃくちゃ着てるじゃないっすか」
「そうなんだよ。人生わかんないもんだよね~」
毎年、高校三年の夏に行われる恒例行事であるこの研修は、就職組にとってその後の人生を決める一大イベントだ。
天空島研究所の入所に際し、希望部署を見つけるために、一週間ずつ三つの部署を回る。空中浮揚の技術を利用した第二の天空島誕生を目指す「開発部」、現在使っている技術の向上と天空島の発展を目指す「研究部」、超音波集束装置のメンテナンスを中心に天空島の運営を行う「運営部」、天空島の宣伝や、メディアや視察の対応を行う「広報部」、天空島研究所のスポンサー獲得や商談などを行う「営業部」の五つの部署から選んで研修に参加し、その経験を元に希望を提出して、内申書と採用試験の成績によって入所の可否と配属先が決められる。
中でも天空島の生みの親である五十嵐一が所属する開発部は、最も人気があるため外部受験含め成績上位者数名しか入ることができない。いわば選ばれし者しか所属することができない部署であり、それこそが雪彦を始め開発部所属の研究員のプライドの礎となっている。
雑談を交わしているとポンッと音を鳴らしてエレベーターが止まった。
「おお、すげ~!」
「うわー!」
ドアが開くと同時に全員がフロアへ飛び出す。
円錐状に伸びた島の地層を平行に切り取ったフロアは、二百七十度のパノラマで、窓の外には島を囲む相模湾が広がっている。太陽の光を受けた水面は、いつ見てもキラキラと美しい。
「あ! 装置見えるよ!」
凛が、大きな窓の外、中央にそびえ立つ黒々とした巨大装置を指差すと、他の五人も駆け出して窓にへばりつく。紺色のベルベットのカーペットは見た目よりもふかふかと足に優しくて、駆け寄る足さえ弾んで感じた。
「こんな近くで初めて見た!」
普段口数の少ない悠真ですら無邪気に興奮している。
「あ、下見るとちょっと怖ぇ……」
大川がカメみたいに首をしまいこんで言う。
「うわ、ほんとだ! やべぇ!」
窓に並んで外を見る。怖いもの見たさで覗き込むと、一直線に海が見えた。天井まで続く大きな窓に傾斜が付いているせいか、ドローンから見る景色よりよっぽど怖い。うっすらと足が竦む気配がする。
「つまり、ここは島の先端! 一番下だ!」
背後から佐竹が叫んだ。両手を目一杯広げて、フロアを抱きしめる。感化されたのか、自分たち以外に人がいないせいか、どことなく高揚しているようだ。
「そっか! そういうことかぁ!」
そう言われると宙に浮いた人工の島であることが途端にリアリティを帯び出す。理解はしていたけれど、こうやって実感するのは初めてだ。
「で、君たちにはあれに乗ってもらいます!」
佐竹がエレベーターの脇を指差す。ずらりと並んだ紺色の乗り物が鎮座している。意志を持ったロボットのような威圧感があるのに、電源がついていないせいか、どこか寂しさのようなものも感じられる。
近づいてみると、定期便のドローンを小さくして、カゴを取り付けたような形状になっていた。それが八台ずらりと並んで無機質な壁に収納されている。
「これ、ドローンですか?」
ひとつにそっと触れてみる。クーラーのせいもあって表面はひんやりと冷たい。
「そうそう。ここのカゴの中に乗り込んで、中の機械でメンテナンスをする。まぁ、今回はメンテナンスなんてしないから、ここのポケットに掃除用具を入れて、装置のところまで飛んで行って、外周をモップがけするだけだけどね」
「俺らの研修ってモップがけっすか」
表情の端に落胆の色を滲ませながら瀬乃が言う。期待と違ったのか、ちぇっと小さくふてくされて見せた。
「お前、モップがけなめんなよ。装置は、常時潮風にさらされてるんだからな。劣化だってするわけよ。そりゃ塩分に強い素材で作ってはいるけど、常にだからね。鳥の糞とかなんか色々汚れるし。たまには精製水で洗ってあげて、労わらないと」
佐竹が装置を人間のように言うものだから、ふむと納得する。どんな機械だって、潮風にさらされていたら弱ったっておかしくない。なんだか装置がひどい苦労を強いられている可哀想なロボットに思えてくる。
「今日はまだ外には行かずにここで乗り方を勉強します。君たちは浮揚ネイティブだから、まぁすぐ乗れるだろうけど、一応ね。あ、この中に高所恐怖症の人いないよね?」
それこそ浮揚ネイティブ世代に愚問というものだ。それぞれ顔を見合わせるが、やはり高所をどうと思う生徒はいない。
「オッケー。じゃあとりあえず乗ってみようか」
ずらりと並んだドローンの前に出席番号順に一人ずつ並ぶと、早速乗り込む。カゴの側面についたドアを開けて入ると、ちょうど正面に機械が埋め込まれていて、背中側にほとんど立ったまま座る高さの椅子が付いている。座ってみるとコックピットに乗り込んだパイロットになった気がした。凛の身長でもちょうど顔が出せるので、視界も問題なさそうだ。
「みんな、ベルトした? じゃあ、自動運転だから基本的に目の前の機械は触らなくてオーケーなんだけど、いざという時のためにさらっと教えておきます。まず、そのいざという時に使う、自動運転解除ボタンが中央の赤いボタン。なんかあったらここを押してください。逆に何もない時は絶対押さないように!」
早速万が一の対処法から教えるなんて、と震えながらも、必死になってガジェットにメモを取る。
簡単な、とりあえず静かに水面に降り立つ操作方法を習い、清掃の説明に入る。先から精製水が出るモップを持ち上げると、水が入っているタンクから伸びるホースのせいでなかなかに重い。
「女の子には辛いかな。大丈夫?」
運動部にすら入ったことがない非力な凛がよろめくと、佐竹がホースの先を掴んで支えた。
「モップがふらつく人は、ここの溝にモップの柄をはめて、このまま装置に近づいて上下すればオーケーだから。くれぐれもモップを落とさないように気をつけて。柄の途中に出っ張りがあるから、溝の蓋をロックしておけば大丈夫なんだけど、モップが落ちると海の中を探さないといけなくて、かなりめんどくさいからやめてね。これ、意外にお高いから」
専用のモップの金額を告げられると、凛は死んでも離さないと心に誓い、柄を握りしめた。そんな大金、困る。
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