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家に帰ると、履歴が残らないようにシークレットモードで同性愛について調べてみた。

同性愛なんて漫画や小説の世界の話で、バラエティ番組で見るおネエタレントたちはいつだってお気楽そうに見せていながら、影では大変なんだろうなという印象があった程度で、女になりたいなんて過ぎったこともなかったから、自分とは無縁の存在だと思っていた。

同性愛に関するページを上から順に見ていく。行政やNGO、ニュースなどのページは、なんだか綺麗事ばかりで、ますますピンと来ない。同性同士が笑顔で寄り添うかわいらしいイラストは、平和ボケしていて現実味がない。

悠真は、「中学生」という単語を付け加えて再度検索を掛けた。悩んでいる中学生の投稿が溢れ出てくる。みんな、学校でのいじめや親からの否定的な言葉に悩み、苦しんでいる。理解してもらえないとか、反対されたり、否定されたりする現実が目の前に突きつけられる。

「まぁやっぱ、そうだよなぁ……」

ベッドに倒れ込む。小さい頃におもちゃを投げて付けた天井の凹みが目に入る。それは昨日見たのと全く変わっていないのに、自分の方は昨日までとはまるで違う。今日から俺は、いじめられたり、親に否定されたりする可能性を秘めた存在になってしまったんだ。


階段の下から、パタパタとスリッパの音がして、キッチンで夕飯の支度をしている母を思い浮かべる。

母の美優紀は、週に三回学校の近くのスーパーでパートをしている、いたって普通の主婦だ。近所のおばさんたちと立ち話をしたり、たまに行く娘とのショッピングが楽しみで、いつか痩せたときのために何年も前に買ったスカートをタンスの奥に取って置いてあるくせに、お風呂上がりのアイスやらスイーツやらをやめられない、どこにでもいる四十過ぎのおばさんだ。

父の敏昌も、中堅大学を卒業後、飯田橋の輸入商品を取り扱う会社に就職し、経理の仕事をしている一般的なサラリーマン。今の家からは通勤に一時間半以上掛かるから、毎日大変そうだ。言葉数が少なく、性格は温厚。釣りが趣味で、野球は地元の球団を応援している。高校生の頃、甲子園を目指したらしいが、美優紀によると地区予選すら初戦敗退で、しかもベンチに座る控え選手だったらしい。ポジションは聞いたことがない。

姉の明音は、地元の公立高校に通う女子高生で、吹奏楽部でクラリネットを吹いている。ドームクラスを埋めるような男性アイドルのファンで、毎年夏になるとメンバーカラーの洋服や大きなうちわを持ってコンサートに出かけていく。そのアイドルと同じ大学に入るため、最近塾に通い始めたが、おそらく偏差値五十前後の無難な大学に通うことになるだろう。

「俺、やっていけるかな……」

普通の家族の中で、普通に育ち、普通の大人になるはずだった。特別な才能や個性がない自分に不満はなかったし、それこそが平穏な人生であると思っていた。冴えているとは言い難い父親の背中を見ても、さして残念には思わなかったし、性格も似ていたから、きっと自分もこんな風になるのだろうと思っていた。高校生になって、大学か専門に行って、企業に就職して、そのうちに出会った女性と結婚して、子どもができて、その子どもも普通に育って……。そんな人生を思い描いていた。

でも、きっともう普通ではいられない。

今いる、この家に住む家族を思い、一人だけ強烈な個性を背負ってしまった現実に、言いようのない不安が押し寄せていた。

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