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気づけば映像は、記者会見に切り替わっていた。

「ここからは『天空島プロジェクト』の記者会見の映像を流すぞ。採用試験にも出るような内容でもあるから、ちゃんと見とけよ」

倉橋がタッチパネルの再生ボタンを押す。

プロジェクターで投影されたらしい金屏風の上に「天空島プロジェクト発表記者会見」と大きく書かれている。席は三つ。長机には、ラベルを剥がされたペットボトルとコップが並び、それぞれにマイクが何本も設置されている。手前には記者がいるのだろうか、時々黒い影がふらふらと揺れた。

画面の外から『定刻になりましたので、天空島プロジェクト発表記者会見を始めさせていただきます』と声がし、しばらくの間を置いて、スーツの男性二人と白衣を着た男性が現れ、席に着いた。真ん中に座った白衣の男性は、この場に出てくるのが不服なのか、口をへの字に曲げて無精髭を撫でている。

『それでは記者会見を始めさせていただきます。私は、この度新設されました国土交通省天空島局局長の長谷部と申します。よろしくお願い致します』

六十は超えているだろう白髪混じりの気弱そうな男性が、ぺこりとお辞儀をしてから、自己紹介を促すように左端の男を見る。それを受け、お世辞にも性格が良さそうには見えない、目尻がツンと上がった男が長机に置かれたマイクを取る。明らかに長谷部を見下しているのだろう。ここに至るまでに相当面倒を掛けられたのか、今にもため息でもつきそうだ。

『はい。東京都都市整備局局長の坂間です。本日は僭越ながらわたくしが進行をさせていただきます』

打ち合わせでは長谷部が進行するはずだったのだろうか、その言葉に頰がやや引きつっている。

『では、先生。一言ご挨拶お願い致します』

作り笑顔がわざとらしい坂間が白衣の男にマイクを促した。

『はぁ、どうも。五十嵐です。東京大学で空中浮揚の研究をやっています。空中浮揚というのは、要するに物を浮かす学問です』

机に置かれたマイクは取らず、扇形に設置されているマイクに向かってぶっきらぼうに言う。いつ風呂に入ったのかと言いたくなるボサボサの頭を掻いてから、いかにも着替えさせられたらしいスーツの下のワイシャツの襟を窮屈そうにいじった。

『ありがとうございます。ではまず、天空島の概要について、私の方からご説明させていただきます。まずはお配りした資料のーー』

坂間は、手元の資料を見ながら、専門用語並べて捲したてる。それは伝える気がないように感じる自分勝手な解説だった。いくら高校生だと言っても、こうやって天空島で暮らし、専門的な勉強をしている自分たちさえ置いていかれるような内容で、果たして国民に正しく伝わったのだろうか。今だに一部の人々の中に残る、天空島プロジェクトのイメージの悪さはここから来ているのではないかとさえ思えた。

坂間は解説する間ずっと『天空島は科学的に根拠のある安全な技術によって浮かぶのであります。けしてオカルトの類ではないことをご理解いただきたい』と連呼していた。それを言えば言うほど不審者が自分は怪しい者ではないと言うのと同じように、胡散臭さが増していく。

「なんか、コイツきらぁい」

廊下側の席から声が上がる。視線を寄せると、声を上げたのは石原愛佳だった。クラスで一番派手で、いわば女王様的なポジションに立つ女だ。

「俺もぉ。なんか感じ悪ぃ、このジジイ」

「てか、天空島が嫌われてるのって、こいつのせいじゃね?」

対角線上の湯川蓮からも声が上がると、仲間の矢上尚志も同調した。

凛も、なるほど犯人見つけたり、と思った。おそらく天空島高校進学の際に、親戚や近隣の間で嫌な噂を立てられた者は全員同じように思っただろう。革新的な技術というのは、その正体が理解できない者からすれば、不審の対象になる。

大口を叩いて偉そうにしている割に、細部まで理解していないらしい坂間は、高度に専門的な話や手元のカンペにない質問ははぐらかすか、隣の五十嵐を頼った。坂間が話せば話すほど、彼らの中の不信感は膨れ上がっただろう。

「う~ん。まぁ一理あるかもね。正直、この会見の後、天空島を批判する人が増えた気がするし。議論が高まったと言えば聞こえはいいけど、ネットはかなり荒れたよね」

唯一当時のことを知る倉橋が言う。

「だってさ、当時は空に浮かんでる島はなんてなかったんだから。信じられなくても、仕方ないよね」

天空島は、茅ヶ崎から十キロの相模湾の海上に浮く人工島だ。海の上をぷかぷか浮いているのではない、名前の通り宙に浮いている。と言ってもその高さは海上十五メートルほどで、マンションに例えると六~七階といったところだ。空中浮揚の技術の進化の延長線にある機械仕掛けの島、それがこの天空島だ。

大震災以後、政治が首都東京から地方へと分散した。余震のたびに首都が麻痺しているようでは、国は成り立たない。日本は、奈良時代から続いたと言える中央集権に終わりを告げ、インターネットをフル活用した地方分権へと徐々に移管していく。それは、もう二度とこのような大きなダメージを受けまいとする動きであったし、国民は概ね好意的であった。しかし、それは同時に弱点を増やすことにもなる。どこの地域がやられても、政治の一角は停止してしまい、そうなれば何かしらの対策を取る他やりようがない。これからは、今までの日本ではいられないのだ。

そんな弱点だらけの日本は、当時世界初の建設物の空中浮揚に成功した五十嵐一教授の研究チームに目をつけた。地球に根を張る以上、地震から逃れることはできない。それならば宙に浮こうじゃないか、という非常に安易かつ大胆な考えだ。ある程度の仮説が成り立った時点で、場所を東京から近く、一度大地震を巻き起こし、しばらくは安泰だろう相模トラフの上空に定め、政府は勇み足とも言えるタイミングで「天空島プロジェクト」を発表した。時期については、天空島肯定派の間でも否定的な意見が多い。

ただ、この勇み足は、多額の税金を使ってのプロジェクトであることが原因であることは明らかだった。国家予算の用途は常に国民に監視されていて、オーバーなほどの透明化は、こういう未知数のプロジェクトには、ありったけの力でその首を締めに来る。

「テレビではコメンテーターやら専門家やらが勝手に討論交わしてるし、街では抗議のデモが行われてるしで、なんだか怖かったよ。ネットでは五十嵐教授の過去の暴言とかも取りざたされてて、それをまたバラエティ番組が取り上げたりしてさ」

「先生、そんな状態でよく天空島来たね」

「島が完成した頃には、それも結構収まってたからね。むしろ手のひら返したみたいに褒め称える人も多かったし。まぁ世界初だったからね。やっぱ日本すごい! みたいな」

倉橋が天空島高校の教員になったのは、六年前、天空島が誕生して四年目の春のことだ。

「なんで島に来ようと思ったの?」

「あぁ、う~ん。漠然と、こんな状態の日本を何とかする方法ってないのかなぁって思ってたっていうのもあったけど、やっぱ天空島のオープニングセレモニーのニュースを見たからかなぁ。それまであんまり報道されてなかったんだけど、オープニングセレモニーだけなんでかめちゃくちゃ報道されたんだよね」

実験の成功や建設の過程は、メディアやニュースから気持ち悪いほどに無視され、その話題に触れるのはNHKと一部のマニアだけ。火種は徐々に小さくなり、一目に触れない海の片隅で小さく燻っていた。関心のない人からすれば、忘れた頃に島が浮けるようになっていて、何やら世界から絶賛されている、という状況だったのだ。非難なんしていたことも忘れ、手のひら返しで成功を讃える人は少なくなかった。

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